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第17話 国の成り立ち

 朝の森は夜よりも深く沈んでいた。

 枝葉を抜ける光は柔らかな白筋となる。

 湿った土を叩く影は動かない。

 遠くで鳥の声が一度だけ孤独に響いた。


 アルヴェインが瞼を持ち上げる。

 指先を動かし、筋肉の張りと関節の動きを確かめる。

 冷気を取り込み、短く呼気を吐き出した。


「……万全だ」


 傍らでセレスティアが藁の構造を冷徹に見つめる。

 層の厚み、通気性、弾力。

 魔術的な分析に近い視線でその「作品」をなぞった。


「理屈は理解できますわ。ですが――」

「それでも、我々は冒険者です」


 言葉を遮り、銀色の装備を纏った男が言い放つ。

 背筋を正し、揺らぎのない声で続けた。


「……は?」


 えんじ色のポニーテールを揺らし、翡翠色の瞳が跳ね上がる。


「役割は果たしてるってこと?」

「している。依頼を受け、相応の結果を得ている」


 真っ向から返された言葉に、少女は目を細めた。

 口元をわずかに歪める。


「それ、中身が伴ってないって言うのよ。ただこなしてるだけじゃない」


 即答だった。

 セレスティアが白を基調とした裾を整え、一歩前へ出る。

 視線は歴史の彼方を見据えるように遠い。


「そもそも、冒険者とは何か。……貴女は、その神話を存知かしら?」

「知らないし、興味もないわ」


「ダクネスマキア。世界に魔物が溢れ、人が領土も道も持たなかった暗黒の時代のことですわ」


 声は静かだが、森を震わせる重みがあった。

 逆光に縁取られた横顔は、巫女のような厳格さを漂わせる。


「生き延びるため未開の地へ踏み込み、『道』を切り拓いた者たちがいた。彼らは単なる生存者ではありません。人の領域を拡張した者たち。その功績を持つ系譜こそが――」

「貴族となった。我々は、その正当なる系譜にある」


 アルヴェインが胸に手を当てる。

 揺らぎのない事実としての宣言。

 少女はそんな彼らを、頭の先から足の先まで舐めるように見つめた。

 手入れの行き届いた装備、洗練された姿勢をなぞる。


「……いや。だから何?」


 顎を突き出し、少女はあざ笑うように距離を詰める。


「あんたらの先祖が凄かったのは分かったわ。で? 今ここにいる『あんたたち自身』はどうなわけ?」


 アルヴェインの瞳が揺れ、言葉を失う。

 セレスティアも唇を固く結んだ。

 気まずい沈黙の中、鈍色の髪をした少年が所在なげに一歩前に出た。


「……ねぇ。その時代って、極楽鳥の羽毛布団……とかは、あったのかな?もしかして何処かに保管されたり」


 すると、完全に空気が凍りついた。

 翡翠色の瞳がノアを捉える。


「ノア、あんた……今そこでその質問?」

「だって、魔王が持ってたって書いてあるから。もしあるなら、構造が気になって」


 真剣な眼差しで問う少年に、セレスティアは息を整えた。

 突き放すように告げる。


「……それは伽話ですわ。現実に存在するはずがありません」

「そっか……」


 少年は残念そうに、自ら編んだ藁の端を指先で弄んだ。


「あるかもしれないじゃない。誰も見たことがないだけで。……それから、あんたたちの本当の目的は何?」


 肩越しに振り返る少女の視線が、刃のように彼らの懐をえぐる。


「護衛の依頼よね。なんでわざわざカルンへ行くの? 理由、あるんでしょ」

「……南部の安定のためだ。物流の拠点として、カルンは適している」


 淀みない回答を、少女は鼻で笑った。


「で、あんたたちはそこで具体的に何をするの?」

「……状況を見て、判断する」


 フィオナが困ったように微笑む。

 だが、その瞳は不安に揺れている。


「何も決まってないってことじゃない?」


 確信を突かれ、誰も否定しなかった。

 その時、ノアがふと顔を上げる。

 空気を指先でなぞった。


「……あ。カルンって、低ランクの冒険者が多いからかな。初心に戻るには、ちょうどいい場所」


 ポンと拳が手のひらを叩く。


「あ、そか。セレナさんの推薦、一からやり直せってことじゃん!」

「な、我々が一から……だと」


 少女はゆっくりと息を吐き、呆れたように肩をすくめた。


 ――ヒュン。


 その時。

 死角から鋭い音が空気を引き裂く。

 少女の視線が跳ねるより速く。


 キン、と。


 甲高い金属音が響き、一本の矢が地面に転がった。

 鈍色の髪の少年が短刀を静かに下ろす。

 道具がその手に吸い付くように馴染んでいた。


「ノア!」

「……いた。右、三」


 少年の視線が敵を捉えたのと同時に、えんじ色のポニーテールが風に舞った。


「オッケー!」


 爆発的な踏み込み。

 数瞬の後、少女が戻ってくる。


「三匹。ゴブリンアーチャーよ。……今の、前にやったのと同じ!」


 すると、アルヴェインの視線が、怪物を射抜くように鋭くなる。


「あ……れ。君は侍従か何かでは」

「なにそれ、今さら驚いてるの? この子、あたしのこと普通に助けてるから。あのアルファとやり合ってた連中の攻撃だって、当たり前に弾いてたし。アルファの攻撃からあたしを守ってくれたことも」


 少女は身を乗り出し、残酷な事実を突きつける。


 沈黙が一行を包む。

 ノアはただ、「ユズハが危なかったから」とだけ呟き、再び藁束の紐を締め直した。


「アルファ?」

「あの英雄と名高い……」


 森を抜けると、見慣れたカルンの街が広がった。

 一行はそのまま、ギルドの扉を叩く。


「いらっしゃいませ。お久しぶりですね、ノア君、ユズハさん」


 灰がかった黒髪の受付嬢、ミリアが落ち着いた声で迎えた。

 彼女の視線が、後ろに控える「白鷺の紋章」へ移る。

 深い理解の色が宿った。


「預けるわね、この人たち。……ま、頑張りなよ」

「う……」

「私たちは」


 少女はあっさりと背を向け、ノアと共にギルドを後にする。

 扉が閉まる音を聞きながら、ミリアは小さく息を吐いた。


「相変わらずね、ノア……」


 二人の背中を見送り、傍らに立つ「英雄の系譜」を一瞥した。


「白鷺の紋章の皆さま。話は聞いています」


 カルンの受付嬢は一礼をした。


 いくつかの手続きをした後、小さく溜め息を吐いた。


「パートナーのあの子。……大丈夫かしら」

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