表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
80/143

第10話 白鷺の砦潜入作戦⑥

 吟遊詩人が、舞台の幕が上がるのを待っていたかのように、ゆっくりと一歩前へ出た。

 その足運びには一切の迷いがなく、呼吸さえも制御し尽くされた無駄のないものだ。

 羽飾りのついたハットの下で、紫色の長い髪が夜風を捉えてふわりと流れる。

 戦場の只中であるにも関わらず、エリオットが纏う気配だけはどこか現実から半歩だけ外れた、芝居がかった異質さに整っていた。


 軽く腰を折り、恭しく一礼する所作は洗練の極致にある。

 丁寧に整えられているはずの髪は、あえて崩したような計算された自然さを保ち、肩から滑り落ちる一房までもが空気を掬い上げるように靡く。

 風はない。それでも揺れる。

 まるで、これから鳴らされる旋律に、世界が先回りして応じているかのようだった。


 ゆっくりと顔を上げたその唇に、柔らかな笑みが浮かぶ。


「先に始めないでよ」


 軽い声音。場の張り詰めた緊張を、絹糸で撫でるように入り込む。

 淡い金の髪をしたリーダーは、視線だけをその同胞に向けた。


「過去の因縁だ。お前には関係ない」


 レオンは短く言い切り、再び焦点を鈍色の髪の少年へと戻す。

 紫髪の男は肩をすくめ、舞台役者のように小さく笑った。


「いやいや。僕がいてアルファは完成でしょ?」


 自然な動作でリュートを構える。

 細い指先が弦に触れた瞬間、夜の静寂を塗り替える音が生まれた。


 たった一音。

 それだけで、場の質が劇的に変わる。

 張り詰めていた緊張は柔らかくほどけるが、それは決して“緩み”ではない。

 逃げ場のない魔力の網が、静かに、そして全方位へと広がっていく。


 空間を侵食するように音が満ちていく。

 柔らかく、だが確実に。心拍に絡みつき、意識を支配する。


「眠りっていいよね。身も心も安らぐ」


 もう一音。

 重厚な体躯を持つ前衛の肩から、余計な力が抜ける。

 黒髪の魔導師の魔力は澄み渡り、無駄な揺らぎが削ぎ落とされる。

 聖女の如き微笑を湛えた支援役の視線は落ち着く。


 パーティ全体の呼吸が完璧に揃っていく。


「夢なんて、素晴らしいモノも見れる」


 音が、さらに深く、重力を持つように沈む。

 翡翠の瞳を持つ少女の足取りが、目に見えて鈍った。

 瞼が重くなり、鋭かった思考の回転がわずかに遅れる。


「でも、生物的にもっとも無防備。それに……眠りだけが、癒し?」


 一拍の間。音が身体の自由を奪うように絡みつく。

 エリオットが微笑むと、弦が激しく震えた。


「そうじゃないよね」


 音が変わる。

 今度は、欠けたパーツを埋めるように満たしていく。

 金の髪のリーダーの動きは研ぎ澄まされ、ガレスの踏み込みは岩をも砕く鋭さへと変質した。

 リリアの詠唱は極限まで短縮され、エマの支援が全ての動きの隙間を埋める。

 全てが噛み合う。これが彼らの掲げる完成された戦闘、最適解の暴力だ。


 その完璧な調律の中で、屈強な戦士が口を開く。


「勘違いしてんじゃねぇぞ。俺たちは“強いから勝ってる”んじゃねぇ。勝つためにやってるだけだ。無駄は入れねぇ」

「パーティは役割で構成される。戦闘に寄与しない要素は排除。それだけの話よ」


 黒髪の女性に続き、慈愛に満ちた表情のままエマが柔らかく笑う。


「ね? ノアくんのためでもあったの。危険な場所から外すのが、一番いいから」

「実際、生きてるだろ。結果は出ている。それが正解」


 不完全な二人に対し、アルファという一つの巨大な個が立ちはだかる。

 レオンが一歩、死神のような足取りで前に出た。


「サポーターに留まればいいものを。でしゃばるな」


 一拍。踏み込む。

 獣のような咆哮と共に前衛が動き、魔力が走り、支援が重なる。

 蹂躙が始まる。

 ユズハは音が絡みつく泥濘に足を取られ、思うように動けない。

 それでも、肺の底から声を絞り上げる。


「ノアには夢があるんだよ!」


 英雄の刃が、その叫びを切り捨てる。


「極楽鳥の羽毛布団か。……くだらない」


 最短距離で剣が振られる。

 絶体絶命。その瞬間。


 光が走った。

 不快な音と共に、支配を司っていたリュートの弦が断ち切られる。

 支配が揺らぐ。支配者の表情が、初めてわずかに歪んだ。


 ほんの僅か。だが、それで十分だった。

 少女の足が動きを取り戻す。背後にいたノアを抱え、一気に後方へと距離を取った。

 肺に酸素が戻る。その直後。


 闇の奥から、三つの異質な影が現れた。


 最初に見えたのは、柔らかく流れる金の髪。

 細められた糸のような目をした優男、シャルルが気だるげな笑みを浮かべてそこにいた。

 隣には、波打つように広がる豪奢な髪を揺らし、厚めの化粧で美しさを作り込んだヴァネッサ。

 そして最後。黒髪をオールバックに撫でつけた巨体の男、バルカスが無言のまま一歩前に出る。

 その顔は険しく、立っているだけで周囲を威圧した。


 アイアンループ。

 足音が揃う。登場するだけで場の空気が塗り替えられる。


「っ! お前らは――アイアンループの」


 リーダーの声が低く響き、アルファの四人の視線が新たな侵入者へと向けられた。


「あぁ、そうそう。ノア、それから……誰だっけ?」

「ユズハでしょう?」

「そう、ユズハ。ここはボクたちが引き受ける」

「……勘違いすんな。助ける、とかじゃねぇ。そっちは……お前らの領分だ」


 強面の男がわずかに視線を逸らし、再び前方へと戻す。

 オールバックの髪を揺らし、重厚な声を響かせた。


「……ボクらがやると、面倒になる。ルール違反になる、ってこと」

「この先に居るのは――シルバーチェイン。アタシらは、そっちには手が出せないからねぇ」


 金の髪の男が不敵に笑う。

 ヴァネッサが指で示す。

 バルカスが、静かに少年を見つめた。


「……だから。死ぬなよ。……ま、あいつは死なねぇか」


 その直後。

 レオンが地を蹴った。

 剣が唸り、リリアの魔力が四散する。


「アイアンループのごろつきが。邪魔をするな」

「邪魔なんてしないって。ちょっと手を出すだけ」


 衝突。火花。

 ヴァネッサが魔法を弾き飛ばし、バルカスが放たれた刃を鉄壁の守りで止める。

 押し返さない。だが確実に、英雄たちの足を止める。

 時間を稼ぐための拮抗。


 金の髪の男が、肩越しに振り返る。


「ボクたちじゃもって数分。ノア、ユズハ」


 二人の頭上を通り過ぎようとした魔法を、即座に叩き落とす。

 そして、静かに、だが力強く言った。


「走れ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ