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第8話 空を裂く狩人と銃声

 雑木林は、妙に静まり返っていた。

 湿った土の匂いと、積もった落ち葉の感触だけが足裏に伝わる。

 風は通っているのに、小鳥の声がない。

 木の根元を走るはずの小動物の気配も、消えている。


 代わりに残っているのは、逃げた痕跡だった。

 踏み荒らされた下草。

 浅く抉られた土。


 えんじの髪が揺れ、足を止める。


「……これ、化け鳥」


 低く呟く。

 翡翠の瞳は、すでに上空を探っていた。


 次の瞬間、風が落ちてくる。

 枝がしなり、葉が裏返る。


「――上!」


 反射的に弓を引く。

 視界に入ったのは、影。


 大きい。

 木々の隙間を縫うように、滑空してくる。


 ユズハは判断を迷わない。

 ただ引き絞り、放つ。


 矢は一直線に伸び、喉元へ吸い込まれる。

 弓の経験は今回が二度目。だが、貫通。


 ラヴェルイーグルの一羽が、そのまま地面へ落ちた。

 重い音とともに叩きつけられ、羽が広がる。


「よし――」


 言いかけて、止まる。


 そこで空気が変わった。


 上空で旋回していた影が、一斉に軌道を変える。

 速い。そして低い。


 木々の間を縫い、枝に触れるか触れないかの距離で滑空する。

 視界から消える。


「……は?」


 眉が寄る。


 さっきまでとは動きが違う。

 軌道が一直線ではない。

 先を読ませない。

 しかも、木を縫って移動している。


「もう、学習した……?」


 舌打ちする。


 再び弓を構える。

 だが、今度は狙いが定まらない。


 直ぐに影が消える。

 次に現れる位置が読めない。


 そして、横から風が抜ける。


 来る。だから構える。

 だが、一歩遅れる。


 爪が木の幹を削り、破片が飛び散る。


「っ……!」


 軽鎧が軋む。

 ユズハは即座に弓を下ろす。

 背へ回して、今度は短刀を抜く。


「いいよ、その方がやりやすい」


 地面を蹴る。

 えんじが稲妻のように走り、いつの間にか枝へ。

 身体を振り上げて、さらに上へ。


 目が眩むほどの高さを取る。


 短刀は今回が初めての少女を、ラヴェルイーグルが追う。

 だが、同じように木々を使う動きでは、ユズハの方が速かった。


 枝を蹴って、方向を変える。

 反動を利用して、反転する。


 視線が重なる。


「捕まえた」


 そこから一直線に、落ちる。

 職人ディルクの手で磨かれた短刀を振り下ろす。


 ラヴェルイーグルも回避しようとする。

 だが、全く間に合わない。


 抵抗感なく、喉元に刃が突き刺さる。


「す……げ……」


 肉を裂く感触が軽い。

 血が弾けて、頭が落ちる。


 巨体は揚力を失って、肉塊と変わったまま落ちる。

 地面に叩きつけられ、鈍い衝撃が森に響いた。


 軽く着地し、刃を払う。

 呼吸を整えながら、再び空を睨む。


「……あと何羽?」


 枝の隙間に、まだ影がある。

 まだ逃げていない。

 木々の隙間から、こちらを見ている。


 そこで


 狙いが変わる。


 魔物が襲うのは、鈍色の髪……の背後だった。

 ラヴェルイーグルが滑空に入る。

 一直線に落ちてくる。


「ちょ――!そっちは」


 少女の声が上がる。

 勘が外れたのではなく、別個体。

 距離が遠い。間に合わない。


 そして、少年に影が迫る。


 その瞬間。


 その背負われた藁束の上に趾がかかった。


「俺の武器すげぇ、なんて!違うだろ。俺も負けてられねぇ!」


 呆気に取られていたディルクが動く、踏み込む。

 ホルダーから魔拳銃を引き抜き、銃口を上げる。

 迷いなく狙い、引き金を引く。


 すると、魔法弾が一直線に走り、ラヴェルイーグルを貫いた。


 衝撃が藁束に伝わる。

 乾いた破裂音が森に響く。


 藁が一気に弾け、空中に舞い上がる。


「ちょ!ノアが危ないじゃん!」


 ユズハはノアを庇う為に飛びついた。


「倒せたんだからいいだろ!」


 ディルクが言い返す。


「ノア、大丈夫?」

「え……?うん。ディルクの武器は凄いから」


 鈍色の瞳は動かない。

 散った藁の中で、ノアは立っていた。


「そうだよ。俺の武器は……って!何で知って……」

「ディルクが使うなら安心」


 ゆっくりとしゃがみ込む。

 ノアは藁を一本拾う。

 それを指先で確かめる。


 風にかざす。流れを読むように観察する。


 視線が、わずかに揺れる。


「……なに、ボーっとしてんの」


 ユズハが眉を寄せる。


「ん-。っと」

「あ。もういい。絶対意味が分からないやつ」

「こいつ、大丈夫かよ?」


 ディルクが鼻で笑い、肩をすくめる。


「ん。なるほど」

「もーいいだろ。ってか立ったままの奴が悪い!ここは戦場だぞ、何しに来てんだよ!」


 風が抜ける。


 舞っていた藁が、ゆっくりと地面へ落ちていく。

 少し遅れて、逃げていた小動物たちが恐る恐る森へ戻り始めていた。



 商人ギルドの一室は、外の喧騒から切り離されていた。

 厚い扉が音を遮り、紙を捲る音とペン先の擦れる気配だけが残る。


 窓際に立つセレナが、軽く一礼する。


「お疲れ様でした」


 事務的で、柔らかすぎない声だった。

 ユズハが椅子に崩れ込む。


「疲れた……なにあれ、でっかい鳥」

「ラヴェルイーグルです」


 即答だった。


「やっぱ有名なんだ」

「ええ。群れで行動し、獲物に応じて挙動を変える性質があります」

「それそれ。途中から急にやりづらくなったんだけど」


 手を振る。

 ディルクが鼻を鳴らす。


「最初に一羽落としたからだろ」

「それであそこまで変わる?」

「変わるやつは変わる」


 短く返し、椅子に腰を落とす。

 そのまま視線が横へ流れる。

 部屋の端。

 ノアが立ったままだった。


 藁束はまとめ直されている。

 だが、その手は止まっている。


「……ノア?」


 ユズハが声をかける。

 少し遅れて、少女の顔が上がる。


「ん?」

「“ん?”じゃなくてさ。さっきから何考えてんの」


 鈍色の瞳が、わずかに下がる。


「……さっきの」

「鳥?」


「違うよ。ディルクの武器……」


 ディルクの眉が動く。


「撃ったときの」

「は?なんだよ」


 ディルクの顔を上げる。


「俺の武器に文句でもあんのか?」


 そこでさっきの続きだ。


「匂いが違った」


 ノアは藁をにおいながら言った。


 一瞬の沈黙。


 ディルクの目が細くなる。


「……あ?」

「火薬じゃない」

「は?火薬だよ」


 青年は即座に返した。

 だが、ノアは首を振る。


「それじゃない」


 すると、舌打ちが響く。

 椅子から立ち上がる。


「てめぇ、上から目線で言ってんじゃねぇぞ」


 低く吐き捨てる。


「戦いもしねぇで、俺の警戒か?」


 ノアはゆっくりと首を振る。


「違う」


 だが、それだけでは収まらない。


「じゃあ何だよ」


 ディルクが睨む。

 ノアは言葉を探すように、わずかに黙った。


「薬莢の匂い。発火の、前」

「は?」

「起こしてる部分の匂いが違った」


 視線がぶつかる。

 ノアの瞳はほぼ無感情だったが。


「言えるわけねぇだろ」


 ディルクは吐き捨てた。


「職人ギルドの掟だ」


 その言葉に、鈍色の瞳がわずかに揺れる。


「……掟?」


 ディルクは一瞬だけ、視線を泳がせた。

 それから、低く言い切る。


「技術の盗用は追放処分だ」

「あ……、えっと」


 視線を落とし、口を閉じる。

 そんな男に、職人は不機嫌そうに舌打ちを一つ。


「……くだらねぇ」


 そのまま扉へ向かった。

 彼が消えた後、ノアは視線を落とした。


「……藁を整理します」


 気まずそうに言い、別の扉へ向かう。

 そのまま静かに出ていった。


 残されたのは、二人。


 セレナが小さく息を吐いた。


「ね……この先、大丈夫でしょうか」


 書類から目を離さずに見て見ないフリでもしつつ。


 ユズハは椅子に体を預けたまま、軽く笑った。


「なんとかなるでしょ。男子なんだし!」

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