第16話 しばらくの休息
数日後のある日のこと。
商人ギルドの重厚な扉が、内側の静寂を叩き割る。
「お前らに朗報だ!」
姿を現したのは、新聞を手にするバルトだった。
地響きのような上機嫌な声を上げ、どかどかと図々しく中へと踏み込んでくる。
長身を揺らし、髭も揃えて、彼は確信に満ちた口調で言い切った。
「騎士団暁紅蓮と騎士団青葉の剣が、諸侯連合を分断させた! これで中央平原の解放も近い! 馬車道も安全になるって話だぞ!」
熱を帯びた報告が、部屋の隅々にまで広がる。
数秒の沈黙。
「安全に商売ができるぞ!」
もう一度。
ユズハは、どこか他人事のようにぽつりと溢した。
「へぇ」
「すげぇじゃねぇか」
茶髪の青年も鼻先で軽く笑う。
賞賛というより、単なる事実への短い感想に過ぎなかった。
少女の父は、その反応に満足げに深く頷く。
「だろ? 今や街中がこの話でもちきりだぞ」
「馬車道が安全になるなら、いいことだと思う」
鈍色の髪の少年が、感情の起伏を排した静かな声で言葉を添えた。
会話はそこで一度途切れ、入れ替わるように金髪の女性が歩み寄る。
「私も、良い話を聞いてきました」
セレナの落ち着いた声には、隠しきれない高揚が微かに混じっていた。
この商人が集まらない商人ギルドに似つかわしくない気品。
流石にユズハは翡翠の瞳を向ける。
「なにー?マルシェリアのおしゃれな」
「騎士団ギルドの友人から聞いたんです。五彩と呼ばれるランクAは、実は六人いたんですって」
そこで一瞬の間。
「実は五人ではなく、六人だったんです」
室内の温度が、凪いだ水面のように変化した。
「へぇ……そーなんだ」
ユズハが作った笑顔のまま応じ、ディルクは興味なさそうに首を動かす。
「そういうの、ありがちだな」
ノアは特に反応を示さず、ただ静かに耳を傾けているだけだった。
事実は事実。
しかも目撃者はいない。
報道や噂は核心に触れることない。
事態を察した大人たちは、苦笑いを浮かべて日常の話の濁流へと流していった。
◇
そこから数日後のある日のこと。
「そういや、お前ら」
ふと思い出したように、新聞片手にバルトが口を開いた。
「魔法石はどうしたんだ」
瞬間、空気が凍りついたように止まった。
翡翠の瞳が泳ぎ、少女はきまり悪そうに視線を逸らす。
「それがそのー……」
「危険なので、触っていません」
鈍色の髪の下、少年が迷いのない口調であっさりと断じた。
ディルクは呆れ果てたように、乱暴に自分の頭を掻き回す。
「お前な……」
炭鉱と名ばかりの魔法石の採掘場の門番。
カリス隊は強い。しかも、怖い。
ユズハはさておき、ノアが行きたいということはなかった。
だが、ここで
「いや、それでいい」
遮るように声を響かせたのは、バルトだった。
短く、しかし明確に場の空気を切り裂く。
全員の視線が、腕を組んだ大男へと集中した。
男は据え置きにされた魔法石を凝視したまま、
腕を組み、したり顔で低い声を絞り出した。
「……あれから、俺も考えた。その武器を売りさばくのは、ヤバい」
「は?」
「考えてみろ。指先一つで、人が死ぬかもしれないんだぞ」
数秒、もしくは十数秒。
「あーね」
「あーねじゃねぇよ。バルトの叔父貴、やる気だったじゃねぇか」
部屋の空気が弾けた。
「今回みたいに戦争で使われたら大惨事だ」
「それは……否定しねぇけど」
男はそのまま、茶髪の青年に鋭い眼差しを向ける。
「ってより、ノアの話じゃ、ユズハはなんでも使えるんだ」
「何度も聞くぞ。それはマジなんだよな?」
「ノア、マジなんだよな、だって」
「僕に聞かれても」
三人の話を聞きつつ、バルトは何度も頷く。
話を聞いているかはさておき、彼はこう言った。
「ディルク。お前には、他の武器を作ってもらう。よって工房を正式に借りた」
「は?」
巻き込まれ損。その言葉を青年は飲み込み
長く、重い息を吐き出した。
「それはそれで……、めんどくせぇこと言いやがるな」
毒突くような独白。
だが、その表情に完全な拒絶の色はなかった。
少女が一歩前に出ると、親愛を込めて青年の肩を軽く叩いた。
「いいじゃん。期待してるし。新武器」
ユズハは不敵に、そして柔らかに微笑んで背中を押す。
青年は一瞬だけ視線を逸らし、照れ隠しのように短く応じた。
「……おぅ。で、何を作る?」
「ノア、何を作るかってぇ!」
「ちょっと待てって、ユズハ姉。そういうのは」
「ってことで、はい」
「え……」
ノアとディルクが向かい合う。
今度は一分くらい。
「なんでもいいよ」
「お前にゃ聞いてねぇし!」
そのまま、青年は背を向けて歩き出した。
火の気の立ち始めた工房の方へと。
「がんばれー」
少女の軽い声が背中に投げかけられる。
嵐のような騒乱は去った。
穏やかな日常の音が再び部屋を満たしていた。




