第14話 諸侯連合分断戦⑤
赤髪、赤井マフラーの剣士は驚愕していた。
目の前で繰り広げられた景色から、視線を外せなかった。
「ぐぇ……」
黄色が弾かれる。あり得ない軌道。
力でも間合いでもない、踏み込みと当て方の極致。
無駄を削ぎ落としたその一撃は、一瞬の間に完結していた。
そして見覚えがある。
その事実に、喉の奥がひりつく。
えんじ色のリボンで高く括られた髪。
ポニーテールをくるりと一閃させた、少女が目の前に立っている。
「大丈夫ー?」
フィナを庇うその背中は、軽く構えただけで周囲の空気を変質させる。
絶望に押し潰されていたはずの戦場が、ぴたりと静止した。
五彩、青葉の五人、暁紅蓮の五人の視線が、中心に立つユズハへと集まる。
だが。
ライガの意識そのものは、そこになかった。
膝をついたまま、必死に息を整えている少女。
無事だった。間に合ってくれた。
その事実が胸の奥を強く打つが、同時に自責の念が肺を圧迫する。
――フィナを守れた。
いや、違う。
剣士の奥歯が、軋むような音を立てた。
守ったのは、自分ではない。
「ありがとう……ございます」
あのとき、決めたはずだった。
『守れない者は連れていけない』
『守れない奴は戦場に置けない』
だからこそ、冷徹に切り捨てた。
——鈍色の髪をした少年、藁束を背負うノアを。
危ないから?守れないから?大切な仲間を、彼女を守るために?
ノアはどうだった?
いつも何でもないことのように戦場に居た。
いつも、魔物に狙われた。
戦いの中で、囮の役程度はしていた。
彼は何も言わない。
だから、上に行くために割り切れた。
そう自分に言い聞かせてきた。
それなのに、今は。
一緒に強くなる。互いに守る。
互いにそう話した。子供の頃から誓い合った
彼女が、フィナが。
自分の手ではなく、切り捨てた側に守られている。
「ってか。何なの、カラフルなやつら」
喉の奥が詰まり、呼吸が鉛のように重い。
乾いた風が吹き抜け、戦場に藁が舞った。
視界の端で、それが不規則に揺れる。
――藁が
胸の奥に、棘のような違和感が引っかかる。
知っている。忘れるはずがない。
あの夜、あの朝。
身体は驚くほど軽く、すべての動きが完璧に噛み合っていた。
当時は理由が分からなかったが、今なら分かる。
あの、奇跡のような「寝床」の正体。
自分は強くなったのだと過信した。
さらに高みへ登れると信じていた。
そのために、不要な重荷を捨てたと信じていた。
戦いの天秤にすら乗らない、足を引っ張るだけの男だと、そう判断して。
アルファのようになるため
――もっと上の舞台に立つために。
だが、現実は、今は、何もかもが噛み合わない。
すべてが、ほんの少しずつ、致命的にズレている。
見ない振りをしていた疑問が、残酷な確信となって脳裏を埋め尽くす。
――本当に、自分は強くなれたのか?
視線が、吸い寄せられるように動いた。
括られた髪を揺らす少女の後ろ、少し離れた位置。
——国を守る騎士になった?
鈍色の髪が風に揺れている。
その背にはいつものアレ。戦場にはおよそ場違いな藁束。
少年はただそこに立っているだけだ。やはり何もしていない。
だけど、バラバラだったパズルの破片が、すべて一つの線で繋がる。
焼けるような息が、漏れた。
「……ノア」
◇
ユズハは勢いで乱入した。
戦場の中央で、赤髪の剣士が膝をついていた。
彼の息は荒い。回復は中くらい。
それでも体力は削れたのか、精神の方が抉られたのか。
愛剣を支えにして、どうにか身体を繋ぎ止めている。
「フィナ……良かった」
視界の端では、膝をついた少女に、剣士が歩み寄っていた。
あと少し遅かったら、冒険者は依頼通りに異物を排除していただろう。
危なかったその残像が、脳裏から離れない。
色とりどり、派手に着飾る冒険者。
「ファイブカラーだっけ」
アルファの後を追うように、金羊毛ギルドに加入したパーティ。
あまり覚えていないかも。
少女の感想は、思ったよりも軽い。
「ゼルク、まだ立てるか」
「あぁ……、大丈夫だ……」
低い声が遠くから聞こえる。
赤をテーマにした男、ライゼン。
血を固めたような深紅の装備を纏った男が、死神の如き足取りで剣を構えた。
「……まだだ。俺が」
ユズハの後ろで、ライガは歯を食いしばり、どうにか剣を構える。
そして飛び出すが、遅い。
踏み込みが合わず、間合いが狂っている。
「せんぱい、無理しない方が」
「うるっせぇ!」
その遅滞を、歴戦の猛者が見逃すはずもなかった。
赤い鎧の男が、一直線に踏み込む。
無駄を排した、必殺の斬撃。
彼には受けきれない、避けきれない。
――間に合わない。
その瞬間、パンと破裂音。
深紅の鎧が鈍く凹み、男の位置がずれる。
戦場の外縁、岩陰。
鈍色の髪をした少年が、静かに腕を上げていた。
背負った藁束が、風に誘われて小さく揺れる。
乾いた風がその流れに乗って、背負った藁がほどけ、サラサラと戦場を舞う。
その数本が、不規則に流れる。
――目に見えない何かに触れたように
「あーね。相変わらず、ノア」
鈍色の瞳が、そこを捉える。
指先が、迷いなく一点を指し示した。
何もない場所、誰も注意を払っていない虚空。
その隣。
茶色の無造作な髪を揺らす目つきの悪い青年が、露骨に顔をしかめた。
「……は?俺だぞ。ってか、何もねぇだろ。なんでか赤いのには当たったけど」
ディルクの引き金に迷いはなかった……筈だ。
だが、当たったのはごつい鎧の方だった。
不貞腐れたように舌打ちを一つ鳴らす。
「ったく。風とか読んだってか?マジで勘だけはすげぇな」
汚れた作業服の青年は、魔鉄砲を構えている。
隣には背負子の少年。
「……あそこで、藁の流れが乱れたって思っただけ」
「は?」
「うん。今度はあっち」
「また、なんもねぇぞ」
短く返すと同時に、引き金が絞られた。
乾いた破裂音が響き、弾丸が空気を切り裂く。
何もないはずの空間へと、叩き込まれた。
「は……?今、って。銃身が曲がってんのか?弾が消え……」
空気が、歪んだ。
水面のように波打ち、光が屈折する。
不自然に曲がった輪郭の奥から、今度は音がした。
「知らない奴。くそ……。俺達だって」
体勢を崩したライゼンだからこそ、ライガの剣がようやく間に合う。
金属音が激しく火花を散らした。
止まっていた時間が、再び動き出す。
崩れかけていた戦いの流れが、この一瞬で繋ぎ止められた。
「ライゼン!ちょっと待て!」
それと同時に、別の場所で、戦いがガラリと変わっていた。
空気の揺らぎから発生した音が、揺らいでいた空間を整えていく。
「なんだ」
「戦いは後にしろっ」
ライガの剣が行き場を失う。
環境の変化に暁紅蓮のリーダーは気付けない。
「え?」
皆が叫ぶ。ライガはまだ、分からない。
でも、間もなく。
強制的に分からされる。
何もない。騎士団がそう思った場所から、空間から。
少しずつ浮かび上がる。
黒装束を纏った男が姿を現した。
その男の頬には一線の血が滲んでいる。
緑のヒーラー。ヴェルナ・グランヴェルの目が見開かれる。
「ヴェイル!イリュージョンが切れているわよ!」
「へ?」
間抜けな声。
その隙を見逃さない者が動く。
「そこっ!」
えんじ色のリボンが躍り、高く括られた髪の束が風を切る。
ユズハの蹴りが、油断した見えなかった男、ヴェイルの側頭部を正確に捉えた。
凄まじい衝撃。
黒い身体が宙を舞い、為す術もなく地面に叩きつけられた。
戦場の均衡は、今、完全に崩壊した。




