表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
100/159

第12話 諸侯連合分断戦③

 乾いた風が、荒涼とした山肌を撫でていく。

 足元の土は踏みしめるたびに脆く崩れ、微かな砂煙を上げた。

 太陽に容赦なく照らされた岩山は、白く焼けた肌を晒したまま、海へ向かって険しく聳え立っている。

 斜面には、巨人の爪で削り取られたような深い傷が走っていた。

 自然が成した形ではない。山の胎内を食い破り、資源を貪り尽くした人工の痕跡だった。


「あー、なんでこんなことになっちまったんだよー」


 坑道の入り口を目前にして、茶色い髪を無造作にかき上げた男が、深いため息とともに頭を抱えていた。

 油と煤に汚れたジャケットは半分はだけ、内側のTシャツには拭い切れない黒い染みが幾筋も残っている。

 荒れた指先が髪を強く掴み、形にならない苛立ちを露わにしていた。


「ディルクが工房使いたいって言ったからじゃん」

「魔鉄砲の技術は教えねぇって言っただけだし」


 横で、えんじ色のポニーテールが潮風に揺れる。

 簡素なチェストプレートが鋭い陽光を跳ね返し、本来武骨であるソレも様になる。

 少し後ろを、鈍色の髪をした少年が静かな足取りで歩いている。

 いつものように背負った藁束を揺らし、前方の複雑な地形を注意深くなぞるように視線を動かしていた。


「だからって、職人ギルドに教えてって出来ないでしょ」

「……追い出されるのって、辛いよね」


 ノアの呟きに、ディルクの足がぴたりと止まった。


「てめぇにゃ関係ねぇ」


 突き放すように言い捨てて、再び歩き出す。

 だが、少年はその背中に静かな言葉を投げ続けた。


「……でも。ダクネス現象に、誰でも対抗できるなら」

「てめぇにゃ話してねぇって」

「だから、作るんでしょ」


 青年は鼻先で短く笑った。


「バルトのオジキが儲けてぇだけだろ」

「違うし。セレナさんも、パパも、ちゃんと国のこと考えてるし」


 ユズハの反論に、ディルクは重い沈黙を守り、わずかに視線を横へと逸らした。

 少年は僅かな心の隙間に、凪いだ海のような声を差し込む。


「王国騎士団は、ル=ヴァンの森付近に集結してる。って、セレナさんが言ってたっけ。パパも、商人つながりで調べてみるって」


 ディルクの足取りが、目に見えて重くなる。


「……知るかよ」



 三人はそのまま、傾斜のきつい山道を登り続ける。

 暫くすると、足元の感触が柔らかな土から硬質な岩盤へと変わった。

 前方には無残に削り取られた山肌だ。

 そして、暗憺たる闇が口を開けた坑道が姿を現した。


 ――モンテ・アギラ炭鉱。


 翡翠の瞳。少女の視線が、一点で凍りついた。


「……あれ」


 歩みが止まる。

 坑道を囲む柵の作りが、本来の粗末なものではなくなっていた。

 頑強に組み上げられた防柵だった。

 内側には、異常な数の影が蠢いている。

 武装しているのは見て取れるが、騎士団の鎧でもなければ、警備兵の制服でもない。

 粗雑な革鎧、使い古された武器。

 チンピラ、傭兵崩れ、そして見るからに冒険者。

 統一感の欠片もない烏合の衆。

 だが、奥に潜む空気だけは、研ぎ澄まされた刃のように整っていた。


「諸侯連合は中央で威張ってんじゃねぇのか?」

「色々……混ざってる」

「あ?」

「諸侯の軍じゃない。違うのがいる」

「パパの話だと、他にも協力者がいるらしいし」


 少女が目を細め、視線を奥へと走らせた。


「どうする?帰る?」


 そして、一人の女と目が合う。

 耳元で金の鎖が鋭く揺れ、女が残酷な笑みを浮かべた。


「やば」

「あ?」


 顔に入れ墨の女。ゼルカ。

 彼女の口元が、獲物を見つけた猛獣のように歪んだ。


「おーい。何見てんだよ」


 周囲の喧騒が、冷水を浴びせられたようにぴたりと止まる。

 ディルクが忌々しげに舌打ちをした。


「あの女、ヤバいぜ。……最悪だな」

「えと……逃げる」

「だね!」


 ノアの短い進言。

 二人も流石に同意して、三人同時に一歩後ずさる。

 その動きを見て、女がさらに深く笑った。


「なんだよぉ、それ。こっちは暇してんだ。逃げんのかよぉ」


 女が一歩、重々しく踏み出す。

 その背後から、一直線に射抜くような視線が届いた。

 堂々とした立ち振る舞いの女、カリス。

 更に後ろ。

 無駄のない姿勢で全体を俯瞰していた男が、少年の姿で視線を止めた。

 大気が一瞬で締まり、殺気が凝縮される。


「カリス。あの二人」

「……ああ。前にやったな」


 カリスが雑兵の前に躍り出た。


「ウチは任務で炭鉱を警備してる。用があるならウチに言え」

「逃げ……ます!」


 少年の徹底した回避姿勢がカリスに火をつける。

 そして、彼女の瞳が燃え上がるような怒りに染まった。


「テメェ……! ウチの顔殴っておいて。顔見て逃げるとか、フザけてんのか」


 三人は同時に、乾いた地面を力強く蹴った。


「西は海だぞ」

「なら、こっちね!」


 少女が先行し、ディルクがそれに続く。

 背後から迫る気配は、驚くほど速く、重い。

 ノアは走りながら首だけで振り返った。


「んだよ、一発殴らせろって」

「違います! 僕は、どうかしてたんです!」

「何の話だよ!?って、なんで俺が巻き込まれてんだ!」


 背後でゼルカの哄笑が響き渡る。

 カリス隊の他三人も動き出す。


「ひゃはー!カリス殴った奴!もっと走れよ!」

「狂ってんのかよ、あの女!」

「ディルク、気をつけて。ちゃんと強いから」

「分かってるって」


 険しい斜面を蹴り立て走る。

 炭鉱入り口を正面とした左、東へと流れ込む。


「本当に違うんです! あなたの顔を見たら殴りたくなっただけです!」

「全然違わねぇじゃねぇか! 殺さねぇって。二発ぶん殴るだけだって」

「ひ……」


 ユズハも目を見張る、ノアの大爆走。

 カリスのゼルカの大爆笑。

 コミカルではあるが、必死な逃走劇を見届ける。

 そして、セインが冷静な判断を下した。


「カリス、それ以上は。作戦域を外れる」

「干渉が発生します。止まってください」


 リシェルの追認を受け、セインが指示を出す。

 すると、カリスの足が止まった。

 まだ追える距離ではある。

 だが、カリスは執念深い視線だけを投げ、その場に留まった。


「……チッ。戻る」

「えー、ここで?死ぬまで殴れば良かったのにぃ」

「追跡終了だ」


 シルバーチェインの面々が、潮が引くように坑道へと戻っていく。

 三人はそのまま東の森へと逃げ込んだ。

 やがて、耳に届く音が変わる。

 硬質な金属音。激しい衝突音。そして、野太い叫び声。


 視界が開けた瞬間、少女の瞳が驚愕に染まった。


「は?」

「ったく……今日は厄日かよ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ