第75話 死んでも愛してる
チリンチリン――と軽快で小さな心地よいベル音が、私を迎え入れる。
「あー、五分遅刻ー?」
そう言ってカウンター席からこちらを恨めしそうに見つめるのは、二人いる親友の片割れである白刃雪乃。
「相変わらず遅刻癖はなおらないのねー、いろは?」
「ごめん、申し訳ない、謝る、すまない、土下座したる」
「そこまで言ってないって、ごめんって……なんで私が謝る流れになるかなぁ!?」
「ははん、弱気なのがいけないのよ。私並みに図々しくなりな」
むきー! と分かりやすいジェスチャーで自分の怒りを表現する雪乃は、昔から相変わらずといった感じだ。今年結婚したはずだけど、お茶目で表情豊かな性格はまだ落ち着かないようだ。
「いろは、いらっしゃいませ。いつもので良いの?」
「うん、サービスしといてねユリ」
「はいはい」
困ったように笑って私の冗談を受け流すのは、この喫茶店「アマリリス」の店長であり、もう一人の親友であるユリだ。
雪乃の居る席に座ると、彼女はずいと身を乗り出して尋ねてくる。
「ねぇいろは! この前の生け花コンクールで入賞してたよね!」
「あれ、よく知ってるね。特に言わなかったはずだけど」
「あの活け方を見たら一発で分かったわ! いろはのお花大好きだもの!」
「嬉しいこと言ってくれるファンが居て私は幸せ者だねぇ」
きらきらと目を輝かせながら入賞した作品の感想を楽しそうに語る雪乃を見て、私は喜びをできるだけ顔に出さないようにしながら、聞き手に回る。
片方が捲し立てて喋っている状況に助け舟を出すように、ユリがおしぼりと水を持ってきた。
「はいはい、おしゃべりは良いけど雪乃はもう少し相手を見ないとね」
「あっ、ご、ごめんねいろは……私また一人でうるさかったよね……?」
うるうると泣きそうになってる姿を見て、悪戯心が沸き立つ。
「雪乃が私の分も喋ってくれるなら楽でいいんだけどね」
「そっか! じゃあたくさん喋るね……ってぇ! それ遠回しに会話にウンザリしてるって言ってるようなものじゃん!」
「あはは」
「愛想笑いで返されたのがなおさら傷つく!」
他愛ないやりとりも、いつものことだ。
おしぼりで手を拭こうとした時、ふわりと鼻腔に届いた香りに気付いた。
「あれ、なんかこのおしぼり、花の香りしてるね」
「さすが、気付いてくれましたか」
ユリはちょっとした仕掛けが成功したように、にやにやと笑っていた。
「ふーん、試み自体は良いね」
「その言い方トゲあるわね……。まあ何か思うところあるなら参考にしたいから言ってくれますか? いろは大先生?」
「そうだそうだ! お店の名前も看板のデザインも携わったいろはには責任があるよ!」
便乗するように、というかユリと一緒に攻められるタイミングだと意気込んで雪乃が言う。
アマリリスという店名も、アマリリスの看板デザインも仕事として引き受けたなら、そのお店がどういう商売をしていくか見届ける責任がある……かなぁ?
「これ、ラベンダーでしょ。良い香りではあるけどアマリリスの店風には合わないかもしれないね」
「へえ、どうして?」
「リラックス効果が強いんだよね。おしゃべりする前に気分が落ち着いちゃうかもしれない」
ふむふむ――とユリは熱心にメモを取りながら私の説明を聞き続けた。
横から話を聞いてるだけだった雪乃が、うずうずしている。
「ねー二人とも、私だけひまだよー」
「おしゃべりできないと死ぬのかあんたは」
「できなくなったら死にたくなるかも」
テーブルに突っ伏してコップから滴る水滴を目で追っている雪乃は、本当に死ぬ寸前かと勘違いしてしまうほど暗い目をしている。
「参加したいならそれ相応のネタを用意しないとね」
「うーん……私はお花ぐらいしかよく分からないし……」
「ねえいろは、もしおしぼりに使うならどんな香りが良いのかしら?」
ユリが悶々と首を傾げている雪乃に構わず続けて聞いてくる。
私も大概だけど、雪乃の扱いが雑だよな。
ちょっとだけ同情したので、今度はこちらが助け舟を差し向ける。
「あー……それこそ雪乃にでも聞いたら? 旦那さんたしか和食屋やってるんでしょ? 食に関することはそっちの方が専門家だと思うよ」
「そういえばそうだったわね」
私とユリの視線が雪乃に集まる。
「えっ? わ、分かった! 旦那に聞いておく! 」
びしっと手を額に当てて敬礼する雪乃を見て私とユリは吹き出し「な、なんで笑うのぉ~!」と困り顔をする雪乃。
こんなやり取りを繰り返すのが、私たち。
いつまでもこの優しい雰囲気が続いてほしいと願う、河原雀高校出身のよき親友。
この頃は、これが当たり前だと思っていた。
ずっと続くと、信じきっていた。
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次回「血脈」です。




