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第3話 アイアンループ

 炭鉱の周囲は、異様なまでの要塞と化していた。

 粗雑ながらも頑強に組まれた木製のバリケードが幾重にも巡る。

 高く組み上げられた見張り台からは鋭い監視の目が光る。

 規則正しく巡回する兵士たちの足音もある。


 入口は厳重に制限され、

 視線が複雑に交差するその場所に死角はない――はずだった。


 その内側。

 坑道へと続く通路の濃い影の中に、音もなく三人の影が溶け込んでいた。

 一切の騒ぎを起こさず、ただそこに当然のように存在している。


「へぇ、ちゃんとやってるんだ。感心しちゃうね」


 金の髪を揺らし、シャルルが周囲を面白そうに見回した。

 感心したような言葉とは裏腹に、細められた糸目の奥は一切の温度が宿っていない。


 隣に立つ女は何も言わず、ただ静かに視線を巡らせていた。

 ヴァネッサは兵の動き、その間隔、そして意識の淀みを正確に読み取っていく。


 二人の背後で、巨漢が退屈そうに欠伸を一つ漏らした。

 バルカスは岩のような肩を回し、気のない声を出す。


「で、どこ行きゃいい」

「奥だろうね。……おっと、見つかったかな」


 金髪の男が適当に応じると同時に、隠す気のない重い足音が響き渡った。

 巡回中の兵士が弾かれたように振り向き、一瞬で顔を強張らせる。


「――ひ、ぃっ!?」


 情けない悲鳴が漏れる。

 目の前に立ちはだかるのは、圧倒的な質量を持つ重装の戦士。

 巨大な盾と剣を携えた巨躯に見下ろされ、兵士の腰が目に見えて引けていく。

 守るべき役割を持つ者も剣を抜くことさえ忘れ、場違いな侵入者の存在に絶句していた。


「見つかったね。まぁ、いいか。どうせ通るんだし」


 金の髪をかき上げ、シャルルが肩をすくめる。

 その言葉でようやく我に返った兵士が、震える手で剣を抜いた。


「囲め! 侵入者だ!」


 必死の叫びとともに、無数の槍が三人に向けられる。

 包囲網が形作られるが、誰もがその圧倒的な威圧感の前に踏み込むことができない。


 そのとき、奥から迷いのない足音が揃って響いた。

 兵士たちが波が引くように道を開け、そこに五人の影が現れる。

 先頭に立つのは、鋭い双眸を持つ女剣士だった。


 カリスは剣を下げたまま三人を正確に捉え、その距離を測るように足を止める。

 慌てて報告しようとする兵士を、彼女は短く遮った。


「知っている。こんな芸当ができる奴を少なくとも一人な」

「――シャルルじゃーん! 久しぶりじゃん!」


 張り詰めた空気を、甲高い笑い声が叩き割った。

 金の鎖をジャラリと鳴らし、ゼルカが楽しそうに一歩前へ出る。

 頬に刻まれた歪なタトゥーを歪ませ、彼女は首を傾げた。


「ねぇ、今日さ。壊していい? ぐちゃぐちゃにしていい?」

「ゼルカ、控えろ」


 女リーダーが低く制するが、鎖使いの女は止まらない。

 その視線が、不意にシャルルの隣の女性へと流れる。


「相変わらず、ケバいねぇ。おばさん」

「……タトゥー女に言われたかないねぇ。趣味の悪さが顔に出てるよ」


 静かに返したヴァネッサの目が、凍てつくように細くなる。

 火花が散る空気の中で、シャルルが何でもないことのように口を開いた。


「ねぇね。そういえばさ、アルファってどうやって雇ったの? いくら払ったの? ボクも参考にしたいなぁ」


 一瞬、時が止まった。


「……何を言っている。意図を説明してください」


 斥候の男、セインが冷徹に問い返す。


「解析不能な発言です。無意味な問答は避けるべきかと」


 リシェルが淡々と続けた。

 カリスは一歩重々しく踏み出し、惑わされるなと仲間を律する。


「振り回されるな。だいたい、てめぇにゃ興味ねぇだろ」

「……バレた? うーん、やっぱり隠しきれないか」


 シャルルが楽しそうに笑うと、巨漢のバルカスだけが理解が追いつかずに固まった。


「……は? え? 話が違うんじゃねぇのか」

「いいのよバルカス。で、ここからが本題なんだけど――」

「その前に。一発、殴らせろ」


 カリスが言葉を被せ、殺気を膨れ上がらせる。


「乱暴だなぁ。ボクは話をしたいだけだよ。そもそも、ボクは君を殴っていないしね」

「ノアってガキに殴られたんだよ。てめぇのせいだろ。連帯責任だ」


 次の瞬間、拳が空を走った。ゼルカの鎖が呼応するように鳴り響く。


「やれやれ、バルカス。今日は、暴れていいぞ。ここの連中、簡単には壊れないからね」


 金の髪を揺らした主の号令に、巨漢の目が猛獣のように変わった。

 踏み出した足元で地面が沈み込み、凄まじい風圧とともに大盾が振り抜かれる。


 その一撃を、盾使いのドラクが正面から受け止めた。

 止まらない。流れるような動作でバルカスが大剣を片手で叩き込む。

 速く、そして重い。盾と剣が交互に乱れ打たれる連撃に、屈強な盾兵が僅かに押される。


「……こいつらは、ランクAでもおかしくねぇんだ。リシェル、組み立て直せ」

「了解しました。配置変更、迎撃パターンBに移行」


 カリスの判断で即座に指示が飛ぶ。

 ドラクが半歩横へ滑り、防御の流れを強引に変えた。

 その隙間を縫ってリーダーが踏み込み、鋭い斬撃を繰り出す。


 バルカスが受けに回るが、僅かに反応が遅れた。

 カリスはさらに間合いを詰め、視線を金の髪の男へと固定する。


「ランクA……確かに。当然だ。なぁ、シャルル。てめぇらは冒険者ギルドを駆け上がり、騎士団になるって話だったろうが」


 容赦ない刃が走るが、シャルルは最小限の動きでそれを外した。


「実際、カルンで冒険者してたよ。でも、それは上が決めたこと。ボク個人としては、騎士団ってなんだか面倒臭そうだなぁって思ってたんだ。そういえばさ、カルンでのボクら、知ってるでしょ? ノアのせい、いや。お陰かな、出禁になっちゃったしねぇ」

「だからって、あのお方の命令を無視して――」


 一歩。

 カリスが口を開きかけた瞬間、セインがそれを鋭く止めた。


「出過ぎです」

「シャルル、てめぇは何を企んでいる」


 シャルルは息を吐き、肩の力を抜いた。

 その瞬間、空気が軋む。


 表情は変わっていない。

 だが、同心円に殺気が満ちる。


「企むだなんて。ボクはただ、知りたくなっただけだよ。ここの魔法石が、本当はどこに運ばれているのか。……君たちは、それを知っているのかな?」

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