第15話 奇妙な依頼②
奇妙な依頼がギルド宛に届いた。
セレナがそれ指摘すると、周囲の冒険者たちが次々と覗き込み、困惑の声が上がる。
「祝賀会用の花を採ってこい? 場所はあそこの小島か?」
「一か月後か。船も用意されてるし、護衛も付くのか。おい、ファイブカラーが護衛って?」
「いや、そんな場所に護衛が必要かよ? 危険度なんてゼロだろ」
失笑と疑問が広がる中、レオンの視線が鋭く動いた。
ライガを見つめ、唐突に問いを投げかける。
「……ライガ。お前たちが、レンに余計な話をしたのか」
あまりに場違いな問い。
ライガが不快そうに眉をひそめる。
「は? レンだと? あんな奴」
「何か話をしたかと聞いている」
「そんなの関係ないわよ。誰が何を言おうとね」
シエラがため息混じりに割って入る。
「ノアが周りから聞かれる質問、その第一位を考えれば、答えなんて一つでしょう?」
シエラの断言に、一瞬だけ空気が静まり返った。
「何故、冒険者になったか」
「レオンだって知ってるだろ。ここにいる誰でも知ってるよ」
「で、古の羽毛布団……」
ガレスが退屈そうに肩を回す。
「考えすぎだろ。ただの偶然だ」
「ええ、ただの依頼よ。深く考えるだけ無駄だわ」
リリアも淡々と続け、エマが静かに頷いた。
「偶然が重なっただけだと思うわ。運命なんて、そんなに安っぽくないでしょう?」
「っていうより、枕を高くして眠る。なんて、ありふれた言葉だしねぇ」
エリオットも軽く笑ってその場を流そうとする。
そして、レオンは何も言わずに僅かに目を伏せた。
脳裏をよぎるのは、かつて出会った老人の姿。
ヨーゼフ。
あの優しげな瞳の奥に宿っていた、得体の知れない重み。
『あの子がメイクするベッドは快適だ。安眠こそが、すべての力の源だからね』
一拍おいて、彼はこう言った。
『夜の女神。地母神様。女神ノクス・マテールのご加護をノアは授かっておる……なんてな。ただの老人の世迷言だよ』
軽く聞き流したはずの言葉が、今になって胸をざわつかせる。
レオンは再び、掲示板の依頼書へと視線を向けた。
冒険者たちの困惑したざわめきは続いている。
だが、それが単なる偶然でないことを、レオンだけは確信に近い感覚で捉えていた。
◇
再び、商人ギルド。
アルファが去った後の部屋は、まるで嵐が過ぎ去ったあとのような虚脱感に包まれていた。
テーブルを囲んでいるのは、ノア、ユズハ、ディルク、そしてバルトの四人だ。
バルトが椅子に深くもたれかかり、剛腕を組んだ。
「……で、だ。これからどうする」
短く区切り、視線を全員へ巡らせる。
「ここに残るか。それとも、レオンの言う通り冒険者ギルドに戻るか」
そのまま、ユズハをじっと見つめる。
ユズハは答えに窮し、僅かに視線を逸らした。
答えは一つのはずだった。冒険者になりたい。その夢は、今も変わっていない。
だが、隣に座るノアを見つめると、言葉が喉に詰まる。
ノアは相変わらず、無表情のままそこに座っている。
何も言わないことが、逆に彼女を迷わせていた。
「俺は、ユズハ姉に従う」
ディルクが迷いなく即答した。
「……は? あんた、自分の意見はないの?」
「そのまんまだよ。ユズハ姉なら、どこに行っても通用する。むしろマルシェリアに戻れば、すぐにでも引っ張りだこだろ?」
ディルクは肩をすくめて、続ける。
「だから、ユズハ姉が自分の行きたい道を選べばいい。俺はそれについていくだけだ」
軽く言われた言葉だったが、その信頼はユズハの胸を突いた。
彼女の表情が揺れる。
「それって――。っていうか、あたしのもノアのベッドの恩恵だし」
「俺だって、嫌でも分かってるって。だけど、ノアの夢はあのアルファが叶えんだぞ?」
「分かってる……。でもあたしはノアを捨てないし」
ユズハは、ノアを見つめてはっきりと言い切った。
「あぁ、言い方が悪かったな。今の言葉は忘れてくれ」
ディルクが軽く手を振る。
「ノアはここにいるんだろ? で、ここはお前んちだ。なら、ギルドに戻ったからって、捨てることにはならない。拠点が少し変わるだけだ」
視線を窓の外へとずらす。
「それによ。よく考えりゃ、俺の職場はこっちだ。商人ギルドの工房が使えるんなら、俺がついていく意味もあんまりないしな」
軽く息を吐き、ディルクはノアを正面から見据えた。
「だから俺は残る。こっちの心配はしなくていい」
北から風が吹く。
ノアは藁束を気にして、席を立った。
「それにな、ノア。お前だって、ユズハ姉に自分の夢を諦めさせたくはないだろ?」
静かな問いかけ。
ユズハはノアの横顔を盗み見るように、躊躇いがちに口を開いた。
「……あたしが冒険者になって。もっと強くなって。ノアが探してるものを、あたしが見つける」
ノアは屈んだ。
藁束を掻き分け、そこで手を止めた。
「そういうのも……あり、かも。なんてね」
バルトは見ていられないと席を立った。
「す、捨ててるわけじゃないからね! 勘違いしないでよ!」
慌てて付け足した彼女に、バルトが鼻で笑った。
「ノア。お前はもう、自分で動く必要さえないんじゃないか?」
皮肉っぽく、藁束を見つめる少年に、視線を向ける。
「ユズハは間違いなくランクAに届く逸材だ。そしてアルファは、すでにこの国で最強のパーティだ。その二つが、銀貨一枚なんて雀の涙で、お前のために動いてくれるんだぞ」
「……屋敷が一つ建つどころの話じゃない。中流貴族どころか、ちょっとした城一つ買える価値だ」
ディルクも、断定するように言い切った。
沈黙。
ノアは少しだけ目を伏せる。
夢を実現する計画は順調だ。
しかも、存在するかも分からない、神具にして寝具。
世界の中心であるルガイア王国、その最大都市であるマルシェリア。
マルシェリアのトップ冒険者であるランクA帯。
彼ら、彼女らが捜す。たったの銀貨一枚で。
合理的で、何一つ間違っていない。
それでも、ほんの僅かに、胸の奥で何かが引っかかっていた。
カタン。
入り口の横に置かれた木箱から、乾いた音が響いた。
全員の視線がそちらへ向く。バルトがゆっくりと近づいた。
「……なんだ、これは」
蓋を開け、中から一通の封書を取り出す。
封を切り、中にあった紙を広げた。
「……依頼、だな。宛先は、商人ギルドと職人ギルドの両方になっている」
ユズハが横から身を乗り出して覗き込む。
「なにそれ、こんなところにまで?」
「祝賀会用の花を採ってこい、だとよ。場所は海沿いの小島。ここから見える距離だな」
ユズハが窓の外を眺め、不自然に切り取られたような小島を見つける。
「……あそこ?」
「まぁ、その辺りだろうな。船はすでに用意されており、護衛にはファイブカラーが付く。万全の体制だ」
ディルクが呆れたように肩をすくめる。
「……護衛なんて、いらなくないか? そんな近場の島に」
「念のためだろうな。ギルド再開を祝う、象徴的な仕事なんだろう」
バルトは淡々と読み上げ、紙をめくった。
「……報酬金、0(ゼロ)」
一瞬、空気が凍りついた。
「なんだそれ。タダ働きかよ」
「こんなのに行くやつ、いるわけないだろ」
ユズハが半信半疑で紙を指でなぞる。
「どれどれ――」
一拍。
彼女の指が、ある一文で止まった。
「……待って。もう一つ、但し書きがあるわ」
「快適な安眠の為の――」
ユズハの声が止まった。
彼女はゆっくりと顔を上げ、仲間たちの顔を順に見渡した。
「……ううん。なんでもない。やっぱり変な依頼ね」
彼女は紙を箱に戻したが、その瞳には先ほどとは違う色が宿っていた。
短い沈黙。
「……古の羽毛布団」
その言葉が、誰にともなく部屋の中に零れ落ちた。




