第12話 続・キュプロス砦の番人⑧
キュプロス砦の上空は、残酷なほどに晴れ渡っていた。
雲一つない抜けるような青。
穏やかな風が、焦げ付いた戦場の臭いをどこかへと運んでいく。
石壁は無残に崩れ、門は半ばから破壊されていた。
踏み荒らされた地面には、散乱した武器と無数の足跡だけが虚しく残されている。
「……終わったな」
ハルトが青髪を揺らし、周囲を見渡した。
ドルトが足元の瓦礫を大剣でどけ、短く安全を告げる。
「問題なし」
「拍子抜けだな」
「戦力差」
「残りなし」
ケインが肩を回し、ルナが淡々と結果をなぞる。
ミナが戦域を一巡し、敵の残存戦力がないことを結論づけた。
鈍色の髪をした少年は、何も言わずにただ立ち尽くしていた。
ユズハが軽く伸びをする。
「はー、終わり終わり」
砦の裏側から飛び込んだ。
「戻ろっか」
武器の性質はディルクが知っていた。
青葉の剣のレベルが上がっていた。
ユズハという、天才が居た。
「ああ」
とは言え、長距離武器の相手。
気付かれずに侵入できたことが、一番の理由。
青髪のリーダーが頷き、攻略の完了を宣言した。
それで、すべてが終わるはずだった。
誰もが背を向けようとした、その刹那。
索敵を担う少女の足が、釘を打たれたように止まった。
「……四……あり」
ミナの静かな呟きに、リーダーが鋭く反応する。
「何だ?」
彼女は答えず、ただ視線で崩れた回廊の影を示した。
そこに、四つの不気味な影が佇んでいた。
最初からそこに存在していたかのように、あまりにも自然に、違和感なく影が溶けている。
ハルトが一歩、警戒を露わに踏み出した。
「……誰だ」
影が揺れ、一人の女が前に出た。
無駄のない、研ぎ澄まされた所作。
ユズハが目を細め、驚きを声に乗せる。
「……なんでアンタたちがここにいるの」
「お前たちだろう」
「1からやり直せると、言ったのは」
返ってきたのは、静謐な響きを伴う声だった。
ユズハが一瞬、声を失う。
「え、そういえば」
ノアは何も言わずに、ただその光景を静かに見つめていた。
「私たちは、カルンの冒険者だ」
女剣士は、淡々と事実だけを述べた。
それは誇示でも卑下でもない、ただの事実。
青髪のリーダーが剣を僅かに持ち上げ、鋭く睨みつける。
「……コイツらが反乱分子か」
「違う」
間髪入れずに否定したのは翡翠の瞳の少女だった。
ノアも軽く目を剥いた。
「白鷺の紋章の人達……」
「アンタたち、また押し付けられたんでしょ」
その言葉に。
四人はひくっと喉を鳴らした。
◇
重厚な装飾が施された、豪奢な部屋。
磨き上げられた床の上には、いくつかの資料が無造作に散らばっている。
中央の椅子に座る一人の老爺。
その周囲を多くの人間が囲み、誰もがこの場に意識を向けていた。
その中で、シャルルとカリスが跪いている。
頭は上げない。
少し離れた位置には、動かぬレンが立っていた。
シャルルの視線がわずかに上がり、横のレンを細く睨みつける。
「錬金術師がなんで居る?」
短く嫌そうに問う。
そして、レンは視線を返さない。
「何度も言わせないで下さい。――錬丹術です」
カリスの視線も動き、レンを睨んだ。
アイアンループ、シルバーチェイン。
鉄、銀。そして金。
「どっちでもいい。不老不死ってのは完成したのか」
レンはわずかに目を伏せる。
「貴方がたの言葉で言う、賢者の石の検討はついています」
その瞬間、シャルルの歯が小さく軋んだ。
老爺の手がゆっくりと上がると、それだけで空気が止まる。
「争うでない。皆もこうべをあげよ」
周囲の者たちが顔を上げる。その数は多い。
老人は一人一人を確かめるように見渡し、告げた。
「ここにいる皆、いや、全人類が喜びを感じるじゃろう」
言葉が落ちた瞬間、歓声が上がった。
抑えきれない熱が部屋に満ちる。
その中で、シャルルの声だけが低く落ちた。
「何をするつもりだ」
「不老不死の道だろ」
カリスが短く答える。
歓声が続く中、シャルルだけが動かない。
ゆっくりと視線を上げ、二人の老人を睨みつける。
「そんな穏やかなことを考えてる顔か?」
◇
カルン冒険者ギルド。
カウンターに、白鷺の紋章が預けられる。
受け取ったミリアは、いつもの表情を崩さない。
淡々と、手際よく、一つの旅路を終わらせるように手続きを完了させた。
外には、馬車の列が並んでいる。
「皆さん。本当に有難うございました」
「ってか、言ってよー」
「冒険者はいつ死んでもおかしくないんです」
四人の顔が引き攣る。
ミリアは気にせずに、軽く手を振った。
ノアたちが車内に消え、扉が重く閉ざされる。
車輪が鳴り、馬車は北、マルシェリアへと動き出す。
その背後で。
別の車列が動きを共にしていた。
青葉を乗せた馬車。
それは王城へと進路を取り、次第に距離が開いていく。
街の外壁を抜け、荒野へと道が開ける。
北へ向かう途上、西から伸びる馬車道と合流した。
そこには、さらに二台。
「騎士団暁紅蓮」を乗せた馬車。
「冒険者アルファ」を乗せた馬車。
三つの陣営が並走し、互いの視線だけが火花のように交錯する。
不意にノアへ向けられる、訝しげな視線。
だが、誰一人として口を開く者はいない。
ただ並んで、ひたすらに北を目指す。
同時。
青葉の馬車。
「努力は積み上げる。それは間違っていた」
「そんなことはない」
「そうだ。ハルトの頑張りは私も見ている」
同時。
ノアたちの馬車。
「ノア。お前、何が見えてんだ?」
「マナってどんな感じぃ?」
「えっと、お祖父ちゃんに言われたのは」
同時。
暁紅蓮の馬車。
「レン。あいつ、何なんだよ」
「騎士学校で知り合った、東方人でしょ」
「行くべき場所をピタリと当てる。有能だが」
「ねえ、これって考えすぎ? 当てたんじゃなくて、知ってた……とか」
「ノア……俺はお前を捨てたのか? 捨てられたのか?」
同時。
アルファの馬車。
「レオン。気にしすぎだ」
「そう。そんな世迷い言を信じる方がおかしいさ」
「そうよ。元々はレオンの優しさでしょう」
「考えすぎですよ。今までの選択だって」
「ヨーゼフ様。俺はどうしたら」
やがて、暁とアルファの馬車が舵を切る。
東へ進路は分かれ、ノアたちは独り、北へ残される。
そのときだった。
北の空。
そこには、「黒」があった。
巨大な。闇という言葉すら生ぬるいほどに、深い黒。
輪郭は定まらず、ただそこに、異物として存在している。
誰もが言葉を失った。
数分という時間が、永遠のように停滞する。
そして。音と風。
風が俄かに騒ぎ出した。
短いが、強い突風。
地の底を這いずるような咆哮を上げ、それはすべてを吹き抜けていった。




