第15話 白は崩れない
ギルドを出た瞬間、空気が軽くなる。
人の声。足音。日常のざわめき。
確かにそこにある。だのに、妙に遠く感じられた。
さっきまでいた部屋の静けさが、まだ耳の奥に残っている。
「……ねぇ」
歩きながら、ユズハが言う。
「今の話、ちゃんと聞いた?」
「聞いた」
ノアは答える。
「聞いた、じゃなくてさ」
ユズハが顔をしかめた。
「理解、できた?」
ノアは少しだけ視線を落とした。
頭の中で言葉を並べ直している。
「……一応」
「一応なんだ」
ユズハがため息を吐く。
「いや、さぁ」
空を見上げる。
雲一つない良い天気。
空色だけ見れば、妙に穏やかだった。
「意味わかんなくない?」
「どのあたり?」
「全部」
ユズハも即答だった。
「責任は白鷺。
でも本人たち関係ない。
でも処刑されるかも。
で、あたしたち護衛」
指を折りながら数える。
数えれば数えるほど、整理されるどころか余計に意味が分からなくなる。
「なにそれって感じ」
「複雑だね」
「複雑ってレベルじゃないって」
ユズハが軽く笑う。
「あたし達にとって、理不尽ゲーすぎでしょ」
ノアは少しだけ視線を落とす。
「……でも」
「ん?」
「やることはシンプルだよ」
一歩、進む。
ルガイア王国の中心で前を向く。
「四人をカルンまで送る」
「……まぁね」
ユズハが肩をすくめた。
「それはそう」
少しだけ沈黙が落ちる。
人通りが減る。
遥か向こうで石畳が途切れる。
その先で土の道に変わる。
街の輪郭が、パッチワークはそこで終わる。
「でもさ」
ユズハが前を見たまま言う。
「なんであたしたち?」
「関わっちゃったから」
「それだけ?」
「セレナさんの推薦だから」
「それも意味わかんない」
「あと、貴族と関わり薄いから」
笑う。
だが乾いている。
「そんな理由ある?」
「あると思う」
「雑じゃない?」
「雑だね」
ユズハが吹き出す。
「認めるんだ」
「事実だし。それにセレナさんも困ってたし」
「それは確かに」
少しだけ、空気が緩む。
だが、それも長くは続かない。
「……でもさ」
ユズハの声が少し落ちる。
「あれ、冗談じゃないよね」
ノアは答えない。
だが、分かっている。
四人の首。
マルシェリアの道端。
「……うん」
短く。
「冗談じゃない。本当にそうなる」
風が通る。
道端の草が小さく揺れる。
「……はぁ」
ユズハが息を吐く。
「だる」
だが、その声は軽い。
「ま、いっか」
前を見る。
「守ればいいんでしょ」
「そうだね」
「死なせなきゃいい」
「それでいい」
「シンプルじゃん」
ノアは、わずかに頷く。
街道をそのまま進む。
人の流れはまだまだある。
荷車の音。
行き交う声。
その中で。
ユズハの足が、止まる。
「……うわ」
声が引く。
ノアも視線を上げる。
そして、止まる。
道の中央。
人の流れが、そこだけ不自然に割れている。
避けている。
誰も近づかない。
その中心に――
白が四つもあった。
四人。
だが、それはただの白ではない。
光を纏っていた。
陽を受けて、装備がはっきりと輝く。
磨き上げられた金属は、石畳の上で鋭く光を返し、周囲の景色から浮き上がる。
縁には細やかな装飾。
刻まれた意匠。
実用ではなく、“見せるため”に作られた重みがある。
そして宝石。
胸当てや肩当てに埋め込まれたそれは、単なる飾りではない。
熱を宿したように輝くルビー。
気品を湛えた深い蒼のサファイア。
神秘の光を閉じ込めたエメラルド。
どれもが光を反射するのではなく、内側から滲むように輝いている。
価値が重い。
その価値ごと、街の真ん中に立っている。
堂々と。
隠れる気は、ない。
むしろ――見せている。
人々は視線を逸らす。
だが、完全には無視できない。
横目で確認し、足早に離れていく。
白鷺の紋章。
「……いや、ちょっと待って」
ユズハが額を押さえる。
「なんで真ん中いんの?」
アルヴェインが手を上げる。
「来たか」
「来たか、じゃないって」
ユズハの声が低くなる。
「逃げてる側だよね?」
◇
アルヴェインは頷く。
「逃げるではない。退く、だ」
「だったら隠れろって話なんだけど」
ユズハが一歩踏み込む。
距離を詰める。
「いやでも、ここが真ん中――」
「はい却下」
即答。
ユズハには利かない。
「ここ人通りあるからね?」
周囲を指で示す。
視線が一斉に逸らされる。
「見られてるってことは?」
「……目立っている」
「そう」
「で、目立ってるってことは?」
「……目立つことが仕事」
「そう……じゃないでしょ。はい、移動」
腕を掴む。
ぐい、と引く。
「え?」
「ちょっ――」
ノアがちょっと引くくらい、問答無用だった。
ユズハは流れを強引に変える。
あの色とりどりの紋章が掲げられる旗の下。
そこをどうすり抜けるか考えていたノア。
でも、ユズハは違う。
「いいから来いって」
振り返らない。
「ここ立ってる方がヤバいの」
そのまま、街道を外れる。
脇道へ、石畳がまばら。そして土の道へ。
さらに奥。緑が濃くなる。
森の入口を越えた瞬間、光が減る。
音が落ち、空気が変わる。
「はい、ここ」
ユズハがようやく足を止める。
そこで振り返る。
「……マジで疲れるんだけど」
白鷺の紋章の四人は、軽く息を乱していた。
だが、その優雅な姿勢は崩れていない。
そのまま。
セレスティアが、わずかに眉をひそめる。
「……森は、あまり好みませんわ」
空気が止まる。
「裾が汚れてしまいますし」
ユズハの翡翠の瞳が半分、睫毛に隠れる。
「……は?」
だが、セレスティアは真顔だ。
「この地形は不衛生で――」
「ちょっと待って」
手を上げる。
「今それ言う?」
「事実ですわ」
「事実とかそういう話じゃないから」
一歩、近づく。
気配、気品を省けば、器量はユズハも負けてない。
「いい?ここの森はカルンに繋がってる!」
足で地面を叩く。
「汚れるとか言ってる場合じゃないの」
セレスティアは少しだけ考える。
「……では、別の経路を」
「ない」
即答だ。
「ここ通るしかないの」
ユズハがため息を吐く。
「っていうかさ」
僅かに緑光を宿す瞳。
「死ぬのと汚れるの、どっちがマシ?」
セレスティアが静かに目を伏せる。
「……後者ですわね」
「でしょ」
「理解しました。汚れぬように」
裾を軽く持ち上げる。
「配慮は最低限に留めます」
「最初からそうして」
ユズハが前を向く。
小さく吐き捨てる。
「マジで大丈夫かな、これ」




