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第4話 職人ギルドの居候

 短く、鋭い舌打ちを一つ鳴らした。

 茶髪の男は膝に手を突き、重々しい動作でゆっくりと立ち上がる。


「マジかよ」


 革製のジャケット。

 中から覗くTシャツの襟元は伸びきっている。

 服の至る所に、煤か、油か、あるいはその両方が混じり合ったような黒い汚れが染み付いていた。

 青年が、ゆっくりと顔を上げた。

 生まれつきなのか、それとも環境がそうさせたのか、その目つきは驚くほどに悪かった。


「チッ……ディルクだ」


 再び鳴らされた舌打ちは、周囲への明確な拒絶だった。

 値踏みするような、無礼極まりない視線でギルド内をゆっくりと見回す。

 人間を見ているのではなく、並べられた中古の道具に値段を付けているかのような、冷めた目。


 最初に口を開いたのは、ユズハ。

 彼女は片方の眉をぐいと上げ、面白くもなさそうに問いを投げかける。


「……それだけ?」

「は?」


 ディルクは即座に、火花が散るような勢いで睨み返した。


「名前は言っただろ。文句あんのかよ」

「いや、普通はもうちょいあるでしょ。どこの誰だとか、何ができるとかさ」

「ねぇよ」


 間を置かず、断固として言い切る。

 ディルクは胸の前で、汚れの目立つ腕を固く組んだ。


「別に、お前らと仲良しごっこをしに来たわけじゃねぇ。そっちの都合で、勝手に俺を使うって話になってるだけだろ」


 突き放すような物言いに、ギルド内の空気がわずかに軋んだ。

 その不遜な態度を受け流すように、バルトが鼻を鳴らす。


「……とんだガキを寄越してくれたもんだ」

「誰がガキだ。あぁん?」


 間髪入れずに言葉を返す。

 視線と視線が火花を散らす。

 その背後では、容赦なくパタンと。

 扉が静かに閉まる音が響いた。

 余計な重みのない、しかし確実な別れの音だった。

 ディルクが、一瞬だけ弾かれたようにそちらを振り返る。


「……クソが」


 既に誰もいない扉の向こうに向かって、吐き捨てた。

 居心地の悪さに顔を歪めながらも、しかし彼はその場から動こうとはしなかった。


 続く沈黙を破り、ユズハが肩を竦めて一歩前へ出た。


「で? あんた、どこの人間なわけ?」

「……は?」

「所属を聞いてんの。どこのギルドよ。それともフリー?」


 ディルクは一度だけ、逃げるように視線を斜め下に逸らした。

 だが、すぐに強情な色が瞳に戻る。


「……職人だ。ヴァンデル。……それだけだ」


 その瞬間、ギルドを支配していた空気が、不自然に凍りついた。

 バルトの巨躯がピクリと止まる。

 その視線に宿る色が反転する。

 呆れから、より深い、本質を探るような鋭さへと変質した。


「……ヴァンデルだと?」

「だからなんだよ! 文句あんのか!」


 バルトはすぐには答えなかった。

 バルトは一度だけ、既に閉じられた扉――シャルルが去っていった方向を見つめた。

 今さらながら、その男の正体を再確認するかのように。

 それから、ゆっくりとセレナへ視線を向けた。


「……セレナ。さっきの男、あいつがシャルルか」

「カルン冒険者ギルドを出禁になってます。間違いありません」


 セレナは手元の書類から目を離さず、短く肯定する。

 バルトは小さく、重い溜息を吐き出した。


「ありゃ、貴族だな。それも、相当に厄介な血筋だぞ」

「よく分かりますね。ギルドにはただのルガイア王国人とだけですが」

「立ち方。身に付いた不遜さが、隠そうとしても隠しきれてねぇ」


 バルトの言葉を聞き、ユズハとノアが顔を見合わせた。

 二人も先ほどの男――シャルルの姿を脳裏に呼び戻す。


「え……マジ?あたし、殺されかけたんだけど。ノア、知ってた?」

「うーん。名前が書いてるわけじゃないから」

「あは。なに、それ」


 自然すぎるほどに場を支配していた空気。

 中心に立ちながらも、決して自分を標的にはさせない、淀みのない在り方。


「で。そのお貴族様が連れてきたのが」

「……なんだよ。ジロジロ見んじゃねぇよ」


 バルトがゆっくりと、その沈黙を切り裂くように口を開く。


「ユズハ……やめとけ」

「なんで」

「とんだ面倒なのを寄越してきやがった」

「もしかしてソイツもお貴族様ってこと」

「違ぇよ。さっさと準備しろ。こいつを連れて片付けてこい」

「え、もう? 挨拶も終わってないのに?」

「現場は近い。農家から緊急の依頼だ。ダクネスが出やがった」


 その一言で、室内の空気が一変する。



 ユズハの目がスリットのように細くなる。


「……また? 最近、頻度がおかしくない?」

「数が増えているわ」


 セレナが、淡々と事実を補足した。


「特定の巣からの発生ではありません。最近は、あり得ない場所に唐突に現れる……いわば『点』での出現が確認されています」


 その会話に、ディルクが怪訝そうに眉をひそめた。


「ダクネス、なんだそりゃ」


 言いかけて、彼は言葉を止めた。

 もう、自分以外の全員が動き始めていたからだ。

 議論の余地などない、という無言の圧力がそこにはあった。


「……チッ」


 ディルクは不承不承といった様子で舌打ちを漏らしたが、それでも、背を向けて歩き出した一行の後を追った。



 三人。

 外に出ると、朝の澄んだ空気が流れ込んでくる。

 しかし、その空気は決して軽くはなかった。

 風は吹いているが、鳥のさえずりも、遠くの街の喧騒も欠落していた。


「本当に多くない?」

「ダクネス現象って闇から生まれる?最近、雨が多いからかな」

「おい。待てって。俺にも説明しろよ」


 ユズハが先頭を行き、羽のように軽い足取りで地面を蹴る。

 その後ろを、ノアが歩く。

 ディルクはその背中を、後方から凝視していた。


「ってか。知らないってま?」

「知らねぇ」

「って、あれ!」


 ポニーテールが跳ねる。

 ディルクの半眼もソレに倣う。


 そこで彼は目を剥いた。


「は……?ってか、魔物かよ!」



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