第13話 諸侯連合分断戦④
ライガは、奥歯が軋むほどに歯を食いしばった。
渾身の力で剣を振り抜く。
確かな手応えは拳に伝わった。
だが、その感触はあまりにも浅い。
「チッ……!」
強引に距離を詰めようと踏み込む。
しかし、その一歩がわずかに遅れた。
本来ならば確実に届くはずの距離。
それなのに、切っ先は虚空をなぞるだけで届かない。
横でロイドが盾を構えるはずだった。
だが、重厚な盾の動きもまた半歩遅れる。
守られるべき隙間に衝撃が直撃した。
「ぐっ……!」
赤髪の剣士の視線が、驚愕とともに跳ねる。
「ロイド!」
「……すまん!」
短い謝罪。
だが、それで済む話ではなかった。
あり得ないほどの連携のズレ。
そこへ、シエラの詠唱が鋭く走った。
タイミングは完璧。
のはずだった。
放たれた魔導の火が、わずかに遅れて空間を焼く。
狙った敵には掠りもしない。
「……は?」
信じられぬものを見るように、ライガの口から吐息が漏れる。
フィナが懸命に戦場を駆ける。
位置取りも判断も正しい。
そのはずなのに、彼女は足を取られた。
石畳のわずかな段差。
普段なら気にも留めない凸凹に、バランスが崩れる。
「っ……!」
回復の魔法が、致命的に遅れる。
ライガの舌打ちが、焦燥とともに強くなった。
「くそ……!」
闇雲に剣を振る。
またしても空を切った。
ズレている。
全部だ。
ほんの少しずつ、だがその“少し”が致命的に噛み合っていない。
「くそくそくそ!」
荒れた声が戦場に響く。
「いつもはこんなんじゃねぇだろ!」
誰に向けた言葉か分からないまま、彼は怒りを吐き出した。
だが、誰もそれを否定できない。
分かっている。
全員が痛いほど分かっていた。
おかしいのは敵ではない。
自分たちなのだ。
◇
ハルトは、剣を構えたまま静かに距離を測っていた。
視線の先では、五人が一糸乱れぬ動きを見せている。
敵の数は分かっている。
構成も理解している。
五人編成のパーティ。
役割に偏りのない、極めて完成度の高いバランス型。
この辺りでは、それなりに名が通っている連中だ。
だが、その評価は常に一つの壁に阻まれていた。
――アルファの次。
常に最強の影に隠れる、セカンド。
ハルトは鋭く一歩踏み込む。
剣を振るう。
狙いは一点も外していない。
だが、届かない。
わずかにズレる。
相手の動きが格段に速いわけではない。
ただ、動きに一切の無駄がないだけだ。
そこに、自分たちとは噛み合わない“何か”が存在している。
ハルトの足が止まりかけた。
その瞬間、横から凄まじい圧力が入り込む。
咄嗟に受ける。
重い。
だが、衝撃の重さだけではなかった。
次の動きが、どうしても読めない。
視界の端で、別の影が動く。
対応が遅れた。
剣を引こうとするが、間に合わない。
身体に鋭い衝撃が走った。
「……チッ」
強引に体勢を立て直し、乱れた呼吸を整える。
目の前の五人は、微塵も崩れていない。
動きに迷いがなく、連携の糸が一度も切れない。
個々が圧倒的に強いわけではない。
だが、決して崩れず、隙を見せない。
それが、そのまま逃げ場のない圧力となってこちらを圧迫する。
「ランクA……これほどとは」
ハルトは歯を食いしばる。
知っているはずの相手。
理解しているはずの構成。
それなのに、戦えば戦うほど絶望的な距離が開いていく。
足が出ない。
刃が届かない。
読みが、決定的に合わない。
ほんのわずかなズレが、幾重にも積み重なっていく。
リーダーの眉が深く寄せられる。
その違和感が、呟きとなって漏れた。
「……でも。こんなに強かったのか」
◇
ライガの身体が、地面を激しく滑る。
衝撃で肺の空気が押し出され、うまく息が吸えない。
揺れる視界の中、赤の装束を纏った男が、剣を振り抜いた姿勢のまま傲然と立っていた。
受けたはずだ。
合わせたはずだ。
それでも、紙屑のように吹き飛ばされた。
「……っ、くそ……!」
震える腕に力を込め、泥を噛むようにして起き上がろうとする。
その隙間に、切迫した足音が割り込んだ。
「ライガ!」
フィナが必死の形相で駆け寄る。
膝をつき、祈るように手をかざした。
「ラウンドヒール!」
淡い癒光が広がり、焼けるような痛みが引いていく。
だが、損傷は完全には戻りきらない。
その光景を、五人は隊列を崩さず冷静に見守っていた。
赤の男が、軽く肩を回す。
「我ら五人揃って、ファイブカラー。とは言え、流石に二倍の冒険者は疲れるな」
「ランクBが二部隊か。確かに五人では時間が掛かる」
青の衣の男が、淡々と戦況をなぞる。
その視線が、値踏みするように全体を撫でた。
緑の装束の者が、わずかに首を傾ける。
「これはヒーラーを潰すべきだね」
冷酷な視線が、フィナに固定された。
一瞬にして空気の温度が変わる。
ライガの喉が、引き攣った音を立てた。
「フィナ……」
動こうとするが、身体が石のように重く追いつかない。
横から魔導師の声が悲鳴のように飛ぶ。
「レン! そこからどうにかできない?」
「間に合わないです。ランクAは、とんでもないですね」
漆黒の髪を揺らし、少年が冷静な声で返した。
ロイドが咆哮とともに盾を叩きつける。
「そんな悠長なことを!」
巨躯を揺らして踏み出す。
だが、間に合わない。
既に黄の影が動いている。
低く、地面を滑るような高速の移動で、フィナの背後へと回り込む。
刃が持ち上がる。
非情に振り下ろされる。
ライガの視界が、絶望に細くなる。
届かない。
その瞬間——
えんじ色の残像が、鮮烈に割り込んだ。
風を裂くように、長い髪が鋭い弧を描く。
次の瞬間、横から弾丸のような衝撃が叩き込まれた。
攪乱役だが実力者の黄色。
ゼルク・フラヴィスの身体が真横に弾き飛ばされ、地面を何度も転がる。
翡翠の瞳が輝きを孕む少女。
ユズハは、男の体の行方を見ることもせず、音もなく着地した。
そして、一陣の風が吹き抜ける。
どこからか迷い込んだ藁が、ふわりと舞い、少女の視界をかすめて落ちた。
ユズハは振り返ることなく、
「大丈夫ですか……」
わずかに間を置き、静かに視線だけを向けた。
「せ・ん・ぱ・い?」




