第2節:不可欠な部品(バイタル・パーツ)
機械が正常に動くためには、適切な部品が欠かせない。
それも、既存の規格に収まらないほど「高精度」ゆえに弾き出された、異端の部品たちが。
私はまず、王都の地下深くにある石造りの独房を訪れた。
そこにいたのは、煤まみれの指先を眺めるニコだ。
彼は子爵から直々に「魔法ですら開けられない鍵」の製作を命じられ、見事に磁気誘導と複雑な遊星歯車を組み合わせた工学の結晶を完成させた。
だが、子爵は完成品を手にするや否や、報酬の支払いを拒むために「これは魔法によるまやかしだ」と彼を詐欺師として投獄したのだ。
「ニコ、その汚された自尊心を、再起動したくないか」
鉄格子越しに声をかけると、彼は力なく笑った。
「僕の計算は完璧だった。でも、この世界の権力者には物理法則なんて関係ないんだ」
「奴に教え込もう。重力からは、何者も逃げられないと。……お前が作ったその『開かない鍵』、今度は奴の全財産を閉じ込めるために使うんだ」
ニコの瞳に、鈍い金属光沢のような光が戻った。
次に向かったのは、絶え間なく続く弔いの鐘が鳴る北の墓領だ。
ガードナーは、かつての戦友たちが眠る墓石の前に、石像のように佇んでいた。
子爵が運営する鉱山。
そこでは換気設備すら整えられぬまま、男たちが粉塵爆発と落盤の恐怖の中で使い捨てられていた。
ガードナーが何度も進言した安全対策のコストは、すべて子爵の贅沢品へと消えたのだ。
「……暴力に、意味はあるか」
低く、地鳴りのような声でガードナーが問う。
「感情に任せた暴力は、ただの摩擦熱だ。だが、解剖学に基づいた効率的な力は、最小の労力で標的を機能停止させる。お前の戦友を殺したのは、子爵という名の不合理な腫瘍だ。……それを取り除く、メスになれ」
ガードナーは何も言わず、ただ、巨大な拳を硬く握りしめた。
教会の広場では、シオンが民衆から石を投げつけられていた。
彼女が気象観測と統計学から導き出した「大干ばつの予測」は、教会の権威を脅かす「不吉な呪い」と断じられた。その背後で糸を引いていたのは、食糧価格の吊り上げを狙う子爵だ。
「この世界の変数には、知性が欠けているわ」
避難させた彼女に、私は一枚の確率分布図を見せた。
「ならば、我々が新たな変数を書き加えよう。シオン、お前の予測が『正解』として報われる場所を、私が用意する。……子爵の破滅という名の、確定した未来だ」
彼女は口元の泥を拭い、数理モデルを解くように不敵に微笑んだ。
最後に、私は追っ手から逃れる|エレーナ・フロスト《Elena Frost》を、場を弁えた貴族の別邸で回収した。
彼女は諜報のために高慢な伯爵夫人に化けていたが、子爵の「台本にない傲慢な振る舞い」によってその正体を見破られかけていた。
子爵は外交上の礼儀作法すら無視し、自分の気分一つで彼女の完璧な演技を台無しにしたのだ。
「あんな三流役者の下で、死ぬのは御免だわ」
エレーナは扇子を広げ、氷のような瞳で私を見た。
「最高の舞台を用意しよう。ターゲットは子爵。……観客は、奴に踏みにじられたすべての人々だ。お前には『伝説の鑑定士』という、奴を奈落へ誘う主役を演じてもらう」
――再び、リーザのいた宿屋の廃墟。
夕闇の中、五人の異邦人が集った。皆、この世界の歪な重力に傷つき、誇りを奪われた者たちだ。
私は彼らの中心に立ち、現代の物理学で用いられる天秤の図を地面に描いた。
「一人一人の力では、この世界の重力は動かせない。だが、ここに一つの点を打てば話は別だ」
私は図の中央を指差した。
「我々は『アルキメデス』。……現代知識という名の『支点』を使い、この腐った権力という重力を、根底からひっくり返す」
ニコがピックを鳴らし、ガードナーが静かに立ち、シオンが計算を開始し、エレーナが仮面を被る。
この瞬間、ただの被害者たちは、巨大な不条理を解体するための精密機械へと変貌した。
「さあ、コンサルティングの時間だ。……子爵に、倒産の恐怖を教えてやろう」




