第12話 諸侯連合分断戦③
乾いた風が、荒涼とした山肌を撫でていく。
足元の土は踏みしめるたびに脆く崩れ、微かな砂煙を上げた。
太陽に容赦なく照らされた岩山は、白く焼けた肌を晒したまま、海へ向かって険しく聳え立っている。
斜面には、巨人の爪で削り取られたような深い傷が走っていた。
自然が成した形ではない。山の胎内を食い破り、資源を貪り尽くした人工の痕跡だった。
「あー、なんでこんなことになっちまったんだよー」
坑道の入り口を目前にして、茶色い髪を無造作にかき上げた男が、深いため息とともに頭を抱えていた。
油と煤に汚れたジャケットは半分はだけ、内側のTシャツには拭い切れない黒い染みが幾筋も残っている。
荒れた指先が髪を強く掴み、形にならない苛立ちを露わにしていた。
「ディルクが工房使いたいって言ったからじゃん」
「魔鉄砲の技術は教えねぇって言っただけだし」
横で、えんじ色のポニーテールが潮風に揺れる。
簡素なチェストプレートが鋭い陽光を跳ね返し、本来武骨であるソレも様になる。
少し後ろを、鈍色の髪をした少年が静かな足取りで歩いている。
いつものように背負った藁束を揺らし、前方の複雑な地形を注意深くなぞるように視線を動かしていた。
「だからって、職人ギルドに教えてって出来ないでしょ」
「……追い出されるのって、辛いよね」
ノアの呟きに、ディルクの足がぴたりと止まった。
「てめぇにゃ関係ねぇ」
突き放すように言い捨てて、再び歩き出す。
だが、少年はその背中に静かな言葉を投げ続けた。
「……でも。ダクネス現象に、誰でも対抗できるなら」
「てめぇにゃ話してねぇって」
「だから、作るんでしょ」
青年は鼻先で短く笑った。
「バルトのオジキが儲けてぇだけだろ」
「違うし。セレナさんも、パパも、ちゃんと国のこと考えてるし」
ユズハの反論に、ディルクは重い沈黙を守り、わずかに視線を横へと逸らした。
少年は僅かな心の隙間に、凪いだ海のような声を差し込む。
「王国騎士団は、ル=ヴァンの森付近に集結してる。って、セレナさんが言ってたっけ。パパも、商人つながりで調べてみるって」
ディルクの足取りが、目に見えて重くなる。
「……知るかよ」
◇
三人はそのまま、傾斜のきつい山道を登り続ける。
暫くすると、足元の感触が柔らかな土から硬質な岩盤へと変わった。
前方には無残に削り取られた山肌だ。
そして、暗憺たる闇が口を開けた坑道が姿を現した。
――モンテ・アギラ炭鉱。
翡翠の瞳。少女の視線が、一点で凍りついた。
「……あれ」
歩みが止まる。
坑道を囲む柵の作りが、本来の粗末なものではなくなっていた。
頑強に組み上げられた防柵だった。
内側には、異常な数の影が蠢いている。
武装しているのは見て取れるが、騎士団の鎧でもなければ、警備兵の制服でもない。
粗雑な革鎧、使い古された武器。
チンピラ、傭兵崩れ、そして見るからに冒険者。
統一感の欠片もない烏合の衆。
だが、奥に潜む空気だけは、研ぎ澄まされた刃のように整っていた。
「諸侯連合は中央で威張ってんじゃねぇのか?」
「色々……混ざってる」
「あ?」
「諸侯の軍じゃない。違うのがいる」
「パパの話だと、他にも協力者がいるらしいし」
少女が目を細め、視線を奥へと走らせた。
「どうする?帰る?」
そして、一人の女と目が合う。
耳元で金の鎖が鋭く揺れ、女が残酷な笑みを浮かべた。
「やば」
「あ?」
顔に入れ墨の女。ゼルカ。
彼女の口元が、獲物を見つけた猛獣のように歪んだ。
「おーい。何見てんだよ」
周囲の喧騒が、冷水を浴びせられたようにぴたりと止まる。
ディルクが忌々しげに舌打ちをした。
「あの女、ヤバいぜ。……最悪だな」
「えと……逃げる」
「だね!」
ノアの短い進言。
二人も流石に同意して、三人同時に一歩後ずさる。
その動きを見て、女がさらに深く笑った。
「なんだよぉ、それ。こっちは暇してんだ。逃げんのかよぉ」
女が一歩、重々しく踏み出す。
その背後から、一直線に射抜くような視線が届いた。
堂々とした立ち振る舞いの女、カリス。
更に後ろ。
無駄のない姿勢で全体を俯瞰していた男が、少年の姿で視線を止めた。
大気が一瞬で締まり、殺気が凝縮される。
「カリス。あの二人」
「……ああ。前にやったな」
カリスが雑兵の前に躍り出た。
「ウチは任務で炭鉱を警備してる。用があるならウチに言え」
「逃げ……ます!」
少年の徹底した回避姿勢がカリスに火をつける。
そして、彼女の瞳が燃え上がるような怒りに染まった。
「テメェ……! ウチの顔殴っておいて。顔見て逃げるとか、フザけてんのか」
三人は同時に、乾いた地面を力強く蹴った。
「西は海だぞ」
「なら、こっちね!」
少女が先行し、ディルクがそれに続く。
背後から迫る気配は、驚くほど速く、重い。
ノアは走りながら首だけで振り返った。
「んだよ、一発殴らせろって」
「違います! 僕は、どうかしてたんです!」
「何の話だよ!?って、なんで俺が巻き込まれてんだ!」
背後でゼルカの哄笑が響き渡る。
カリス隊の他三人も動き出す。
「ひゃはー!カリス殴った奴!もっと走れよ!」
「狂ってんのかよ、あの女!」
「ディルク、気をつけて。ちゃんと強いから」
「分かってるって」
険しい斜面を蹴り立て走る。
炭鉱入り口を正面とした左、東へと流れ込む。
「本当に違うんです! あなたの顔を見たら殴りたくなっただけです!」
「全然違わねぇじゃねぇか! 殺さねぇって。二発ぶん殴るだけだって」
「ひ……」
ユズハも目を見張る、ノアの大爆走。
カリスのゼルカの大爆笑。
コミカルではあるが、必死な逃走劇を見届ける。
そして、セインが冷静な判断を下した。
「カリス、それ以上は。作戦域を外れる」
「干渉が発生します。止まってください」
リシェルの追認を受け、セインが指示を出す。
すると、カリスの足が止まった。
まだ追える距離ではある。
だが、カリスは執念深い視線だけを投げ、その場に留まった。
「……チッ。戻る」
「えー、ここで?死ぬまで殴れば良かったのにぃ」
「追跡終了だ」
シルバーチェインの面々が、潮が引くように坑道へと戻っていく。
三人はそのまま東の森へと逃げ込んだ。
やがて、耳に届く音が変わる。
硬質な金属音。激しい衝突音。そして、野太い叫び声。
視界が開けた瞬間、少女の瞳が驚愕に染まった。
「は?」
「ったく……今日は厄日かよ」




