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第2話 王と配置と

 ルガイア王国。

 マルシェリアから少し離れた場所に、王城がある。

 その謁見室は、音を呑み込むような静けさに満たされていた。


 重い扉が閉じる。

 鈍い音が、広く高い空間にゆっくりと残響する。


 玉座の前に、二人。

 騎士団長ガストン・ベルンブルグ。

 騎士団ギルド長オルレック・グランブルジュ。

 並んで跪き、頭を垂れている。


 その先。

 玉座に座る男。

 レオナード三世・フォン・アルテンブルグ。


 肘掛けに肘を置き、指先で額を支えている。

 顔は伏せられている。

 だが――怒りは、隠しようがなかった。


 空気が、重い。

 言葉にせずとも、それだけで伝わる圧があった。


 長い沈黙のあと。


「……私の誕生日だったな」


 低い声が、床に落ちるように響いた。


 グランブルジュの肩が、わずかに震える。


「祝賀の席で!中央平原に、旗が立った」


 玉座まで揺れる。


「見事なものだ」


 王が顔を上げる。

 その視線は鋭く、微塵も笑っていない。


「国の中心で、反旗だ。……誰の失態だ」


 静かな声音だった。

 だが、その静けさが、逆に逃げ場を奪う。


 グランブルジュが口を開く。


「そ、それは――」

「お前だ」


 言葉は、途中で断ち切られた。

 完全に。

 取り繕う余地すら、与えられない。


 騎士団長ベルンブルグは動かない。

 ただ、わずかに目を細めるだけだった。


 王は続ける。


「中央は押さえられた。分断された。その上で……」


 建国の歴史上、重要過ぎる拠点。

 それは冒険者ギルドだ。

 そこで


「アルファとセカンドを逃した」


 グランブルジュの額から、汗が伝う。


「なぜだ」

「……彼らは、南へ移動し――」

「知っている」


 即座に切られる。


「結果は聞いていない」


 王が玉座から立ち上がる。

 ゆっくりと、二人の前まで歩み寄る。


 足音が、やけに大きく響いた。


「なぜ、選ばれなかった」


 グランブルジュは答えられない。

 喉が鳴る。

 口が開かない。


 視線が動く。

 ベルンブルグへ。


「……お前はどう見る」


 騎士団長は、短く答えた。


「力の問題ではありません。魅力の問題でもありません」


 王は黙る。

 続きを促すように、わずかに視線を向ける。


「アルファは、自らの判断で動く集団です。故に、騎士団への入団を頑なに拒否していました」

「先々代が良かれとやった施策が仇になったか」


 騎士団長は静かに言った。


「平和が長く続き過ぎました」


 だが、その言葉は明確だった。

 グランブルジュの顔が、わずかに引きつる。

 王はゆっくりと息を吐く。


「……冒険者は依頼に従う。どうにか出来ないか?」


 短い沈黙が落ちる。

 王は背を向けた。


「ファイブカラーだったか?アレはいい」


 グランブルジュの顔から生気が抜け落ちる。

 そこで、声がわずかに低く沈む。


「だが、アルファは違う」


 誰もが認める英雄の器。


「周囲を動かす。規模を変える。だからこそ、こちらに必要だ」


 グランブルジュは、ただ頭を下げたまま。

 王の顔すら見えない。


「次はない。連れてこい。方法は問わん」


 その一言に、初めて明確な怒気が混じる。


「……はっ」


 掠れた声で、グランブルジュが応じる。


 ベルンブルグは静かに目を伏せる。

 その奥にだけ、わずかな警戒が宿っていた。



 マルシェリアの今日の夕方は、妙に鈍かった。

 石畳には昼の熱がまだ薄く残る。

 行き交う人々の足取りも、どこかだけ重たく見えた。

 喧騒はある。


 荷車の軋む音も、

 呼び込みの声も、

 酒場から漏れる笑い声も、


 確かに耳には入ってくる。

 それなのに、街全体を流れる勢いだけが、どこかで引っかかっているようだった。


 ユズハは手を団扇代わりにしながら歩いていた。

 ぱたぱたと雑に風を送る。

 夕方のぬるい空気を払いのけるみたいに。

 ときどき首元を指で引っかいて、鬱陶しそうに息を吐く。


「はー、だる」


 気の抜けた声。


 その隣を、ノアが歩く。


「ブラックセクト、多かったね」


「多すぎ」


 ユズハが即答する。

 言いながら、前髪を指で払う。


「しかも群れてる。あれ絶対おかしい」


 足は止めない。

 視線だけが、街を流れる。

 人の流れをなぞるように、だるそうに目が動く。


「普通、あんな集まんないでしょ」


「うん」


 ノアは頷く。


「だから、ちょっと怖い」


「だよねー」


 軽い調子。

 だが、その奥に違和感は残っている。


 ブラックセクトは群れない。

 それが常識だ。


 だからこそ、あの数は異常だった。


「ま、考えても仕方ないか」


 ユズハが言う。

 指先で空気を払うように軽く振る。


「帰ろ」


 ノアも頷く。


 二人は見慣れた通りを抜ける。

 商人の声。

 荷車の軋む音。

 夕餉の匂い。


 いつも通りのはずの街。

 なのに、どこか引っかかる。


 ユズハの手が、またぱたぱたと動く。

 風を送るというより、まとわりつく何かを追い払うみたいに。


「なんかさ」


 ユズハが呟く。


「変じゃない?」


 ノアも周囲を見る。


「……うん」


 人はいる。

 物もある。

 でも流れが、遅い。


 詰まっているような、そんな感覚。


 ユズハは半眼になる。

 視線だけが横に流れる。


「まぁいいや」


 軽く吐き捨てる。


「帰ろ」


 二人は家へ向かう。


 扉の前で止まり、何気なく開ける。


 そして。


「……え?」


 ユズハの声が漏れる。


 テーブル。

 向かい合って座る二人。

 湯気の立つカップ。


 違和感のない光景。

 だからこそ、おかしい。


 ユズハの手が止まる。

 ぱたぱたと動いていた指先が、ぴたりと止まる。


「おかえり」


 バルトが言う。


 いつも通りの声。

 だが、その顔は疲れていた。


「お邪魔しています」


 セレナが背筋を伸ばして座っている。


 ユズハがノアを見る。

 じろ、と瞳だけが動く。


「……なにこれ」



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