表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
74/137

第4話 裏ミッション

 扉を抜けた瞬間、音が押し寄せた。

 朝はもっと静かだった。

 漸く人が集まったらしい。


 笑い声。

 呼び声。

 靴音。

 紙の擦れる音。


 それらが混ざり合い、渦のように広がっている。


 ギルドは、いつも通り賑わっていた。


 だが。


 ユズハは、足を止める。


「……なんかさ」


 小さく呟く。


「さっきと同じじゃない?」


 視線が、ゆっくりと動く。


 掲示板の前。

 依頼札を指差し、何かを話している冒険者たち。


 テーブル席。

 紙のカップを片手に、声を張り上げる連中。


 受付前。

 列を作り、順番を待つ人影。


 どれも見慣れた光景だ。


 だが。


「……軽くない?」


 ユズハの声が落ちる。


 ノアは答えない。

 ただ、視線だけを流す。


 音はある。

 動きもある。


 だが、それだけだ。


 噛み合っていない。


 言葉が、意味を持っていない。

 笑いが、どこにも届いていない。


 その場で、途切れている。


 繋がらない。


 ただ、流れている。


 ユズハが眉をひそめる。


「さっきのサロンの方が、まだ中身あったんだけど」


 苦笑する。


「逆じゃない?」


 セレナは何も言わない。

 そのまま歩く。


 人の流れを、自然に抜ける。


 ぶつからない。

 視線を向けられない。


 ただ、そこに“いないもの”のように進む。


 ユズハとノアも、その後ろにつく。


 三人は、喧騒の中に紛れる。


 だが。


 紛れていない。


 切り離されている。


 ノアの背の藁束。

 その存在だけが、わずかに目を引く。


 だが。


「……あ」


 誰かが一瞬、視線を向ける。


 それだけだ。


 次の瞬間には、別の話に移っている。


 興味が続かない。

 意識が留まらない。


 ユズハが、小さく笑う。


「ねぇ、これさ」

「ほんとに誰も見てないんだけど」


「見てるけど、見てない」


 ノアが短く言う。


「え、なにそれ」


「認識してない」


 わずかに間を置く。


「必要がないから」


 ユズハが、少しだけ黙る。


 それから肩をすくめる。


「……便利じゃん、それ」


 セレナは歩みを止めない。

 視線も動かさない。


 ただ一度だけ、周囲を確認する。


 誰も見ていない。

 誰も気にしていない。


 その確認が済むと、進路を変える。


 表の動線から外れる。


 喧騒が、少しだけ遠ざかる。


 それでも音は消えない。

 むしろ、残響のように残る。


 扉の前で止まる。


 開く。


 中へ。


 閉じる。


 音が一段、落ちる。


 ユズハが、深く息を吐く。


「……やっと落ち着く」


 肩を回す。


「なんかさ、さっきからずっと変な感じなんだけど」


 部屋を見回す。


 机と椅子。

 整えられた空間。


 それだけ。


「ここ、普通にいいじゃん」


 小さく笑う。


「むしろ外の方がうるさすぎ」


 セレナは席に着く。

 二人にも座るように促す。


 ユズハは素直に腰を下ろす。


 ノアは椅子に手を置く。

 高さを確かめる。


 それから座る。


 わずかな動作。

 無駄がない。


 セレナは封筒を取り出す。


 白い封を切る。


 慣れた手つきで、中の書面を広げる。


「依頼内容です」


 その一言で、空気が締まる。


 ユズハが身を乗り出す。


「はいはい、来た来た」


 軽い調子。

 だが、目は真面目だ。


「馬車道に設置された仮拠点の摘発」


「仮拠点?」


「ギルド未登録の冒険者が使用しています」


 一拍。


「正確には、未登録のまま集団を形成し、拠点化しています」


「補給路を確保し、外部と接触せずに活動」


「ギルドの監査を避けています」


 ユズハが顔をしかめる。


「……完全にアウトじゃん」


「はい」


 短く肯定。


「本来、この案件は白鷺の紋章が担当しています」


 一瞬。


 空気が止まる。


「……は?」


 ユズハの声が落ちる。


「さっき、いたじゃん」


 思わず言葉が漏れる。


 ノアは動かない。


 セレナも、揺れない。


「はい」


 それだけ。


 説明はない。


 だが。


 それで、十分だった。


 ユズハが腕を組む。


「いや、これ普通にガチ案件じゃん」


「てかさ、これ誰に回すの?」


「回しません」


「……え?」


「この任務は、目立ってはいけません」


 空気が、少しだけ変わる。


「お二人がCランクである理由は、そこにあります」


 ユズハの表情が止まる。


 笑いが消える。


「……は?」


 ゆっくりと視線が落ちる。


「……あー……そっち?」


 小さく息を吐く。


「うちらさ、あの時めっちゃ不服だったんだけど」


「なんであいつらBで、うちらCなん?って」


 わずかに間。


「……逆だったわけ?」


 セレナは静かに頷く。


 ユズハが天井を見る。


「……うわ、マジか」


「……ちょい待って」


「それってさ、今回だけじゃなくない?」


 間を置く。


「……あの遺跡のやつもさ」


「お婆ちゃんの推薦だったんだっけ」


 セレナは何も言わない。


 否定しない。


 それだけで、十分だった。


 ユズハが、ふと動きを止める。


 視線が止まる。


 呼吸が、わずかに浅くなる。


「……ねぇ」


 低く落ちる声。


「パパってさ」


 まだ冒険者になりたての頃。


「裏技使えって言ったあと」


 その時の記憶を探す。


「結果見てさ」


 喉が、わずかに鳴る。


「……あれ、なんて言ってたっけ」


 辿る。


 そして、止まる。


 息を呑む。


「……見られる側に回った、って」


 静かに落ちる。


「良い意味か悪い意味かは分からんけど、って」


 空気が、わずかに重くなる。


 ユズハの肩が、固まる。


「……じゃあさ」


 声が少しだけ掠れる。


「あたしたちの動きって」


 言い切らない。


 だが。


 もう分かっている。


 見られていた。


 最初から。


 ユズハが、小さく息を吐く。


「……パパの言った通りじゃん」


 笑う。


 だが、軽くない。


「これいい意味だよね。嫌いじゃないんだけど、こういうの」


「凄い人に完全に使われてんじゃん、うちら」


 セレナは静かに言う。


「必要な」


 軽く止まる。


「必然の配置です」


 書面を指で軽く押さえる。


「では、作戦を説明します」


 わずかに間。


「冒険者として、そのまま潜入してください」


 ユズハが眉をひそめる。


「そのまま?」


「今回の炭鉱案件は、元々ギルドが受けたものです」


 個室。極秘。だが——


「内容は魔物討伐です」


 ユズハは首を傾げる。


「これは通常の冒険者業務です」

「うん、それは分かる」


「近隣住民からも依頼が入っています」

「当然じゃん」

「そちらの件で援軍に来た、と言えばよいです」


 セレナは淡々と。

 ノアは黙々と。

 ユズハは手を叩いた。


「……あー、なるほど!」


「手伝いに来ましたって顔しとけばいいってことじゃん」


「はい」


 間を置く。


「その上で」


「不認可冒険者の摘発を行います」


「……凄い。裏の顔って!」


 するとセレナが軽く微笑んだ。


「はい。表は魔物討伐。元々、魔物討伐ですし」


 ユズハが小さく頷く。


「なるほどね」


 ノアも口を開く。


「上のランクだと逆に浮くけど、僕たちなら自然。上のランカーはそもそも研修中だし」


「はい。接触し、内部構造を確認」


 一拍。


「その上で捕縛に移行します」


 ノアは書面を見たまま停止した。


 視線が細かく行き来する。


「……規模は?」


「一か月以上はこの状態です」


 書面の状況を反芻する。

 その上で理解。


「人数。期間。補給経路。仮拠点って言っても、時間経ってるなら固定化してる可能性ある」


「そうです」


「柵、見張り、交代周期——夜間の警戒度」


 わずかに間。


「捕縛前提なら、逃走経路も潰す必要がある」


 ユズハが笑う。


「ちょ、もう始まってんじゃん」


 ノアは続ける。


「……でも、足りない」


 わずかに間。


「だから、揃えないと」


 短く。


「藁束を五倍に」


 静かに言う。


「極上の藁、五倍も……」


 ユズハが固まる。


「……は?」


 一瞬遅れて、声が出る。


「五倍?!」


「ってか、考えてたの藁束だったの?!」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ