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第14話 冒険者の義務

 今回も、別室に通された。

 前回と同じ部屋。


 外の喧騒は、扉一枚で遮られている。

 音だけでなく、温度まで切り離されたような静けさが残っていた。


 ノアとユズハは、向かい合う形で座る。

 木の椅子がわずかに軋む。


 少し遅れて、セレナ・ルクレールが入室した。


 扉が閉じる。

 音が消える。


 椅子を引き、書類を机に置く。


 無駄がない。


「任務は失敗です。報酬は支払われます」


 抑揚のない声。

 だが、言葉だけが妙に重い。


「………え?」


 ノアの口から、間の抜けた声が漏れる。

 ユズハも、すぐには反応できない。

 視線だけが、わずかに揺れる。


「……失敗?」

「はい」


 セレナは淡々と頷く。


「白鷺の紋章は排除されていません」

「拠点は現在、諸侯連合が占拠しています」


 短い。

 だが、それで十分だった。

 ユズハの視線が落ちる。

 指先が、膝の上でわずかに動く。

 戦闘の感触はあった。


 だが、それは結果ではない。


「……じゃあ、なんで報酬が」


 ノアが言葉を絞り出す。

 セレナは書類の端を揃える。

 指先で軽く叩き、整える。


「ノア君。ユズハさん。サロンでの出来事は覚えていますか?」


 二人は頷く。

 仮面をつけた人間たち。


 笑い声。

 軽い空気。


 その中に、確かに居た。


 白鷺の紋章。


 ノアは、あの違和感を思い出す。


「……いました」


 はっきりと言う。

 セレナは頷いた。


「最近、一部の貴族の間で流行している遊びがあります」


 書類を一枚めくる。

 紙の擦れる音だけが響く。


「任務を受け、実働を外部に委託し、自らは関与しない。結果のみを受け取り、評価を得る」


 声は変わらない。


「それが、いわゆる“仮面冒険者”です」


 ユズハがわずかに顔を上げる。

 眉が寄る。


 理解はしている。

 だが、納得はしていない。


 ノアは一度、視線を横に流す。

 記憶と今の言葉が噛み合わない。


「……え?何のために?」

「冒険者というステータスのためです」


 即答だった。


「実態ではなく、肩書きだけを得るための行為です」


 ノアの表情が固まる。

 サロンの光景が重なる。

 軽い会話。緊張のない空気。


 あれが、任務中の姿だった。


 ユズハが首を傾げる。


「……肩書って、お貴族様なのに?」


 セレナはわずかに視線を落とす。

 ほんの一瞬だけ。


「その説明をするには、国の成り立ちから話さねばなりませんが、お聞きになります?」


 二人はほぼ同時に首を横に振る。

 椅子がかすかに鳴る。

 今はそこではない。


「ですので、貴族とはそういうもの、と思ってください」


 セレナは淡々と締めた。

 ノアは小さく息を吐く。

 胸の奥に、重さが残る。


「……でも、任務は失敗」

「はい」


 間を挟まず返される。


「政府の対応が遅れたことで、封建時代に戻ったかのように、領主権を主張する貴族が複数現れました」


 ノアの表情が止まる。

 言葉を追いきれない。

 ユズハがゆっくり顔を上げる。

 視線が、まっすぐにセレナへ向く。


「……それって」


 唇がわずかに動く。


「パパが言ってた。……勝手に、土地を取ってるってこと?」

「はい」


 即答だった。


「拠点を含む周辺領域は、既に“管理権”を巡る争いの状態にあります」


 ノアが思わず前のめりになる。

 椅子の脚が床を擦る。


「えと、ちょっと待ってください」


 声が強くなる。


「それって……もう任務とかじゃないですよね?」


 ユズハも続く。

 視線は逸らさない。


「……だよね。それって戦争じゃない?」


 セレナは否定しない。

 わずかに息を整え、言葉を選ぶ。


「規模は限定的ですが、性質としては近いものです」


 静かに告げる。

 ノアは息を詰める。

 ユズハの指先が、ぎゅっと握られる。


 ここは、踏み込んではいけない領域だと、理解した。


 だが


「……それと、自分たち」


 ノアが言葉を絞る。

 ユズハも


「あたしたち、関係ありますか」


 セレナは視線を逸らさない。


「ありません」


 断言だった。

 ノアの動きが止まる。

 ユズハも、わずかに目を細める。


 予想と違うから空気が一瞬、緩む。


「そもそも、責任は白鷺の紋章です」


 静かに続けられる。

 肩の力がわずかに抜ける。


 だが、しかし


「この国は、冒険者を尊びます」


 セレナの声が、変わらず落ちる。


「同時に、依頼主を尊重します」


 書類の上に指を置く。


「依頼は契約です」


 一枚、差し出される。


「受けた以上、遂行が前提となります。結果に責任が発生します」


 ノアの表情が変わる。

 さっき引かれたはずの線が、消える。


 ユズハが静かに目を伏せる。

 書類に書かれた名指しに、逃げられない。


 セレナは書類を整え、顔を上げた。


「お二人に追加ミッションが提示されています」


 ノアが顔を上げる。


「……追加?」


 言葉が、少し遅れる。

 思わず前に出る。


「なんで、あたしたちなんですか」


 ユズハも続く。


「……どういう基準で?」


 セレナは一切迷わない。


「護衛ミッションです」


 ノアの思考が、ほんのわずか遅れる。


「護衛って……誰を?」

「もしかして僕たちの任務の失敗でマリー様が」

「いえ」


 そこは即座に否定される。


 そして——


「依頼主は白鷺の紋章です」


 空気が止まる。

 ノアの呼吸、ユズハの息が一瞬遅れる。


「は?」


 声が漏れる。


「さっき白鷺の紋章が原因って」


 言葉が途中で止まる。

 ユズハの視線が細くなる。

 セレナは淡々と続ける。


「ですので、お二人を指名されているのです」


 ノアが固まる。


「お二人がアイアンループの一味と戦ったという証言は、アルファより頂いております」

「アルファって」


 思わず漏れる。


「そしてもう一つ。お二人は、私の見立てでは貴族との関りが薄い」


 視線がまっすぐに向く。


「ということで、適切な護衛として、私が推薦しておきました」


 理解はできる。

 だが、納得が追いつかない。


「……つまり」


 ユズハが静かに言う。


「原因の護衛を、関係ない人間にやらせるってこと?」

「はい」


 即答だった。


「……断ったら?」


 ぽつりと呟く。

 セレナは一切迷わない。


「白鷺の紋章の四人の首が、マルシェリアの道端に並ぶことになりますが」


 ただ、事実だけが置かれた。


 ノアの呼吸が止まる。


 ユズハの指が、強く握られる。


 想像してしまう。


 転がる首。

 血の色。


 部屋の静けさが、重くなる。


 その中で。


 セレナの口元が、わずかに緩む。


 ほんの少しだけ。


 悪戯のように。


「因みに成功報酬は四人の全財産です」


 書類の端を指で押さえる。


「相当ですよ?」


 ノアは顔を伏せた。

 だが、ユズハは顔を上げた。


「ノア。やってみない?」

「え?えっと」

「内容は分かんないけど」

「……内容、聞きます」


 セレナは小さく頷いた。

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