ぼくのかんがえた最強の善人
1.
性悪説は人の本性は悪であるから、努力して善人になれといい、性善説は人の本性は善だから悪に堕ちないよう努力しろという。
どっちにしろ努力しないと善人にはなれないので努力しろ。
2.
どの方面に努力するかというと、福沢諭吉は『天は人の上に人をつくらず。人の下に人をつくらず』……とはいうが、実際は馬鹿なやつと頭のいいやつ、金持ちと貧乏人がいる、だから、『学問のススメ』だ、勉強しろ!
と、おっしゃるので、学問の方向で努力をして、善人になる。
3.
『健全な魂は健全な魂に宿れかし』とユウェナリスが嘆くので、ソクラテスのような学はあるけど性格悪いマッチョにならないために、金のためでなく名誉のためにスポーツをし、善人になる。
4.
そんなソクラテスその他の哲学者が集まって、最強の戦士とはどんなものかと論じ合ったとき、お気に入りの美少年を連れてきている戦士だといい、お気に入りの美少年が見ていると思えば奮闘できるし、みじめな負けを見られるくらいなら勇ましく死んだほうがいいと思うから、これが最強であるので、最強の善人を目指すためにお気に入りの美少年なり美少女を連れていく。
5.
古代ローマでルキウス・コルネリウス・スッラは法務官選挙に打って出たが落選した。理由はスッラがアフリカの君主に強いコネがあるので、法務官ではなく闘技場の催し物を担当する造営官になって、コネでライオンを闘技場に供給してほしかったからだった。つまり、みんなの人気者になるためにライオンを供給できるナイスガイにならないといけない。
以上、最強の善人になるには、みんなのためにライオンを手に入れられて、お気に入りの美形未成年異性を連れ歩き、名誉のために体を鍛え、学問をする努力人である。
これは古代の知恵から導き出した結論だから間違いない――かもしれない。




