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クールな白刃さんはデレで殺す  作者: アオカラ
第三章 死が二人を別つとも
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第76話 血脈


 蓮の腕にしがみつき、歩く支えにしながらドアを開き、アマリリスの入店ベルを鳴らす。

 気付いて入口まで出てきたユリが、私を見た途端血相を変え、泣きそうな表情でばたばたと近づいてきた。


「いろは!? あなたっ、なんで外に出てるの!?」

「適度な日光浴はストレス解消に良いんだよ」


 言い訳にしてはちょっと弱いか。

 まあ、外に出られるのもほぼ最後な気はするし、やっぱりここには来ておきたいよね。

 見届ける責任ってのがあるんだから。


「蓮、ありがとう。一時間ほど、和士のことよろしくね」

「分かった。何かあったらすぐ電話してくれよ」

「だいじょぶ、自分の事はきちんと理解してるつもり」


 そう言ってがっしりと力強く支えてくれていた旦那の手から離れ、私は店内へ進んだ。

 後ろでユリと蓮が示し合わせるようにひそひそと話している。おそらく「何かあったら連絡します」と言っているんだろう。


 難産ではあったが、和士が生まれてきてくれただけで十分。

 それでも、刻一刻と余命が近づいてきている。

 紅茶もコーヒーも、衰弱した身体は受け付けない。

 氷水ですら、冷たさでひどい頭痛に襲われるぐらい。

 ユリに注文したのは、『いつもの』ではなく白湯だった。


「はー、あったまる」

「点滴生活で、何も食べられないあなたがここに来るなんて……」

「なにさ、無駄って言うの? ユリさ、このお店の名前を忘れたとは言わせないよ。あたしが死んでも残し続けてもらうんだからさ」


 ――みんなが楽しくおしゃべりできるカフェがあったら良いよね!


 雪乃が高校生の頃に言った思いつきの戯言に、ここまで付き合ってやったんだから感謝して欲しいぐらいだ。

 まんま、ひねりもない「おしゃべり」って花言葉を持つアマリリスをチョイスして、トントン拍子でお店を作りあげたユリはやり手だよ、ホント。


「雪乃は元気にしてる?」

「……お店には来てるけど、あまり元気ではないわ」

「そっか。ユリからじゃないと彼女の近況を聞けないから助かるよ」



 ――どうしてっ! 難産になるって分かりきってたのに無理したの!?

 ――あなたが死んだら、意味ないじゃない!

 ――残される旦那さんと、和士君のことを考えたの!?


 うるせえやつだな。

 身籠った子供を流す気になるかってんだ。


 大喧嘩をしてから、雪乃と連絡は取れていない。

 その言い合いが一年前で、あれ以来顔も見れてないな。

 寂しいが、まあ喧嘩別れなんて世の中にはありふれているし仕方ない。


「ユリ」

「ん?」

「雪乃のためにも、この店はどうにか残してやってほしい」

「……そんな吹けば倒れそうな状態になっても、誰かの幸せを願うのね」

「はっ、そんな高尚な言い方はやめて。身内の未来のためだよ」

「……どういうこと?」


 不思議そうに首を傾げ、私を見つめるユリ。

 説明しようとしたが、口を開いてもうまく声がでない。

 喋る気力が、さらさらと砂のように流れ落ちる。


 おしゃべりすら、もう無理か。


「……ここは、思い出の場所だから。残っていて欲しいの」


 ただそれだけしか、言えなかった。

 蓮のためとか、雪乃のためとか、ユリのためとか。


 でもそれ以上に。

 ここには、なんとなく私達の知る誰かが足しげく通う気がしている。

 数奇な巡り合わせで、誰かと誰かが繋がる。


 その時まで、どうにか形は崩れず残り続けていてほしい。


「ユリ、ごめん」


 親友の仲を裂いてしまって。


「何よ、どうしたの急に謝るなんて。いろはらしくないわ?」

「うん、ごめんな」


 面倒で損な役回りをさせてしまって。


「何でそんな悲しそうな顔をしてるのよ。ほら、もっとにやりって、不敵に笑ってよ」


 ああ、笑える気力も無くなってごめんな。


「……いろは? いろはっ! 起きていろは!」


 大の女を泣かせちゃったな。

 はは、もうこの体だと責任取れねえなぁ。



 * * * * *



 目が覚めた。

 いつ以来だろう。

 何時だろう。

 何日だろう。


 あ、まだ生きてるじゃん私。

 よし、手紙書けるな。前書いたのは九十五歳だったから、次は和士と蓮の百歳を書いてやらないと。


「あ、え、いろは……?」


 ん、名前を呼ばれたな。

 けど蓮の声じゃないな。女の声で、大人で、でもユリじゃないし。

 もっと甘ったるい、甘えたがりなほにゃほにゃとした女っぽい。

 知り合いにそういう奴は一人いるけど、絶縁したはずなんだよなぁ。


「お、起きたの……!」

「かっ……こほっ、ゆ……き……の」


 結構長いこと寝込んでた所為で、口が回らないなぁ。

 おしゃべりな女に付き合うのは無理そうだ。


「む、無理しないで! 大丈夫だから!」


 せき込んだ私を案じて近づき、背中をさすられる。

 私はほとんど骨と皮だけになった腕を持ち上げて、彼女へ椅子に座るよう促す。


「す、座って良いの……?」


 こくんと頷き、手で何かを書くようなジェスチャーをしてみせる。


「筆談ね! 分かった!」


 意外と察しが良い女であることは、昔から分かっていた。

 元ではあるが、親友をやってて良かったって思う瞬間だ。


 メモとペンを渡され、早速書き始めてそれを順番に見せていく。



 ――二人目の予定は?


「早速なかなかな質問するわね!? ないわよ!」


 ――なんでよ


「いや、旦那が海外で単身赴任してるしさ……手に負えないというより、父親があんまり居ないって二人目が可哀想じゃない」


 ――美銀ちゃんは元気?


「元気元気。もう本当に可愛いったらありゃしない。普段は落ち着いてるんだけど、たまーに見てるこっちがびっくりするぐらい楽しそうにはしゃぐの! 多分あれは旦那の血を強く継いでるわ」


 ――あんたも十分可愛い


「え、なに怖い。私、百合は見る分には好きだけど実践は難しそうなのよね」


 ――英才教育はほどほどにな


「えーなんのことー? アニメとか漫画は目をキラキラさせながら見てるわよー?」


 ――BL系は隠しておけ


「あの子、ちょっと勘が鋭くてさ……。隠そうとしたものを掘り起こすのよね、誰に似たのか……」


 ――この紙は鏡だ


「………え、私? あれ私に似たの? あっ、ちょっと嬉しい」


 ――勘の良さを褒めてやりな、きっと伸びるよ


「そ、そうかな? じゃあそうしちゃおっかな……ふふっ」




 本当に、他愛ない話を数分した。

 喧嘩別れする前の、アマリリスでいつもしていたようなおしゃべりを。

 傍から見れば、雪乃が一方的に喋っているように見える筆談。


 でも、私はちゃんと聞いている。

 これまでも、雪乃の言葉はしっかりと聞いていた。


 なのに。

 ただひたすら喋ってくれる雪乃に、相槌も返せないのが、こんなに辛いなんて。

 当たり前の日常が、できなくなるなんて。


「えっ!? ちょ、どうしたのいろは!」


 涙が溢れていた。

 かすれた口の所為で声を上げて泣くこともできず、ただ涙だけぽろぽろと零れてくる。


「な、なにを泣いてるのよっ、あなたそんな人じゃないでしょう? なんというか、死ぬ事も受け入れちゃうような強い人が、どうしてそんな哀しそうに泣くのよ……?」


 書き記した。

 今の想いを、メモに書き写した。


 ――死ぬことが怖いんじゃない。忘れられるのが怖い。あなた、蓮、ユリ、そして和士に忘れられるのが。いつか記憶の外に出て行ってしまうのが、どうしようもなく怖い。

 当たり前の日常が過ごせなくなって、残せる物を残してる今も、いつか忘れられたらなんて思うと、怖い。


 思いのまま書き殴った文を見て、目の前にいる雪乃の目の色が変わった。

 何かを決意したような。何かを決断したような。

 心の底で覚悟を決めたがごとく、普段のほわほわとした雰囲気が切り替わり、強くはっきりとした目で私を見ながら、言う。


「……忘れない。私が、いろはを忘れない」


 雪乃は、言いながらそっと顔を近づけてきた。

 私が酸素マスクを付けているからそれが邪魔になり、額と額がぶつかる。

 至近距離で目が合い、お互いの腹の底を覗けているような気がした。


「誓うわ。あなたのことは、度々身内で話題に上げて、私の記憶にこびりつける。私が死なない限り、あなたはずっと残り続ける。約束する」


 瞳の奥を覗き合う。

 口で喋れないなら、目で語り合おうと言っているように見える。

 おしゃべり好きがここまで来たら、もうそれは別の才能とも言えそうだ。


 無遠慮で、無鉄砲で、無思慮な雪乃の宣言。

 そんな彼女だからこそ、根拠のないことを幾らでも言ってきた彼女だからこそ、私は安心してしまった。

 こいつが言うなら、そうなのだろうと。

 無自覚に、そう信じ込んでしまった。


 ――ごめんね


「……違うでしょ。もっと、適した言葉があるわ。今さら素直じゃないところを直せなんて言うのもおかしいかもしれないけど! もっと言ってほしい言葉があるってことは分かってるでしょ!」


 ――死んでも愛してる


「……ふん。もっと素直に言えばいいのよ。そんな気障な言い方しなくてもさ……ねぇいろは」


 眠いな。

 ペンを持つ手に力が入らない。

 目の前にいる雪乃の顔がぼやける。


「っ……。おやすみいろは、良い夢を見てね……」


 ――その言葉は、いろはが直接言いたかった人に、必ず託すから。


 薄れゆく意識の最中、最後に捉えた彼女の目がそう語っていた。

 おしゃべりな親友に、私は心を救われた。

いつもお読みいただきありがとうございます。






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次回「母の遺志」です。

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