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クールな白刃さんはデレで殺す  作者: アオカラ
第三章 死が二人を別つとも
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第80話


「へっ、あ、和士?」


 腰に伸ばした手をそのまま、撫でるようにさすると、美銀は艶めかしい声をあげる。


「はっ……ひっ……ちょ、ちょっとなにを……」

「椿、これをこれから毎日見せつけられるわけだよ。耐えられるの?」

「……眼福に決まってるよ」


 ふーん。

 こちらを見ることもできずに、眉をひそめているその表情から放たれた感想には思えないな。

 この感覚も結構久々かもしれない。瀬音椿が持つ、経験則の力が今この夢の中では使える。


「ねえ美銀。僕のことどれくらい好き?」

「え、いっいきなりなんですか……?」

「僕はね、婚約指輪をきっちり用意して、僕が不慮の事故で死んだときはそれを売ってお金にして、君に生きてほしいっていうぐらい大事だし、好きだし、愛してるよ」

「あ、え! あいっ、ええ!?」

「見てみろよ椿、デレるとこんなに可愛いんだぜ、美銀は」

「……知ってるさ」


 当然だ。

 僕の中でずっと見てきたのだろうから。

 白刃美銀という女の子が持つギャップ萌えに、これまで何度殺されかけたか分からない。


 腰に手を回して、体が密着している美銀は顔を真っ赤にしてぱくぱくと口を開閉していた。何か言いたいようだが、僕が攻めに回った興奮と驚きでそれどころではないようだ。

 うーむ、美銀の恥ずかしがっている姿がこうまで可愛く愛おしく感じるのは、きっと僕の根っこがドSだからだろうな。


 酸素を欲しがる金魚のような口を開け閉めしている彼女を見て、僕は良いことを思いついた。

 欲しがっているなら、あげればいい。


「んむぅっ!?」


 声にならないというより、僕の唇で塞いでしまったせいで言語が上手く形成されなかったうめき声といった感じだった。

 美銀の手が抗議するようにぺちぺちと僕の胸板とふくらはぎをたたいてくる。

 キスするときは自然と目を瞑ることが多いが、今は隣に椿がいる状況のため、ムードに浸ることもできず、抵抗のこもった強いまなざしが僕を睨む。


 そんなつれない美銀に対し、僕は盲愛で情熱的な目で彼女を愛し返す。


 くらり――と。

 僕の熱烈な視線に耐えきれなかったのか、後ろに倒れそうになった美銀の背中にすぐ手を伸ばし、抱き合う状態になる。


「へ、へぇ……えらく見せつけてくるじゃん……」


 先ほどまで視線をそらしていた椿が、上辺は興味なさげな態度をしながらちらちらと僕らを見ていた。おませな年ごろだな。

 ぷはっと、水面に出て酸素を取り入れる海生哺乳類のように、僕は美銀の唇から離れた。


「危ない危ない、彼女を失神させてしまうところだったよ」

「それ、酸素不足じゃなくて性的興奮で気絶しかかってるよ? ほら、白目剥きかけてない? 女の子にさせていい顔じゃないよ」

「そうだね、けど大丈夫。これ含めて美銀は楽しんでるところあるから」

「マジかよ、白刃ちゃん性癖えぐすぎない?」

「それには同意」


 ホント、セーブさせないとこれからが心配なのは、むしろ美銀の方じゃないかと。

 まあ人生単位で付き合いたいと思ってるから、覚悟は決まっているのだけど。


 美銀はあまりにも刺激が強かったのか本当に気絶し、すやすやと眠り始めた。そんな彼女が倒れないように椅子へ座らせる。

 そして、この場に意識をもって存在しているのは僕と椿だけになる。


 二人きりだ。


「んでさ、椿」

「……なによ」

「僕の意志は、伝わったでしょ?」


 もっとも。

 僕は椿の考えを読みづらいのだが、椿は違う。

 何を考えているか、何を思っているのかはほとんど見抜かれている。

 だから僕の意志を言うまでもないが、言わなければならない。


「僕は、椿を好きにはなれない」


 本当は、言いたくない。

 それでも、伝えなければならない。

 お断りどころか、この先永久に椿と向き合うことはできないと。


 彼女の顔は、静かな怒りに燃えていた。


「別にいいよ、御船君があたしを好きじゃなくても、あたしは好きなままでいても良いでしょ?」

「だめだよ」

「……御船君、人の恋路に口出しするのか?」

「うん」

「ふざけるなよ」

「ふざけてない。本気だよ」


 まっすぐ、彼女の燃えるような怒りと向き合う。

 恐ろしい気迫だった。他人からこんな本気の怒気を向けられたことなど、ただの一度もない。

 敵意が剥き出しで、それだけ彼女を怒らせてしまったことがわかる。


「椿、はっきり言うよ。君が僕の中に居続けるのは迷惑だ」

「お前、これまで貸してやった恩を仇で返すんだな」

「無理やり貸し付けてきたものにまで、感謝する筋合いはない」

「それがなかったらどこで倒れてたかもわからない軟弱な男の癖によく言うよなぁ?」

「それで倒れてたならそこまでだよ。僕は死んで当然だ。君に頼るまでもなく、自殺でもしてたと思うよ」


 君から借りたのは、ただの盾だ。

 間違っても、本物の瀬音椿が持っていたように最強ではない。

 僕の中から生まれた存在が、彼女に敵う精神性を持っているわけがない。

 よく似せただけで、公式なんかには届かない、ただのレプリカだ。


「あたしがあれだけ尽くしたっていうのに、それを御船君は『ありがた迷惑』だって言いたいわけ?」

「当然だよ。君の図々しい性格が僕の行動ににじみ出ていたのなら、君なんか居ない方がいいって思うに決まってるだろ?」


 ぷちん、と。

 その言葉が、彼女のなかにある怒りのボルテージを限界まで引き上げたのか、ベッドの上で座っていた椿は握りこぶしを作って僕に飛び掛ってきた。

 それを、難なく両手で彼女の細い腕を掴み、止める。


 お互いの息がかかる至近距離で睨み合い、怒号が飛んでくる。


「ふざけんじゃねえ! あんたが好きだからやってやったことを、居ない方がいいだと!?」

「地獄への道は善意で舗装されているものだよ? 君の善意が、僕にとって悪意だっただけさ」


 今度は右足の蹴りが飛んでくるのが見える。

 自分の左足を膝上まで持ち上げ、脇腹に直撃するのを防ぐ。

 ばしんっ! と、およそ少女の足から繰り出されないような衝撃音が病室に鳴り響く。

 眼前で般若のような顔つきになっている椿は、憤怒の表情のまま、目じりから涙を流し始める。


「なんで……なんでッ! あたしの方が! 御船君を支え続けてきたのに! 白刃ちゃんなんか、たった数か月話しただけで! あたしは、一年以上前から御船君を守っているんだよ!?」

「それは、結果を見たら明らかでしょ? 美銀の方が優れていただけだよ。君が一年使って百点を積み上げたのだとしたら、美銀は数か月で百万点積み上げたんだよ。君の努力不足だよ」

「はあっ!?」


 積み上げた結果を否定し、心をずたずたに引き裂く。

 君の努力は無駄だった。誰も求めていない偽善をこなし続けた。

 誰にも求められない存在で、存在意義すらない。


「君の存在は、僕にとってマイナスだ。いてほしくないんだよ。たとえ好きでいてくれても、愛されていても、その行動すべてが僕の生き方をいちいち邪魔してくるんだよ」

「あ……なん……なんでっ……」

「話を聞いてくれてた? アドバイス? 心の拠り所? うぬぼれないでほしい。君がいなくても、僕はできていたよ」

「……み、御船、くん……」

「君がいたから、君がやっていただけ。君以上の仕事をできる人は、僕の身の回りにたくさんいた。けど君が僕に『閉じこもってもいい』って悪魔の誘惑をしたから、僕は中学三年目の一年間、ずっと引きこもってしまった」

「それはっ……! あの時、椿を失くしたショックを和らげて少しでも生きていてほしくて……!」

「ただの言い訳だね。僕の興味を引きたいために、楽な道を囁いて僕の心をおとしいれただけだよ。その行動は決して、僕のためなんかじゃない」


 椿の顔から怒の感情はみるみる消えていき、目の前でさめざめとした哀の顔色になっていく。

 溢れていた涙が僕の膝元に落ちてくるほど、泣き始めた。


「……ひっ、ひぐ……なんで、そんなこと言われないといけないの……」

「勘違いしているからだよ。間違いを正さないと、本当の意味で理解してくれないでしょ? また君にとって都合の良い思い込みで、僕の前に現れてほしくないんだよ」


 再発防止。

 予後治療。

 僕の心に巣食っている癌は、徹底的に排除しないといけない。


「み、御船君は……そんなに、あたしのことが嫌いなの……?」

「大っ嫌いだ。君がこの世に居たら悪評不評を広めて社会的に生きていけないようにしたいと考えるぐらいに」


 ぱたりと。

 椿の腕にこもっていた力が抜け、僕が止めなくても牙を向いて来ない状態となった。

 完全に、戦意が喪失している。


「ああ、そうそう。病院に来たなら、お見舞いのお花を用意しないとね」


 そういって僕は、持ってくるお花をイメージした。

 病室に入る前、何のお花を持ってくるのかは自分の希望でいくらでも選べる。

 いつもならライラック、ツバキなどが多い。


 しかし、今日は違う。

 僕がイメージしたのは、「植木鉢に入ったスノードロップ」だ。

 そしてそれは、あっさりと僕の手の上に出てきた。

 ずしりと鉢植えの重い感覚。スノードロップが持つ甘い香りが一瞬漂う、しっかりと生花だ。

 花言葉は、「あなたの死を望みます」


「椿、君ならこれが何を意味するのか分かるよね?」


 彼女は、僕の知識も共有している。

 スノードロップにそういった不穏な花言葉があることも、植木鉢は病人にタブーだということも当然、理解している。


 差し出しているスノードロップを見つめて、椿は言う。


「……御船君」

「なに?」

「最後だけ、ちょっとだけあたしの言葉を聞いてくれない? 未練なく消えるための、みっともないわがままを」


 呆然と精気を失くした薄暗い目で告げる彼女は、死に際である病人のように気力を失っていた。


「……いいよ」


 死刑囚には、遺書を書く時間と最後の晩餐というのがあるらしい。

 その程度なら、聞いても罰は当たらない。

 僕は一度スノードロップをサイドテーブルに置いて、姿勢を整えて椿と向きあう。


「御船君。あたしが、本当の本当に心の底から君を好きだったことは、嘘じゃない。卑屈で、皮肉屋で、常に他人を見下すようないかれた女だけど、それだけは真実です。忘れないでくれたら、嬉しい……かな」


 そう言って、彼女はへにゃりと笑った。

 いつも浮かべていた、不敵で見ているだけで苛立つような笑い方ではなく。

 ただの、少女のように。

 可憐な華のように。

 椿は、涙で頬を濡らしながら、美しく微笑んだ。


「……忘れないよ」


 その一言だけ、返した。

 君のような胸糞が悪くなる人間、ずっと記憶に残り続けるだろうなんて、野暮なことは言わずに。


「……あーあ! クソみたいな男に惚れちゃったよ! 破れ鍋に綴じ蓋になる前に、ここでおさらばできてスッキリだなぁ!」


 椿は強がりながら、ばっさりと言い切った。

 思ってもいない言葉で、気持ちと正反対の嘘を言って、今までの努力を無かったことにするため、わざと強めな言葉で想いを表現した。


 君が。

 僕の生き写しでなければ。


 ()()()()()()()()()()()()()()







「……御船君。男だろ? 貫き通せ、武士道を重んじろ、日和るな。こんなギリギリで折れたら、君はずっと折れ続けるよ」

「椿っ……」

「それ、とって」


 彼女は、スノードロップの植木鉢を指さした。


「がんばれ。ここまで来たんだ。最後の一歩ぐらい、誰かに背中を押されなくても君が踏み出せる」


 何も、声を発することはできなかった。

 今、口を開けばきっと僕は手のひらを返したようにただひたすら謝ってしまう。

 それをしたら、ここまで彼女を罵倒した意味が無くなってしまう。

 わざと口を荒くして、自分の心に嘘をついて、やっと切り離せる準備が整ったんだ。


 負けては、だめなんだ。

 弱音を言うことすらいけない。


「ほら、御船君」


 椿は、手を伸ばして僕の持つスノードロップを受け取る態勢になる。

 赤くなった目で微笑みながらこちらを見る彼女は、華のように美しく、昔憧れた椿の面影をしていた。


「よくやったな。君は、瀬音椿を間違いなく超えたよ」


 その言葉は。

 ためらう僕の背中を押したわけではなく。

 ゴールテープの先から、引っ張ってくれたように。

 手にあったスノードロップを、吸い取ってしまった。


 真っ白だった病室が黒く染まり、世界が粉々に崩れていく。

 四角いブロックがごろごろと雪崩のようにあたりを取り囲み、椿の体も少しずつ漆黒に染まり、体のパーツがぼろぼろと零れ落ちて、ベッドの上に黒い水溜まりを生み出し始める。


「つばき!」

「御船君、君は君の後ろにいた人ではなく、隣にいる人を守れ。あたしの方に白刃ちゃんを連れてくるなよ。処女を奪うからな」


 崩落していく夢の中で、ただいつも通り、椿らしく、卑屈な注意喚起を放った。

 ごとん、と椅子から人間の体が落ちる音が聞こえる。

 美銀が意識のないまま、世界の崩壊にのまれそうだった。


「っ、美銀!」


 駆け寄って、彼女を両腕で抱きとめる。

 こんな状況なのに、すーすーと気持ちよさそうに眠っている。

 僕が、守らなければ。


「そうそう、それで良いのさ。ちゃんと守ってあげなよ、君が鍛え上げた最強の盾でさ」


 黒く、黒く、真っ黒に世界が染まる。

 浮き出てくる重油のように真っ黒な液体は、僕の周りには近寄らなかった。



 ――依頼、完了だね。



 その独り言は、誰が発したのかも分からないほど曖昧で朧気な声で。

 けれど、とても嬉しそうな声であったことが、なおさら僕の罪悪感を刺激したというのに。

 

 椿が僕の意図を理解していてくれたことだけが、一番大きかった。

 ただ単純に、僕が瀬音椿の狂人のような在り方を真似しただけなら、精神が自滅しただろう。

 それ故に、彼女は最後の最期で僕に喝を入れてくれた。


 心残りを一つも残さず、あと腐れも消しきって、彼女はきれいさっぱり僕の中から消滅した。



 君の真似は、つらいな。


ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます。


次回、最終話「COOLOVE」です。

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