第79話
「と、いうわけです。ここからは質問タイムです」
「二十個ぐらいあるんですけどいいっすか?」
「回答に要する時間が足りなさそうです。もっと絞れませんか?」
となりで僕らのやりとりを聞いている椿が「くくく……」と声を抑えながら笑っている。
なにわろてんねん。君がこの問題の中心人物やぞ?
「そうですね……では一番気になることはありますか?」
「一番、一番は……。椿、君は本当に僕の別人格なの?」
普通なら存在していないような、ツバキの花のように赤い病衣を着ている僕の別人格だという少女は、ベッドの上であぐらをかき、膝に肘をついてこちらをにやにやと見据えながら言った。
「そうさ、オリジナルの瀬音椿が死んだ後に、御船君が心の穴を埋めるために無意識のうちに作り上げた同人版瀬音椿だよ」
「ど、同人版って……」
なんというか、R18版っぽい言い回しに聞こえてきてしまう。いかん、心が不純だ。
「御船君の愛情をたくさん注いでもらって創られた命だからね。完成度には我ながら自信あるよ?」
「言い方よ」
マジでそういう話に聞こえてきてしまうでしょうが。
僕の知っている瀬音椿の心象をよくよく再現している。こんな不埒な言い回しを冗談交じりに放つのは間違いなく瀬音椿だ。彼女への理解度が高い、二次創作の鑑か?
そこで、美銀がこほんとわざとらしく咳ばらいをした。
ぴりっと空気が凍るような感覚。嫉妬の殺気だった。
「じゃ、じゃあ次の質問! 美銀はなんでここに居るのかな!」
彼女に構ってやらないと殺されそうだった。
修羅場がすぎる……。
「魂レベルでつながったと言いましたでしょう?」
「そ、そんなファンタジーな……」
「あら、私からすれば多重人格も大概ファンタジーなお話のように思いますけどね」
「それは……僕もそう思うけどさ」
いざ別人格が存在するこの状況と直面しても、半信半疑なのは否めない。
自分ですら、瀬音椿の存在に懐疑心を抱いている。
「実は、あなたと一緒に抱き合って寝た時、私はここに招待されているのです」
「……え、そうなの? ということは、これまで椿と何回か会ったってこと?」
美銀の家へ泊ってから今日まで何回か、「ぎゅってして良いですか?」と唐突にデレられ、抱き合ったまま昼寝をするというイベントが何回かあった。
その時に僕の体にあたるものがあまりにも気になってしまい、胸のサイズ云々の話を聞いてしまったことも補足しておこう。
「まあ私も、夢から覚めたらここでの事はほとんど忘れているのですけどね。夢日記などをつけると記憶に残りやすいようですが、人様の夢を覗いている時点で少し失礼かと思いまして」
美銀はあっけらかんと言ってるが、他人の夢を見れるものなのか?
「御船君、君が今考えているそれはほぼ正しい。が、ひとつ間違っているものがある」
「え、どういうこと?」
「他人の夢を見ているんじゃない。二人が同じ夢を見ているの」
……そんな、魔法の世界のような話がありえるのか?
「ちょっとだけ話はそれるけど、目をのぞき込んで、感情を読む力。あれには細かい原理があるのよ。誰にでも通用するわけではなくて、似た者にしか通じない。自分の知識と記憶に基づいて、『今この時なら相手はこう考えているだろう』といった予測をもとに、相手の思考を計り知るんだよ」
瀬音椿の力。
感情を、思考を目から読み取る力。
それは超能力やスーパーパワー、第六感などではなく、ただの経験則だと椿は言った。
実際、一番分かりやすかったのは美銀だけで、それ以外の人を相手にする場合、ある程度しか理解できていなかったことを思い出す。
椿曰く、家族や身内の顔色や考えていることがなんとなくわかるのと一緒レベル――であり、間違っても美銀が持っているような勘と比べれば、月とすっぽんなのだそう。
「そんでもって、お二人さんには母親同士の繋がりがあったからこの力が作用した。ありえないぐらい、ぴったりとね。本当に予測がつかない繋がりよな、生まれた時から見えない縁で繋がってたわけだ」
まるで運命の赤い糸だと。
皮肉めいた口ぶりで、椿は笑いつつ言う。
「だらだら説明が長くなったけど、ようするに二人の意識は繋がりやすいんだよ。御船君の夢に白刃ちゃんが入ってきているわけではなくて、二人の共有している感覚が、一緒に寝ることでさらに強くなり、同じ夢を作り上げる。有体に言ったら愛なんだろうけど、説明がつくほど簡単なお話ではないよね」
一度、椿は深呼吸した。
しかし、今の話を聞きとめて湧き出てきた疑問もある。
「……あのさ、一緒に寝た時に出会ったってことは、最初に二人が会ったのは美銀の家に行った時になるのかな?」
「そうだよ」
「ええっと、じゃあもしかして、あの次の日から椿の持つその経験則……ってやつが使えなくなったのは、何か理由があるの?」
「ほー」
感心したように声をあげる椿。
相変わらず、斜に構えた態度だ。
「まあさ、貸すのをやめたんだよ。あの日、初めて白刃ちゃんを招待して、直接話すことができてさ。まあなんというかさらに惚れ込んだよね、画面越しに見ていたアイドルって目の前で見てもアイドルなんだよな」
「美銀が可愛いのはわかるけど、何で突然貸すのをやめたの?」
制止しなければ美銀のことについて語り始めそうな気配がしたため、本題に方向転換ならぬ方向矯正する。
隣で美銀が顔に手を当てて、少しにやついている。
「……チッ」
「舌打ちしてもビビらないよ。ちゃんと話して」
「……あーもうわかりましたよ! 言えば良いんでしょ! 義理が通らないって思ったから貸すのをやめたんだよ!」
……義理?
なんの義理だ?
「あたしは御船君に尽くすって決めて生まれてきたんだよ? けどさ、その愛が白刃ちゃんを見ていてほんのちょーっと揺らいでしまったことに申し訳なさが強くなって、このままじゃだめだって思ったんだよ!」
「……んん? え、椿って、女の子だよね……? 美銀は女の子だよ?」
「こんな女子受けするクール系な女が居たら揺らぐって話。御船君だって白刃ちゃんを愛していても別の食べ物はあるでしょ!」
「わーっ! 僕と一心同体だからって彼女の前でなんてこと言い始めるの!?」
「椿、それ、おしえて、私に、はやく」
興奮気味に僕の趣味嗜好を聞き出そうとしている美銀の目は、発情期の獣かと思うぐらい血走っている。こわい。
「……白刃ちゃんに浮気したあたしが、御船君にできる償いはそれだったんだよ。支えない、力を貸さない、干渉しない。あたしの代わりに白刃ちゃんがやってくれるって、信じたんだ」
いつも軽い調子で、人をあざ笑うように、平気で見下し見透かす彼女が、白刃美銀というクールな女の子に絆されていた。
牙を抜かれ、棘を切られ、骨抜きにされている。
「けどあたしは節操なしだから。一夫多妻も重婚も賛成よ」
「ひどいな君。本当に僕の人格?」
「あたしはある意味御船君の生き写しだよ? 御船君にもそういうハーレム願望あるでしょ?」
「うぇっ!?」
「和士、あるのですか……?」
軽蔑と絶望と悲嘆の感情をぐるぐる混ぜた目で恐る恐るこちらを見られ、思わず反論。
「あー! 美銀! 違うよ誤解しないで! 椿が言ってるのは本能的な側面であって、浮気するつもりでいるとかじゃなくてちやほやされたい程度のお話でしてね!?」
「あの……あの……私の娘でハーレムではだめですか……?」
「ちょちょちょそれはヤバいって! 業がっ、闇が深すぎる! 見せたらいけない暗黒面出ちゃってるから正気に戻って!」
「いいです、大丈夫、私はあなたの希望はいくらでも叶えてみせます……たとえ私の心が壊れても……」
「病まないで! ヘラるな! 君は強い女の子だろう!?」
「固すぎる石は割れやすいのです」
「僕が直すから! ちゃんと接着してまたもう一度矯正するから投げ出さないで!」
椿がため息をついて、「二人がいると話が逸れに逸れるよな」と愚痴をこぼしたことで、何かを言いたかったことを察して僕は一度美銀との会話を止めて、尋ねる。
「えと……けどなんで重婚の話?」
「いや、んー」
視線をそらし、目が泳いでいる。
心なしか、頬も赤く染まっているように見えるし、だぼだぼの病衣をいじらしく触っている姿から恥ずかしそうにしていることがわかる。
なぜ、と思うほど鈍いわけではない。
僕に向かって、ハーレムだとか一夫多妻制の話を振ってきた時点で、察しろと言っていたようなものだ。
「……椿」
「なにさ」
「出来すぎだよ、こんな話。僕は瀬音椿に、告白したけど振られたんだよ? 君は僕の理想を叶えてくれる人格なのかもしれないけど、そんな彼女が好きだったわけじゃない」
「知ってるさ」
「じゃあなんで、分かっててそんなことを言うのさ。本物の瀬音椿なら、『御船和士を好き』だなんて言うわけがない。あの人は、好意を匂わせもしない」
あの、生前の瀬音椿は。
たとえ本当に心の奥底で、僕を好意的に思っていたとしても、『これから死ぬ私に引きずられたらいけない』と考える。そしていとも簡単に、自分の想いと恋心に嘘をつき、偽ることができる人間だ。
残されて、そのあとも生きていく僕のことを第一に考え、憂いも躊躇いも残さないように行動できる、およそ人間らしくない価値観の天秤を持つ、狂った少女だ。
あの精神性こそが、憧憬の対象だった。
僕が惚れたのは、椿の在り方であって瀬音椿という少女ではない。それを知ったのは、美銀を好きになってからではあったが。
だから、目の前にいる別人格で二次創作の同人版瀬音椿は、どこか人間らしい。
恋する乙女で、誰かを守ろうとする優しき少女で、僕に甘い。
「僕は、君のようになりたかった。けど、なりたいと思ってなれたなら苦労はしない。だから、部分的に借りようと考えた。それがだめだった。その詰めの甘さが君のような中途半端な存在を生み出してしまった」
「御船君、あたしは君の後ろから世界を見ているだけで満足しているんだよ?」
断ち切るように、僕の言葉を遮るように椿は言う。
「好きな人の後ろで、ただぼーっと空気みたいな存在のまま、白刃ちゃんと微笑ましい生活を送っている姿を見るだけで、満たされてるのさ。だから、そんなのけ者みたいな扱いをしないでよ。寂しい」
「寂しくても、だめだよ」
君は、居続けたらだめな存在だ。
僕のためにもならないし、何より椿自身を傷つける。
「女のわがままを聞けないの?」
「僕は誰のわがままでも聞けるほど器量は大きくないよ」
そういって、やにわに僕は美銀の方を向いて彼女の細い腰に手を回した。




