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第3話 商人ギルドの冒険者

 商人ギルドの一室は、夜でも明るかった。

 灯りは柔らかいが、机の上には書類が積み上がっている。


 セレナは一枚を整え、静かに顔を上げた。


「現状を説明します」


 向かいに、ノアとユズハ。

 ユズハは椅子にだらりと座り、力を抜いている。

 ノアは姿勢を崩さず、静かに待っていた。


「まず、ギルドは分裂しています」


 ユズハが眉を上げる。


「やっぱり?」

「はい」


 セレナは頷き、言葉を続ける。


「北――マルシェリア。冒険者ではなく、騎士団ギルドへ変更。中央政府と連動しています」


 ノアが小さく呟く。


「……管理側?」

「その通りです」


 セレナは次へ進む。


「北に残った主力は、青葉と紅蓮です。どちらも現場対応能力は高い」


 二枚の紙を摘まむ。


「ですが、立場は騎士団側です」


 別のファイルへ。

 ユズハが肩をすくめる。


「まぁ、そりゃそうか。見た目からして真面目だし」


 セレナは視線を紙に落とす。


「南――カルン冒険者ギルド。実力主義。独立傾向が強い」


 ノアが口を開く。


「……アルファ」

「はい。アルファは南です」

「他にもランクAのパーティが流れています」


 ユズハが首を傾げる。


「ノアの話で聞いた。セカンドってやつ?」

「はい、カルンでは。マルシェリアギルドでは五彩、もしくはファイブカラーと名乗っていました」


 ノアはわずかに視線を落とす。


「……なるほど」


 セレナの指が、中央を指す。


「そして中央」


 空気が、ほんの少しだけ引き締まる。


「アベリオン派の諸侯。シルバーチェインと呼ばれるアイアンループ過激派の後ろ盾がある、とか」

「知ってるし。マジでヤバかったし。ね、ノア」

「え……うん」

「とにかく!中央平原が押さえられています」


 ユズハが顔をしかめる。


「一番めんどくさいとこじゃん」

「はい」


 セレナは肯定する。


「交通と情報を遮断しています」

「結果として、北と南は直接触れられません」


 ノアが言う。


「……だから流れが遅い。物流も詰まる」

「その通りです」


 セレナは頷く。


「商人ギルドは今のところ例外です。完全には切られていません」


 ユズハが鼻で笑う。


「へぇ。じゃあ、うちらだけ真ん中通れる感じ?」

「通れる、ではありません。南部の反発を抑える為に通さざるを得ない、です」


 セレナの声は冷静だった。


「物資、情報、依頼。すべてが最後に集まるのは、商人ギルドです」


 ノアが小さく頷く。


「……だからセレナさんは」

「はい。建前は白鷺の紋章事件での免職ですが」


 セレナは言う。


「だから私は、こちらに残ります。受付として」


 ユズハが目を細める。


「計画だったってこと?」

「計画と言うより、保険ですね」


 迷いのない返答だった。


 ノアが静かに口を開く。


「冒険者ギルドが消えることが想定されていた……」

「はい」


 セレナは頷く。


「内側にいたからこそ、分かることもあります」


 ユズハが息を吐く。


「なるほどね。じゃあ、うちらは動く係か」

「そうなります」


 セレナは書類を整えながら続ける。


「騎士団は北。冒険者は南」


 紙が捲れる。


「商人ギルドだけが、まだ横に繋がれる」


 ノアはその言葉を静かに受け止める。

 頭の中で、配置を組み直すように。


 そして。


「……分かりました」


 短く言った。

 ユズハが立ち上がる。


「オッケー。なんか分かんないけど」


 その表情は、すでに切り替わっていた。


「マルシェリアに冒険者はもういない」


 だけど、翡翠の瞳には力が宿る。


「あたしたちは商人ギルド所属の冒険者ってことね!」



 朝の光は柔らかい。

 窓から差し込むそれが、床の上に淡く広がっている。


 セレナは、ゆっくりと目を開けた。

 その瞬間、違和感に気づく。


 身体が軽い。

 思考が、驚くほど澄んでいる。


 瞬きを一つ。

 ゆっくりと上体を起こす。


「……なにこれ」


 視線を落とす。

 そこにあるのは、最近身内のみでよく使われるワード。


 ノアベッド


 商人ギルドから借りた部屋にあった簡素な作りのベッドだが。


 手を伸ばし、そっと触れる。

 湿気は抜け、熱はこもっていない。

 匂いすら、整えられている。


「……あり得ない」


 小さく息を吐く。


「覚えてる。昨日はあやふやだったのに」


 マルシェリアギルドから重要な資料は持ちだせない。

 出る直前に、膨大な資料に目を通すのがやっと。


 それが定着してる。


「体の回復だけじゃない。本当に頭の中まで?」


 部屋を出て見つける。

 ノアは、すでに起きていた。

 藁束を手に取り、淡々と選り分けている。


「おはようございます」

「……おはようございます」


 セレナの視線は、彼が摘まむ藁へと移る。


「その……あれ。ノアベッド、あなたが?」


 語彙が失われるほどの戸惑い。


「はい。ユズハに言われて」


 だが、彼はあっさりとした返答。


「……意味が分からない」


 金色の髪が揺れる。

 目を細める。


「……ねぇ」

「はい?」


 ほんの少し、首を傾ける。


「もしかして、ヘキサボアのとき」


 一瞬の間。


「マリー様のベッド、あなたが整えました?」


 ノアは少しだけ考える。

 視線が上にずれる。


「あー……」


 思い出すように間を置き、軽く頷いた。


「腰が痛いって言ってたから、それもユズハに言われて」


 沈黙が落ちる。

 セレナの眉が僅かに寄る。

 一度だけ、ゆっくりと目を閉じて、弛緩させる。


「……そう」


 過去の記憶さえも鮮明。

 ここで漸く、あの老婆の気持ちが分かる。

 いつもの優しげな顔に戻り、静かに息を吐く。


「数カ月前ね」


 カウンターの椅子に腰を下ろす。

 鈍色髪の少年は立ったまま。


「その頃から、マリー様はお元気になられたのよ」


 ノアは首を傾げたまま。

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