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第3話 仮面の内側

 ノアは、静かに周囲を見ていた。

 視線が流れる。

 布の質感。

 座り方。

 力の抜き方。

 ひとつひとつは小さい。

 だが、積み重なれば、形になる。


「白鷺の紋章の方々です」


 短く、断言。


「それって――」


 ユズハが言いかける。

 その瞬間。


 セレナの手が、口を塞いだ。


 音はない。

 ただ、止めるという意思だけがあった。


 ユズハは目を瞬かせる。

 すぐに、小さく頷く。


 手が離れる。


「フットスローに使いたい生地。

 それから……姿勢」


 ノアは淡々と続ける。


 セレナは、わずかに頷いた。


「ノア君。

 間違いないと、言い切れますか」


「はい」


 迷いはない。


 セレナはカップを置く。

 音は、ほとんどしない。


「今、白鷺の紋章は何処にいますか?」


「炭鉱です。

 バルトさんが困っていると」


「あ、そか。

 だからあたしたち、森に行ったんだし」


 ユズハが頷く。


 話は、繋がっている。


 ――そのはずだった。


 セレナの視線が、わずかに動く。

 店内へ。


 ユズハも、つられて視線を向ける。


 談笑。

 紅茶の香り。

 軽い笑い声。


 意味のない言葉が、整って流れている。


 その中に。


 いる。


「……あれ?」


 小さく漏れる。


「ええ。

 目の前にいます」


 言葉は静かだった。


 それだけで、十分だった。


「それが、おかしい」


 短い。

 だが、逃げ場がない。


 ユズハの思考が止まる。


 炭鉱にいるはずの存在。

 それが、ここにいる。


 では。


 炭鉱にいるものは、何か。


 答えは、浮かぶ。

 口に出さなくても。


 ノアは、変わらず見ている。


 その中で。


 重なる。


「……白鷺の紋章」


 誰かが、呟いた。


 その声すら、場に溶ける。

 違和感にならない。


 四人の在り方が、あまりにも整っている。


 先頭の青年が、わずかに顎を上げる。


 アルヴェイン・ベルシュタイン。


 視線は柔らかい。

 だが、揺れない。


 その隣。


 白銀の鎧の騎士が、一歩遅れて並ぶ。


 グラディウス・ヴァルケンリート。


 立っているだけで、空気の芯が通る。

 言葉がなくとも、圧になる。


 さらに後ろ。


 銀の髪が、わずかに揺れる。


 セレスティア・ルーヴェンハイト。


 視線は冷静に場を測る。

 配置を読み取る。


 最後に。


 柔らかな微笑みを浮かべた女が、空気を整えるように歩く。


 フィオナ・エーデルクラウス。


 あの時見た、完成された四人。


 それが、今、目の前にいる。


 だが。


 噛み合わない。


 何かが、ずれている。


 セレナの声が、静かに入る。


「お二人とも、覚えていますね」


「ヘキサボアの……あの、おばあさん」


 ユズハはすぐに頷く。


「依頼書のない依頼でした」


 ノアも続ける。


「ええ。

 古いやり方です」


 空気が、少しだけ重くなる。


「そして、古代遺跡の件」


「……あ」


 繋がる。


「推薦人です」


 断言。


 沈黙。


「マリー・ド・オルレアン。

 伯爵夫人。

 百を越える生き字引。

 かつての王家の縁者」


 言葉だけが、沈む。


「……選ばれていた、ってこと?」


 ユズハが低く言う。


「ええ」


 短い肯定。


 サロンの中では、変わらず会話が流れている。


 天気。

 紅茶。

 ワイン。


 整った言葉。

 意味のない会話。


 だが、その裏で。


 選ばれている。


 置かれている。


 見られている。


 セレナは、静かに言う。


「あの方は、今のギルドの在り方を嘆いておいでです」


 わずかに間を置く。


 胸元に手を入れる。


 白い封筒が取り出される。


 装飾はない。

 だが、質が違う。


 それを、テーブルに置く。


「マリー様より、お二人へ仕事の依頼です」


「ここで依頼?!」


 ユズハが思わず声を上げる。

 すぐに口を押さえる。


 セレナは首を横に振る。


「依頼は、ギルドで行います」


 そのまま立ち上がる。


 迷いがない。


 三人はサロンの中を進む。


 誰も見ない。

 視線が合わない。


 反応がない。


 談笑は続く。


 何も変わらない。


 まるで。


 最初から、三人など存在していなかったかのように。


 ユズハが、小さく呟く。


「ねー、そんなことしたらバレるんじゃ」


 歩みは止まらない。


「バレても構いません。

 理由は……そういうものだと思ってください」


 振り返らずに返る声。


 それは説明になっていない。


 だが、否定もできない。


 扉に手をかける。


 開く。


 外の空気が、流れ込む。


 一歩、外へ出る。


 音が戻る。

 匂いが変わる。


 背後で、扉が閉まる。


 光が、強い。

 目に刺さる。


 空気が、軽い。

 胸に広がる。


 新しい空気が、肺に流れ込む。


 わずかに、呼吸が深くなる。


 三人は、そのままギルドへ向かった。

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