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クールな白刃さんはデレで殺す  作者: アオカラ
第三章 死が二人を別つとも
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第74話 真心


 八月二十八日。

 時刻は午後六時二十二分。


 電車を降りるまでは調子良く話していた美銀が、蓮の前に立った瞬間「はじめまして、お父様」と言いながらポーカーフェイスになったのを見逃さなかった。

 彼氏の父親と対面して普通に緊張しているらしい。はっは、僕と同じ気分を味わいたまえ。


「初めまして、御船蓮と言います。遠くまでわざわざありがとうございます、美銀さん」


 深々と、美銀にも劣らない粛々とした所作で頭を下げた。さすが華道を征く男。



 挨拶だけ済ませたら手早く車に荷物を積んで出発。

 何かしら話題になるものがあるかと思案していたが、意外なことに話を切り出したのは美銀だった。


「お父様」

「うん? どうかした美銀さん」

「お母様のこと、聞いてもよろしいでしょうか」


 開口一番のそれに、運転していた蓮はバックミラー越しに美銀を覗き込む。

 彼の瞳に大宇宙が広がっているのか勘違いするほど、目がキラキラしていた。


「えっ、なになに! 何でも聞いて! いくらでも話すよ!」


 良い男が台無しだ……。

 華を活けてる時や平常時は冷静沈着といった言葉が似合う渋い姿で尊敬してるのに、母さんのことになるとすぐこれだ……恥ずかしい。


「どんな方でした?」

「深い質問だ。彼女の事を言い表すとなれば言葉はいくつあっても足りないのだが、ただ一言であっさり表現できるほど突出した魅力のある人だった」

「ふむ、どういった魅力ですか?」

「とっても簡単、『可愛い』だ」


 んー。

 今、『あほらしい』って内心思ったんだけどさ。

 僕も美銀に対して、似たような想いを持っているからツッコみづらいんだよな。

 刺さることが分かってるブーメランは投げたくないよね……。


「亡くなられても、お母様のことを愛しているのですね。深い愛です」

「ははは! 美銀さん、実は違うんだ」


 蓮は懐古に浸っているのか、寂しそうなのにどこか嬉しそうな顔をしつつ、記憶を語りはじめる。


「僕じゃなくて、母さんの愛情が深いんだ」

「……そうなのですか?」

「うん。和士を産んでから体を壊してしまって、長く生きられないって分かっていたんだ。病院の先生から余命宣告をもらったあと、僕は本当に後追い自殺すら考えたよ。その予定を当の本人に向かって相談するぐらいにね」


 これから死ぬ人間の前で、この先も生き続けられる人間が死を望んでいることを言われたら、普通ぶち切れるよ――と母さんから静かに言われたそうだ。


「その時初めて、僕は母さんから拳骨をもらった。『こらー!』とか、『ふざけないで!』とか叫ぶこともせず、無言でね。いや、力は本気だったけどね? その時のたん瘤まだ残ってるよ」


 そんな話は、僕ですら初耳だった。


「んでそのまま気を失ったんだけどさ。起きたら隣で黙々と手紙を書いてる母さんが居たんだ」


 何してるの? と聞けば、贈り物を書いてると。


「あと一年、二年でも生きられるなら、一生分の手紙ぐらいは書けるって張り切っててさ。そんなことをするより、今僕たちと思い出を作ろうって言ったんだけど、弱ってる身体を外に連れ出してっていうのも無理な話でね。だからまあ、彼女の不自由がない生活を作ることに集中したよ」


 僅かに、おぼろげではあるけれどずっと昔のこと。

 母親の顔を覚えたてな頃、母さんはずっと机に向かっている人だった記憶がある。

 あの時何をしていたのかと言えば、手紙を書いていたのだ。


「最後、本当に亡くなる数日前になると病院のベッドで意識すらない状態でね。お見舞いに行ってもただ花を添えて寝顔を見て帰るだけ。そんな日々が続いていたある日に、一回だけ起きたんだ」


 たったその一度だけ。

 わずか数分だけ。

 けれど、はっきりと意識があったそうだ。




 ――もう本当にこれが最期の寝起きだから、ちゃんと聞いてね蓮。

 私は死ぬけど、私の存在はあなたと和士が生きている限りずっと居る。

 でも和士は私との思い出が少ないから、蓮にお願いしたいの。

 あの子の心に長く居続けたいっていう、母親のわがままを、どうか叶えて下さい。




「任せろ――って言って聞き届けたら、安心したように笑ってまたふわりと眠ったよ。その次の日の朝、本当に亡くなったから驚きだよ。死期まで悟っていたなんてね」


 母さんが遺したのは、僕と蓮に向けた大量の手紙だった。

 何通か数えるのも億劫になるぐらいの紙の山。

 手紙の入った封筒には一つ一つ西暦と日付が書いてあり、その日を迎えたら開けるという方式。


 だが、一つ一つに愛を込めて書いていたからこそ、大量ではあっても、途中から少しずつ頻度が減っていった。

 一か月ごとの周期が、二か月になり、半年になり、一年になり、二年になり。

 それでも、書いた手紙は僕と蓮、どちらも百歳の誕生日を迎える時まで残っている。

 この前開けたのは、丁度一年前の僕の誕生日だ。


 次の手紙を開けられるのは、二年後。


「僕はね、今はもう居ない母さんに今も生かされているんだ。次の手紙を開ける時まで、生きるぞって思えるから。じゃなきゃ、とっくに心が折れてる気がするよ」


 すん。

 涙を啜る声が聞こえて、隣を見ると美銀が悲痛に顔を歪ませながら、泣いていた。ぼろぼろと涙を溢していることにも気付いていないような、静かな泣き方。

 僕はハンカチを取り出し、彼女の目元にあてがう。


「っ……素敵な、お母様です……。話を聞けて、本当に良かったです……」

「あー、ご、ごめんね。重たい話だったね」


 涙声を殺せず、えぐえぐと泣き続ける美銀を見て蓮は申し訳なさそうに謝る。

 しかし、僕も美銀と同じ気持ちではあった。


「父さん、ありがとう」

「え? な、なにがだ?」

「詳しく話してくれたこと。僕からじゃ説明するのも難しかったから」


 今回の旅行は、蓮への紹介と挨拶だけでなく、母親のことを聞きたい――という美銀の希望があったからこそ始まった。


 僕では話せなかった。

 話そうとしても、上手く説明できなかった。

 どこかつっかえて、言うべき言葉が見つからず、声が引っ込んでしまう僕を見て、美銀は優しくなだめてくれた。


 蓮に頼るしかない。

 その決断をしたことで、予定だった旅行が確定した。


「なんだか、すっきりしたよ」


 誰に向けて言いたかったわけでもなく、なぜか独り言がこぼれた。

 口に出したかったのだろうか?


 ハンカチを受け取って、涙を拭き続ける美銀が蓮に向かって聞く。


「あのっ、もうひとつ伺っても良いですか……?」

「うん? 良いよ、いくらでも聞いてくれて」

「人違いだったら、本当にすみません。お母様の名前、いろはさん……ですか?」


 その一言。

 車の中に響いた、涙声で発された名前に。

 僕と蓮は、声を失った。

いつもお読みいただきありがとうございます。



読んでみて「いいね」と思ってもらえたら、ブックマークや★★★★★で応援していただけるととっても嬉しいです。



次回「死んでも愛してる」です。

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