第14話 奇妙な依頼①
商人ギルド。
扉が開いた瞬間、室内の空気が凝固した。
吸い込まれるように全員の視線が一点に集まり、喧騒は潮が引くように消え去った。
翡翠の瞳が揺れる。
ユズハが、ゆっくりと顔を上げた。
「……あんた」
低く漏れた声に応えるように、ノアが少しだけ目を丸くして立ち上がる。
「え、レオン?」
ディルクは不機嫌そうに眉をひそめて闖入者を睨みつけ、バルトは状況を飲み込むように小さく息を吐いた。
「噂は本当か。最強が戻ってきたってな」
セレナは何も言わず、ただ静かにその光景を見つめていた。
入り口には、伝説的な冒険者パーティ「アルファ」が揃って立っていた。
リーダーであるレオンが一歩前へ踏み出し、重厚な声を響かせる。
「マルシェリアは復活した。王の名において、冒険者ギルドは再び機能を再開する」
バルトが肩をすくめ、自嘲気味に笑った。
「そりゃあ、街中はその噂で持ちきりだ。帰ってきた英雄、あるいは王の猟犬、ってな」
レオンはその皮肉を受け流すように、静かに頷いた。
「だからだ。商人は、本来の役割に戻れ。ここから先の事態は、我々マルシェリアの冒険者が対処する」
一拍の静寂。
ユズハが挑発するように眉を吊り上げた。
「……今さら何それ。あたしはこれでも、あんたたちと同じ冒険者なんだけど?」
レオンの視線が、真っ直ぐにユズハを射抜く。
「ならば、ユズハ。お前はマルシェリアのギルドに戻ればいい。正式なギルド員として、再び登録を認める」
一瞬、空気が揺らいだ。
レオンは視線をずらし、その場にいた別の若者へと向ける。
「それから、そっちの目付きの悪いやつ。お前もだ。職人ギルドとしての籍を戻し、マルシェリアで腕を磨け」
「……は?」
ディルクが不快感を露わに顔をしかめる。
その隣で、セレナが静かに口を開いた。
「……指示は、すでに各所に回っています。私も、マルシェリアへ戻ります」
セレナの言葉に誰も異を唱えなかった。それが決定事項であることを、全員が察したからだ。
レオンの視線が、最後にノアへと向く。
「ノア。お前はここに残れ。この屋敷と、商人の護衛を続けろ」
室内の空気が、不審と驚愕で大きく揺れた。
「……なんであいつだけ残るんだよ。一人だけ除け者か?」
ディルクが食ってかかるが、レオンは揺るがなかった。
「必要だからだ。それ以外の理由は不要だ」
レオンはそれだけ告げると、さらに踏み込んだ言葉をノアに投げかけた。
「ノア。お前の個人的な夢。あの奇妙な夢を依頼として受けることにした」
一瞬、時間の流れが止まったような錯覚。
「極楽鳥の羽毛布団。それを調達してくる。報酬は、銀貨一枚でいい」
ディルクが完全に固まった。
「……はぁ? 銀貨一枚? 正気かよ」
バルトもまた、信じられないものを見る目でレオンを凝視した。
「……本気か、レオン。神話の逸品だぞ。金羊毛と同じ。しかも魔王の所持品だ」
「冒険者ってなそんなもんだろうがよ。でだ、あんなもん、てめぇ一人じゃ危ねぇんだよなぁ」
ガレスが豪快に笑いながら、ノアの肩を叩く。
「君が羨ましいよ。僕たちが動くんだから、安眠は約束されたようなものだね」
エリオットが丁寧な口調で肩をすくめ、隣ではリリアが不満そうに腕を組んでいた。
「どのみち、ノアにはどう考えても危険な場所でしょ。っていうか、レオン、本気?報酬と全然釣り合っていないわ」
魔女はそう言うが、隣の吟遊詩人は鼻で笑った。
エマが静かに、だが確固たる決意を込めて頷いた。
「ノア君のために、です。それが今の私たちの意志ですから」
ユズハは完全に言葉を失い、呆然とアルファの面々を見渡していた。
「突然現れて……なにそれ。意味わかんないんだけど」
ノアは少しだけ考えるように伏せ目をしたが、やがて顔を上げた。
「えっと……」
「ノア、絶対に裏があるわよ」
「でも、レオンがそう言ってくれるなら、嬉しい……かな」
いつか銀貨一枚で放り出された。
その銀貨一枚で、願いが叶う。
ノアにとって、嬉しい以外の何物でもない。
ユズハが大きなため息を吐き出し、乱暴に髪をかき混ぜる。
「……分かったわよ。ギルドの件も考えてみる。でも、少しだけ時間をちょうだい」
レオンは満足げに頷いた。
「そうだな。急ぐ必要はない。ここで、少し腰を据えて考えろ」
それだけ言い残すと、アルファは背を向け、迷いのない足取りで去っていった。
扉が閉まり、後に残されたのは、重苦しいほどの静けさだった。
◇
マルシェリア冒険者ギルドの扉が勢いよく開く。
中のざわめきが、波紋のようにゆっくりと広がっていった。
「……噂は本当だったのか。アルファが、本当に戻ってきた」
誰かの低い声が静寂を突き抜ける。
レオンを先頭に、彼らは迷いのない足取りで中央へと進んだ。
緩みきっていたギルドの空気が、まるで冷水を浴びせられたように一瞬で締まる。
カウンターの奥から、マリーが勢いよく立ち上がった。
「よう戻られた! アルファの連中!」
マリーはカウンターを飛び越える勢いで歩み寄る。
「待っとったぞい! これでようやく、ギルドも形になる。胸を張って再開を宣言できるわい!」
レオンが深く一礼した。
「ご無沙汰しております、マリー様。多大なるご不便をおかけしました」
「堅い堅い! 湿っぽいのは抜きじゃ!」
マリーが豪快に笑い飛ばすと、場がわずかに緩んだ。
その光景を少し離れた位置から眺めていたのは、暁紅蓮隊の面々だった。
リーダーのライガが腕を組み、鋭い視線を隠さずに向ける。
「……来たか。王の覚えがめでたいようで何よりだな」
短く、棘のある言葉。
さらに別の位置では、青葉の剣を率いるハルトが静かに視線を向けていた。
「……なるほどな。アルファが戻ることで、ようやく歯車が噛み合うというわけか」
ハルトは一度言葉を切り、視線をアルファからライガへと移した。
「同じ条件だったよな。お前たちも、あの件については」
ぽつりと漏らされた問い。
ライガが片眉を吊り上げる。
「……あぁ? 何のことだ」
「別に責めてるわけじゃない。ただの確認だ。お前たちがどう動くつもりなのか、な」
ケインが肩をすくめて軽い口調で割って入るが、その瞳の奥は笑っていなかった。
その時、カウンター付近から別のざわめきが上がった。
「おい、なんだこれ。こんな依頼、見たことねぇぞ」
セレナとカタリーナが、一枚の依頼書を凝視していた。
「……これ、変よ。内容が全く噛み合っていないわ」




