表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
貸借対照表の死神(デス・バランスシート) 〜奪われたすべてを、最悪の詐欺(ビジネス)で回収する〜  作者: ネギ玉(仮)
第1章:黄金を産む岩山(ゴールド・ソルティング・オペレーション)

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
5/14

第5節:塩漬けの罠(ソルティング・トラップ)

夜の帳が下りた岩山の一角。

 そこには、期待に鼻息を荒くする子爵と、凛とした空気を纏う一人の女がいた。


 |エレーナ・フロスト《Elena Frost》。

 今宵の彼女は、隣国の王室からも全幅の信頼を寄せられる伝説の鉱物鑑定士(ミネラリスト)だ。

 彼女の纏う深い紺青(プルシアンブルー)のドレスは、現代の色彩心理学(しきさいしんりがく)において「知性と権威」を無意識に植え付ける。

 彼女が扇子を揺らすたび、子爵の瞳孔(どうこう)は獲物を前にした獣のように開いていった。


「閣下、ご覧なさい。この層状(そうじょう)の岩肌に眠る、沈黙の鼓動を」


 エレーナが優雅に指し示した先――暗い洞窟の奥で、突如として壁面が淡い黄金色の光を放ち始めた。


「な、なんだこれは……! 岩が、岩が光っているのか!?」


「これは地質学的(ちしつがくてき)突然変異(ミューテーション)……。地脈に流れる魔力が触媒(しょくばい)となり、黄金が熟成される稀少な現象ですわ。王室へ報告すれば、閣下の地位は伯爵、いえ公爵にすら届き得ることでしょう」


 子爵が震える手で光る岩に触れる。


それはシオンが調合した、特定の波長(はちょう)で発光する蛍光物質(けいこうぶっしつ)と、ニコが岩の隙間に仕込んだ潜望鏡(ペリスコープ)による光の屈折が生み出した「偽の奇跡」だ。


 だが、強欲という名のフィルター(フィルター)を通した子爵の目には、それが本物(真実)以上に輝いて見えていた。


挿絵(By みてみん)


そこへ、背後から影のようにアレクが進み出た。

 彼は「投資の専門家」として、あえて眉をひそめて苦言を呈する。


「……閣下、これは素晴らしい。ですが、少々問題がございます」


「何だ、アレク。この期に及んで不吉なことを言うな!」


「いえ、この鉱山の権利状況です。現在、権利の多くは村人たちへの『配当』という形で分散(ぶんさん)されている。このまま王室へ報告すれば、功績の何割かはあの卑賎(ひせん)な民草に流れることになります。王室との契約を最適化(オプティマイズ)するには、権利関係を完全にクリーン(クリーン)にする必要がある」


 アレクの言葉は、子爵のサンクコストバイアス(埋没費用)を激しく刺激した。すでに鑑定士を招き、期待を膨らませた彼にとって、いまさら引き返す選択肢はない。


「つまり……どうすればいいと言うのだ」


「簡単です。閣下が私財を投じ、村人たちから権利をすべて買い戻すのです。彼らは目先の金に飢えています。今、安値で買い叩いておけば、後の莫大な利益と爵位は、すべて閣下の独占となります」


子爵の脳内では、狂ったような期待値(エクスぺクテーション)の計算が高速回転していた。


 村人から奪った端金、そして逃走用に隠し持っていた全財産。

 それらをすべて投じれば、手元には「黄金の山」と「公爵の椅子」が残る。


 彼は自ら、アレクが用意した心理的(サイコロジカル)な行き止まりへと猛スピードで駆け込んでいった。


「よし、すぐに手配しろ! 村の代表どもを集めろ。私が直々に『救済』として、権利を買い取ってやる!」


 子爵の狂喜乱舞する姿を、エレーナは扇子の陰で冷たく見つめた。アレクもまた、無表情のまま頷く。


一時間後。


子爵邸の広間で、大量の契約書が並べられた。


 子爵は、自分の逃走資金すら惜しまず、村人(に変装したニコたち)が差し出す権利書に次々と署名し、現金を吐き出していく。


「これで、すべては私のものだ……。黄金も、名声も、この世界のすべてが私の足元にひれ伏すのだ!」


 狂ったように笑いながら、子爵は最後の署名を終えた。彼が手に入れたのは、シオンが計算した「二十八日後に崩壊する詐欺の負債」のすべてと、価値のない岩山の所有権だ。

 対して、アレクたちの手元には、子爵が隠し持っていた莫大なキャッシュ(現金)が残った。


「契約成立ですね、閣下。……これで、すべての変数(パラメーター)が揃いました」


 アレクの言葉の真意に、子爵が気づくことはない。

 彼はただ、自分が築き上げた「黄金の夢」という名の、底なしの(ぬま)に沈んでいくことさえ、最高の名誉だと信じ込んでいた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ