第11話 諸侯連合分断戦②
前線が、音を立てて瓦解していく。
魔導の火に怯え、鉄の盾に圧され、徴発された兵たちが無様に後ずさった。
統率もなければ、粘りもない。
ただ、戦場の塵となって数が減っていく。
レジナルド・フェアクロフト卿は、屈辱に歯を食いしばった。
だが、その視線は眼前の敵ではなく、縋るように後方へと向けられる。
装飾の重い鎧を震わせ、彼は声を張り上げた。
「……先生!」
一瞬、空気が凍りついたように止まった。
赤髪の剣士が怪訝そうに眉を動かす。
「……は?」
次の瞬間、最初からそこにいたかのように“それ”は現れた。
五つの影が、揺らぎなく並び立つ。
隙はなく、戦いにおいて完成された配置。
――そのはずなのに、どこか歪な気配が混じっていた。
「くっくっくっくっ」
乾いた笑い声が、低い旋律のように響く。
赤の装束を纏った男が、口の端を傲慢に歪めた。
その視線はライガを射抜き、敵を見る目ではなく、内なる苛立ちを押し殺した色を湛えている。
「遊び半分で用心棒をしてみれば……暁紅蓮とは。しかも青葉もセットか」
青の衣に身を包んだ男が、冷静ながらも硬い声音で続けた。
ハルトへと向けられたその眼差しには、隠しきれない棘が宿っている。
「報酬は安いが――よい肩慣らしだ」
並びは崩れず、呼吸も揃っている。
完璧なまでの連携。
それでも、何かが致命的に噛み合っていない。
「……なんだよ。知り合いか?」
ライガが眉をひそめて問うと、青葉の剣を率いるリーダーは少しだけ目を細めた。
脳裏に色と、配置と、かつての記憶をなぞる。
「……知っている。セカンドという名だったが」
その瞬間、音が消えた。
空気が凍りつき、静寂が弾ける。
「その名で呼ぶな」
青の男が、怒りを押し殺した声で言い切った。
赤の男が、一歩、重々しく踏み出す。
「……誰が、そう名乗った?」
静かすぎる問いが、鉛のように場を圧した。
緑の衣を纏う者の笑みが消え、黄の軽薄さが霧散し、白の装束の女が僅かに視線を落とす。
五人全員の温度が、一斉に殺意へと変わった。
「……は?」
ライガは目を瞬かせる。
意味は分からないが、明確に、踏んではならない何かを踏み抜いたことだけは理解できた。
ハルトは、表情を変えることなく事実だけを述べる。
「呼ばれていた、と言っただけだが」
五人が横一列に並ぶ。
「誰が好き好んで二番目を名乗るか!」
「他人が勝手につけた名だ。我々は――」
「――五彩よ」
黄色が叫ぶ。
赤の男の吐き捨てるように言う。
そして、白の女が静かに声を被せた。
空気が一気に引き締まる。
バラバラだった何かが一つに揃い、完成された威圧が放たれた。
「……面倒くせぇな」
ライガが小さく息を吐く。
その目は微塵も笑っていない。
向かい合う五人は、間違いなく強い。
だが同時に、ランクB二チーム、騎士にもなったライガたちには自信があった。
◇
ランクA一つとランクBが二つ。
口上とは裏腹に、引き絞られた弓弦のような緊張が場を支配する。
互いの呼吸の微かな震えさえもが、爆発を待つ火種となって大気を焼く。
均衡が破れたのは、同時だった。
合図などない。だが、火花が散るように噛み合う。
ライガが迷いなく地を蹴って踏み込み、正面から巨躯を揺らしたライゼンが迎え撃った。
金属音が弾ける。
力と力が拮抗し、重い押し合いが続く。
「……チッ」
舌打ちとともに押し返されるが、ライガは不敵に笑った。
「いいじゃねぇか!」
「良くない。紅蓮、ライガ」
「そうだが」
「私はレッド担当のライゼンだ!」
「だから」
「私の方が先だ!」
「……は?」
次の一手が、わずかに、本当にわずかにライガが遅れた。
その隙に黄の影が滑り込み、視界の端を鋭い刃が走った。
重厚な盾を構えたロイドが割り込み、火花を散らしてそれを受ける。
「……今の、見えたか?」
盾の裏で、守護者は低く呟いた。
防ぎはしたが、攻撃の軌道が曖昧で、捉えどころがない。
シエラが詠唱を完了させ、正確な狙いで魔導の火を放った。
逃げ場のない一撃。当たるはずだった火炎は、なぜか僅かに逸れて虚空を焼く。
「……何でよ」
魔導師の眉が歪む。回避されたのではない。
確かに放ったはずの照準が、根底からズレている。
「右、圧をかけろ。中央維持――」
ハルトが指示を飛ばすが、言い切る前に配置が噛み合わなくなる。
誰もが正しく動いている。それなのに、合っていない。
「……遅い」
青の男――ハルドが低く呟く。
「速い……な」
「違う。青葉の青。リーダーハルト」
「く、流石はランクAか」
「お前にも言っておく」
「……なんだ」
「青葉だと?青のみならず、ハルト。名前まで被せるな!」
「……は?」
ハルド・青が無理やり打ち付けて、ハルトも反撃する。
反撃を受けたタイミングで下がる。
緑の術者が放つ回復の光はハルドを癒す。
チャンスと見て、青葉のハルトが突っ込む。
だが動作に僅かな遅滞が生じ、間に合わない。
その間に白の女が位置を修正し、列を整える。
「その女よ。タイミングをずらしてきてる」
「了解した。みんな、二対一を崩すな!」
ランクAとランクBとはいえ、騎士団の支給装備は手厚い。
奇襲とか、強襲ではなく、チームとチーム。
だが次の瞬間。
また、慣れ始めた戦いが、砂城のように崩れていく。
「なんだ、これ。合わない……!」
「組み合わせを変える?」
「いや。いけそうなんだよ!」
「舐められたモノね」
「俺達は二番目じゃない」
「五人揃ってファイブカラー」
ライガが歯を食いしばる。
確実に押している手応えはある。だが、どうしても決めきれない。
ハルトも短く呟いた。
読めている。見えている。
それでも、歯車が噛み合わない。
「白は押さえてるぞ!」
「分かってる!」
だが五彩は、崩れない。
セカンドと呼ばれた時の私情。
名前被り、色被りの苛立ちも抱え。
ながらにして、その戦い方は崩れない。
「レン!何かないの?」
「ひとりひとりのミスですよ。決定打も足りません」
少し離れた位置でレンが言った。
ランクBの微かなズレが致命的だった。
均衡の傾きが次第に戦場を蝕んでいく。
「ライガリーダー。破竹の勢いですよ。こういう時こそお得いの」
「だよな。俺達はランクFから騎士団になったんだ。みんな、思い切りいくぞ」
「気持ちで負けては、勝てる戦いも勝てません」
「あぁ。ハルトたちも頼むぞ」
経験は青葉の方が上。
だが、勢いと言えば暁紅蓮。
そこに策略家が加わったのが今。
ハルトも小さく息を吐いて、従った。




