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第16話 奇妙な依頼③

 あれから一ヶ月。


 商人ギルドの裏手。

 木箱の積み替え作業が一段落し、騒がしかった男たちの声が遠のいていた。

 その静寂を縫うようにして、ディルクが奥の工房から姿を現す。

 両腕には、仕上がったばかりの武器がいくつか抱えられていた。

 どれもまだ、研ぎ澄まされた金属特有の冷たい光を放っている。


「おい、ユズハ姉」


 不器用な、だが確かな意思を感じさせる声。

 帳面と格闘していたユズハが顔を上げた。

 翡翠の瞳が、少しばかり疲れた様子で弟分を捉える。


「ん? 何かあったの?」

「ちょっと来い。見せたいもんがある」

「なに、急に」

「いいから、こっちだ」


 ディルクは半ば強引に彼女の手を引き、作業の邪魔にならない空きスペースへと連れて行く。

 そこは周囲の動線から外れた、静かな一角だった。

 彼は抱えていた獲物を、無造作かつ丁寧な所作で床に並べた。

 短剣、片手剣、そして一本の細身の槍。

 どれもが彼が心血を注いで打ち出した試作の数々だ。


「どれもこれも、いい出来だろ。俺の腕も捨てたもんじゃねぇだろ」


 腕を組み、ディルクはどこか誇らしげに鼻を鳴らした。

 口調こそぶっきらぼうだが、その表情には職人としての矜持が滲んでいる。

 ユズハは床に並んだ武器を見つめ、少しだけ眉を寄せた。


「……なんか、前より増えてない?」

「試作だからだよ。ユズハ姉に合うのを作るための叩き台だ」

「試作、多くない? あんた寝てないでしょ」

「寝てるよ。誰かさんのお陰でバッチリな。で、その度に閃くだよ。で、寝れて絵」

「何それ」

「魔拳銃以外で稼がなきゃだろ?実戦で使えそうなのを選ぶんだよ。ほら、持ってみろ」


 ユズハは促されるままにしゃがみ込み、まずは短剣を手に取った。

 驚くほどに軽い。

 指先と一体化するような重心のバランスに、彼女の翡翠の瞳が驚きに揺れる。


「……あ、これいいかも。吸い付くみたい」

「だろ。芯を少しだけ後ろに寄せてるんだ。力任せじゃなく、手首の返しだけで振れるようにしてある」

「へぇ、細かいことしてるね。こっちは?」


 次に彼女が手に取ったのは片手剣だった。

 ディルクは「そっちは安定型だ、癖はねぇ」と短く解説する。

 軽く素振りをしてみると、確かに「普通に強い」という感覚が掌を通じて伝わってきた。

 奇をてらわない、王道の仕上がりだ。

 そして最後に、彼女は最も特異な形状をした槍を持ち上げた。

 細身で、独特のしなりを持っている。


「それはちょっと、遊んでみた。実験作だ」

「遊んだの? 武器で?」

「伸びるんだよ、それが」

「は? 槍が伸びるの?」

「力入れた時だけ、ほんの少しだけ重心がスライドして前に出る。リーチが化けるぞ」


 言われるがままに、ユズハは前方へ突きを出してみる。

 瞬間、先端の感触が僅かに前へとズレた。


「……あ、ほんとだ。面白いね、これ」

「面白いだけじゃねぇ。相手の目測を狂わせて、届かないはずの距離を突く。職人の意地だ」


 満足そうに頷くディルクに対し、ユズハは屈託のない笑みを向けた。


「これ、いいじゃん。全部使うよ」

「は? 全部だと?」

「そう。状況で使い分ける。あんたが作ったんだから、全部使いこなしてあげなきゃ損でしょ」


 ディルクは呆れたように肩をすくめたが、その口元は微かに緩んでいた。

 姉貴分のわがままは、彼にとって最大の賛辞でもある。

 二人が軽く笑い合っていると、遠くからバルトの怒鳴り声が飛んできた。


「おい、いつまで油売ってんだ! そろそろ戻れ!」

「はーい、今行くわよ!」


 ユズハが立ち上がり、ディルクに「ありがとね」と短く告げて持ち場へと戻っていく。

 ディルクもまた、残された資材を抱え直し、再び工房の奥へと姿を消した。



 同じく、アレから1ヶ月。

 マルシェリアの西へと続く大通りは、重苦しい静寂に支配されていた。

 強大な集団が、厚い壁となって路地を塞いでいる。

 暁紅蓮隊のライガ、青葉の剣のハルト、そして王国騎士団長ガストン・ベルンブルグ。

 いずれもが剣を抜き、通す気のない配置で立ち塞がっていた。


「止まりなさい」


 アルファのリーダー、レオンは足を止め、一度だけ全体を俯瞰した。

 人数、距離、そして相手の目つき。

 かつて仲間として、あるいは好敵手として認めた者たちが、今は「王命」という鎖によって彼の行く手を阻んでいる。


「どうして西へ行く。レオン。そっちにはお前たちの受けるべき依頼はないはずだ」


 ライガの鋭い声が通る。

 それに呼応するように、ハルトもまた冷徹な瞳を向けた。


「……問いは不要だ。止める意志に変わりはない」


 レオンは答えない。

 答える必要などなかった。

 その間を埋めるように、魔導師シエラが淡々と口を開く。


「アタシは騎士のメンツとか気にしないけど、騎士は王命に従う。アルファの行動阻止。それがアタシたちの仕事よ」


 青葉の剣のケインが前に出、軽く肩を回した。

 顔に笑みはない。


「王命だと……?」

「俺らも仕事なんだ。ここで止める」

「どうして?マルシェリアを歩く自由はある筈よ」

「ルガイア王国は未だに不安定だ。アルファは街の中心にいるべき。それが陛下の意志。そのように依頼を出した筈だが」


 騎士団長ガストンが重厚な声を響かせると、騎士たちの槍が一斉に水平に構えられた。


「マルシェリアからは出ねぇ。出歩き禁止が依頼? 分からねぇなぁ……」

「俺だって分からねぇよ。でも、アルファが象徴になってんのは確かだ」

「確かに僕たちは人気者だからねぇ。ここは譲っとく?」

「そうも行きませんよ。ねぇ、レオン」


 立場も理由も違う者たちが、一点において完全に一致している。

 レオンは僅かに視線を動かし、短く、それだけを口にした。


「理由は不明だが、王国騎士団は任務遂行が是。……問答は不要か」


 それが、開戦の合図だった。

 暁紅蓮隊が動き、青葉の剣が配置をずらして逃げ道を潰しにかかる。

 しかし、次の瞬間には、レオンの踏み込みによって距離という概念が消し飛んでいた。

 剣と剣が交差し、火花が石畳を焦がす。衝突。衝撃波が路地の窓を震わせ、最強同士のぶつかり合いが始まった。


 が。


 戦いは一方的。

 戦いにもならない。


「……化け物かよ、あいつら」

「無念……。止めきれんとはな」


 背後に残るライガたちの苦々しい声を置き去りにし、レオンを先頭とするアルファは石畳を駆け抜けていた。


「そもそも、無理があったのよ」

「というより、どうしてここまでするんだろ」

「団長は?」

「ヴァルケン大公に、アルファは管理すべきと言われたらしいが」


 振り返る時間は一秒たりともない。

 彼らは最短距離で西を目指し、やがて目的の建物――商人ギルドを捉えた。


 建物には明かりがついているが、人の気配が不自然なほどに希薄だった。

 レオンは荒い呼吸を整え、重厚な扉の前に立つ。無造作に、だが確かな力でノックを繰り返した。


「……」


 返事はない。

 不審に思ったレオンが取っ手に手をかけると、扉は施錠されておらず、あっさりと内側へ向かって開いた。

 室内には明かりが灯ったままで、空気も乱れていない。

 そして、音が一つもしない。

 レオンの視線がカウンターへと落ちる。

 そこには、商人のバルトが机に突っ伏したまま動かなくなっていた。


「……生きているわ」


 背後から飛び込んだエマが即座に脈拍を確認し、短く告げる。


「呼吸も心音も正常。外傷もなし。……ただ、眠っているだけね」


 レオンはバルトの肩から手を離し、瞬時に判断を下した。


「分かれる。奥を探せ」


 号令と共にガレスが地響きを立てて奥の執務室へ向かい、リリアは反対側の廊下へと滑り込んだ。

 エマは中央ホールに残り、不測の事態に備えて魔力を練る。

 死角を潰し、無駄のない捜索が開始された。


「こっちだ、レオン。来い」


 ガレスの野太い声が響く。

 部屋の奥の休憩スペースに踏み込むと、そこにはユズハとディルクが並んで横たわっていた。

 二人とも、穏やかな表情で深い眠りに落ちている。


「同じね。深い、あまりにも深い眠りだわ」


 エマの確認に、ガレスが低く唸った。


「戦った痕跡もねぇ。毒か? 眠り薬か?」

「いいえ。魔力干渉の一つもみつからない」


 リリアの言葉を裏付けるように、室内には平穏な空気が満ちていた。

 レオンは何も言わず、ただ鋭い視線で部屋の隅々を観察した。

 配置、痕跡、そして空気の僅かな歪み。……一人、足りない。


 あの鈍色の髪をした、静かな少年。

 ノアの姿だけが、この建物の中から消え去っていた。


 レオンはゆっくりと視線を落とした。

 眠り続けるディルクの衣服の裾、そしてユズハの翡翠の瞳を隠す瞼のそば。

 そこに、僅かな「異物」が残っていることに気づく。

 どこにでもある乾燥した植物の断片。……藁。


「全員の身体から藁を取り除けば、何かがわかるはずだ」


 レオンの声が、静まり返った部屋に重く響いた。


「一片も残さずに、徹底的にだ」

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