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第1話 勝利宣言

 白亜の壁面が、透き通るような陽光を鮮やかに反射していた。


 かつて多くの冒険者が行き交った広場は、今や騎士団駐屯地扱いされている。


 だが今は、身動きが取れぬほどの群衆で埋め尽くされている。

 人々の視線は、熱を帯びて一点へと集まっていた。


 ――元マルシェリア冒険者ギルド、そのテラス。


「静粛に!」


 元・ギルド長が叫ぶ。

 その背後。白光を背に王が立る。

 隣には威風堂々とした騎士団長が控えている。

 一歩下がった位置には北東の郷士、ヴァルケン大公の姿もあった。


「さ、陛下」

「うむ」


 風が王家の旗を激しく揺らし、広場のざわめきが波が引くように静まっていく。

 王が、厳かに一歩前へ出た。


「中央平原は――」


 ルガイア王国は中央集権になって数世代。

 レオナード三世・フォン・アルテンブルグ。

 彼以外に王はいない。


 王は朗々たる声が広場を隅々まで満たす。


「我が国の手に、取り戻された」


 一瞬の静寂。

 その直後、地鳴りのような歓声が爆ぜた。

 重なり合う無数の叫び、突き上げられる拳。

 誰もが、勝利の象徴である青い空を仰いでいた。


 更に、王は言葉を継ぐ。


「寸断されていた流通は直に回復する。南北、東西。すべての道は、再び繋がる」


 歓声の渦はさらに高く、激しく重なる。

 だが、壇上の主の声音は微塵も揺るがない。


「此度の勝利は――。王国騎士団の働きによるものだ」


 再び、群衆は静まる。

 騎士団長がわずかに歩みを進めると、熱狂は一段と膨れ上がった。

 その喧騒の中で、王は静かに視線を動かす。


「無論、暁紅蓮隊。青葉の剣。諸隊の奮戦も、記録されている」


 その名が挙がった。

 既に新聞や噂で広まった名前だ。

 だから、それ以上にその功績が語られることはない。

 民の歓声は変わらず騎士の象徴へと向けられている。

 騎士団長が、硬質な響きを伴って口を開いた。


「戦線は収束した。主要拠点は制圧済み。残存戦力は各地に分散しているが、掃討を継続している」


 簡潔な、それでいて十分な報告だった。

 動乱が終わったのだと、人々に深く認識させる。

 僅かな期間だが、国が二分されたのだ。


 王が重々しく頷く。


「王国に仇なす勢力――。アベリオン派の占拠は、ここに終わる」


 残存勢力はいるが断言。

 再び沸き立つ歓喜の波。

 その熱狂を断ち切るように、騎士団長が一瞬だけ間を置いた。


「目下の未確認の戦力も確認されている。通称、五彩。引き続き警戒を要する」


 わずかなざわめきが広がる。

 だが、それ以上に語られることはない。

 王が再び正面を向き、力強く告げる。


「だが、恐れる必要はない。我らは、取り戻した」


 歓声が空気を震わせ、旗が誇らしげに舞う。


「そして、皆の命と財産を守る」


 背後では宰相が動いていた。


「アルマン様、次は」


 老爺は静かに笑い、首を振った。

 それを合図に、近衛兵が動き、王に伝わる。


「うむ。アルマン殿は控えめだな。だが、紹介せぬわけにはいくまい」


 アルマン・ド・ヴァルケンブルグ。

 その軍が動いたことも、マルシェリアの市民は知っている。


「ヴァルケンブルグ大公。わが友も協力を惜しまないことを約束してくれた。天下を一つに、とな」


 その日、マルシェリア市民にはパンと酒が振舞われた。


 それ目当ての人間も多くいたが、殆どの民は平穏を望んでいた。



 狂乱のような歓声は、未だ背後で続いている。


 その渦中、ひとり。


 淡く光る金の髪が、春の陽光を受けてきらめいた。

 細められた碧の瞳は、広場の熱を微塵も拾い上げない。


 仕立ての良いジャケットのポケットに手を入れたまま、シャルルは壇上を一度だけ冷ややかに見上げた。


「へぇ、騎士団がねぇ」


 小さく、誰にも届かぬ独白。

 そのまま、喧騒から逃れるように背を向けた。

 人の流れを縫うように歩むと、次第に熱気が遠ざかっていく。

 周囲には、自身の石畳を叩く足音だけが残った。


「暁紅蓮。久しぶりに顔を見たかったけど」


 やがて人影が途切れた壁際。

 腕を組んだヴァネッサが待ち構えていた。その隣には、バルカスの巨躯がある。


「あら、遅かったわね」

「盛り上がってたもんで」


 シャルルは軽く言葉を返した。

 バルカスが不機嫌そうに鼻を鳴らす。


「で、何割残ってる?」

「三割いくかどうか」

「そうかい。じゃあ、いこっか」

「どこへ」


 溜め息が一つ。


「予定通り、十字馬車道だよ」


 短く告げて、迷いなく歩き出す。

 石畳が途切れ、道はやがて乾いた土へと変わった。

 戦禍の跡が残る。新しく均された道の轍はまだ浅い。

 待機させていた馬車に乗り込むと、車輪が軽快な音を立てて回り出した。


 揺られて大体、半日。

 戸惑う御者は言った。


「この先が、金羊十字路になりますが」

「いいって。平和になった中央平原でピクニックしたいんだ」

「そ、そうですか」


 御者の声に、シャルルは無造作に硬貨を取り出した。


「ってことで、はい。釣りはいらないから」


 指先で弾かれた金貨を御者が鮮やかに受け取り、馬車は走り始めた。


「あれ。戻っていく」

「まだ、不安なんだろう?」

「やはりアイアンループが」


 足元でわずかな砂埃が舞う。

 目の前には、世界を分かつように道が交差していた。

 四方へ伸びる無機質な線。乾いた風が吹き抜ける。


「バルカス。それはいいって」


 南はカルンの冒険者ギルドへ、西は魔法石の炭鉱へと至る道だ。

 シャルルは足を止め、南の空へと目を向けた。


「ヴァネッサ。そういえば、さっきの演説、聞いた?」

「ってことは、南に行くのかい?」

「バルカスは」

「聞いたが、あれは――」


 言いかけたバルカスの視線が、不意に止まった。

 シャルルに睨まれたからではなく、シャルルがとある場所を睨んでいた。


「アルファの話題が出なかった。目立たず稼いでる。アルファは、やってるよね?」


 金の髪を揺らし、優男が淡々と告げる。

 風が交差する中、沈黙が降りた。


「シルバーチェインは分かりやすい。シャルルのやり方は、……難しすぎる」


 巨漢が吐き捨てるように応じる。

 シャルルは、わずかに首を傾げた。


「そんなに難しい?」

「難しいわよ。人は目立ちたがるし、勝ったって言いたがるもの。そっちの方が楽なんだろう?」


 ヴァネッサの即答に、バルカスも頷く。

 視線がゆっくりと西へ流れた。


「ここでアルファと戦った」

「あれはシャルルが、ノアってガキを助ける為に――」

「あ?」


 短く、鋭く遮った。

 再び、バルカスが沈黙に落ちる。


「シルバーチェインが、アルファを雇った。そんなにシルバーチェインは魅力的?」


 碧の瞳に宿る光は、冬の月のように冷ややかだった。


「少なくとも、金好きの連中にとっては」

「アルファも……か。趣味が悪ぃな」


 バルカスの吐息を背に、シャルルはわずかに笑った。


「では、ご教授頂こう。アルファを、どうやったら雇えるか」


 踵が返る。

 向かう先は、西の先。

 静かな足音が、乾いた道を規則正しく叩き始めた。

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