第10話 諸侯連合分断戦①
不自然だった。
視界の先に広がるバリケードは、あまりに横に長い。
ただ長いだけではない。
杭の打ち込み方も、土嚢の積み上げ方も、並び方が均一すぎた。
赤髪を短く刈り込んだ青年が、ふと足を止める。
「……なんだ、これ」
ライガの呟きに合わせ、ハルトも同時に足を止めた。
視線が、端から端までゆっくりと流れる。
軍規に忠実なその双眸は、違和感の正体を求めて往復した。
「防衛線、って感じじゃないな。守るっていうより……見せてる、かな」
ケインが軽く首を傾げると、隣に立つルナが低い声で同意した。
「……目立つ。隠す気がない」
「誘導、でしょうか」
ミナが補足し、重厚な盾を背負ったロイドが眉をひそめる。
「それなら、もっと絞るはずだ。これは広すぎる。逃がしてる」
青葉の隊列を率いるリーダーは、即座にその推測を否定した。
正面を見据えたまま、一歩も動かない。
「……わざと陣地を薄くしてる、か?」
その一言に、周囲の空気が一変した。
漆黒の髪を揺らし、レンが一歩前に出る。
視線は動かさない。
バリケードの向こう側、その深淵を見つめるかのように。
「白鷺の紋章の占拠自体、計画の一つだった。かもしれません。私が話しているのは、もっと根本的な話です。白鷺の紋章は、何者かに貴族の遊びを付け込まれた」
静かな、だがはっきりとした宣告だった。
言葉の重みが、湿った土のように沈み込む。
「恐らくアベリオン派の諸侯たちですね。彼らは貴族冒険者を利用したんです」
「……あの時から、仕組まれてた?」
ハルトが低く問う。
「断定はできません。ですが、ルガイア王国を転覆させたい彼らなら、考えそうなことです。王は冒険者ギルドに特許を与えていた」
「冒険者システムを利用して、王国を分断されたのね。陛下も怒るわけだし、ギルド長も青い顔になるわけだ」
シエラが息を吐き、隣の女性が肩をすくめた。
赤髪の剣士が低く笑う。
「気に食わねぇな」
「ならば、取り返す」
誰一人として、その決意を否定する者はいなかった。
ライガが再び前を向き、力強く地面を蹴った。
「――行くぞ」
◇
侵入は、夜の帳が下り切る直前の、最も視界が揺らぐ時間帯に始まった。
足音を殺し、隊列の配置を厳守し、吸い吐く呼吸すらも一つに揃える。
赤髪の剣士が音もなく合図を送ると、十人の影は一斉に地を蹴った。
立ちはだかる不自然なバリケードに対し、速度を落とす者は一人もいない。
ライガは重い装備を感じさせない跳躍で杭の頭を捉え、風を切る動作でその向こう側へと躍り出た。
ハルトは最小限の歩数で隙間を縫い、漆黒の髪をなびかせたレンもまた、吸い込まれるような足取りで障害を無効化していく。
重厚な盾を背負ったロイドでさえ、流れるような連動でバリケードを乗り越え、音を立てずに着地を決めた。
速やかに障害を越えた先で、ようやく視界が開けた。
広い。だが、そこに広がる軍営は、先ほどのバリケードの整然さとは裏腹に、驚くほど整ってはいなかった。
「だ、誰だ!」
「敵か!?」
声が走り、散っていた兵たちがざわつき始める。
十人の侵入者へと視線が集まり、ぞろぞろとまとまりきらない足音が増えていく。
「たった十人?」
「女もいるぞ。これくらいなら――」
言い切る前に、防衛の列が歪んだ。
ハルトの足がわずかに止まる。
全体を一瞥し、その鋭い目は敵の「質」を見抜いた。
「……装備がバラバラだ。練度も、ちょっと足りてないね。動き、揃ってない」
「……怖がってる」
ケインの指摘に、ルナの声が微かに訴える。
前線に立っているはずの兵が、幽霊でも見るかのように足を半歩引いていた。
「ここ、自領じゃないし」
短く言い放ったミナの言葉で、すべてが繋がる。
ライガが不快そうに歯を鳴らした。
「農奴か。数は揃えた。だが中身がない。徴発だろうな」
「魔法を一発見せたら、直ぐに崩れる」
シエラが小さく呟き、ロイドが盾を構え直す。
「では、押し切れます」
「行ってやろうじゃねぇか」
赤髪の青年が低く返す。
ハルトは考える。まだ、違和感は消えていない。
だが、戦場としては既に成立してしまっていた。
「何をしている! 下がるな! 戦え! ここは我が領地だ!」
ひときわ装飾の重い鎧に身を包んだ男が、声を張り上げる。
レジナルド・フェアクロフト卿。
誇示するように掲げられた旗印の下、彼は必死に叫んでいた。
だが、その言葉には芯がない。
兵たちはびくりと震え、前へ出ることを躊躇い、半歩ずつ迷うように揺れていた。
金色の髪を揺らし、魔導師が短く詠唱する。
一条の火が走り、前線の地面を鮮やかに焼いた。
それだけで、数人が明確に後ずさる。
空気が崩れる。
鉄の塊のような重厚な音が響き、ロイドが踏み込んだ。
盾が鳴り、無理やり列を押し返す。
「行ける!」
ライガが叫ぶ。
全員が連動し、手応えを確信する。
崩れている。これならば勝てる。
――そのはずだった。
「ぼ、冒険者か!ならば——」
装飾の重い鎧に身を包んだ男が、再び声を張り上げた。
レジナルド・フェアクロフト卿には策があった。




