第73話 トラウマとの和解
実家までの道のりに特にこれといったイベントはなかったとあらかじめ言っておきたい。
長時間揺られる電車の中で、美銀がずっと腕を組んでくっついてきていたとか、作ってきたお弁当を「あーん」され続けたことなど。
今の僕らの恋人という関係を考えれば、健全で恋にお熱な学生同士ってだけで、世間一般で見れば特に珍しいことでもない。
むしろ、変化的な話で物事を見れば、美銀がにこにこと笑顔を絶やさず接していたことだろうか。
超デレである。
ツンデレ、ヤンデレ。
そいつらが裸になって焼き土下座して許しを乞おうとするぐらいには、際限なく尽きない愛情のぶつけかた。
屈託のない、あどけない子供の頃のような笑顔で。
その姿は美人ではなく、美少女だ。
少女の心を取り戻した彼女は、焦がれるくらいに魅力的だった。
美銀の、この笑顔こそ求めていたものだ。
無表情で涙を流していたような、冷たい表情をしている人が、少しずつ微笑んでくれるようになって、そんな柔らかい表情をもっと見たいという欲が、僕の行動原理でもあった。
どうやったら笑わせられるか。
ジョークにツッコめば、次第に笑ってくれるようになるか。
それとも、もっと心が動くような出来事が、ドラマがあれば否が応でも顔は動くか。
しかしまあ、今改めて思い返してみると美銀の表情が動いている時って、大抵僕が何かしらをやらかしている時が多い気がする。
……うん、恥ずかしくなるような事を言ったりした時、概ね彼女は笑ってくれてた気がする。嘲笑されてる場面も少なからずあった気もするけど、感情は動いてるな。
となれば。
不本意ではあるが、僕は甘んじてその役割を受け入れよう。
彼女の心を動かすため、卑屈な道化のスタンスを持ち続けて、彼女の笑顔と幸せを守りきる。
僕は、僕のネガティブで卑屈でマイナス思考の脳みそが大嫌いだけど。
そいつが誰かではなく、美銀の幸せを作る手助けをしてくれているのなら、上手く利用しながら付き合っていけば良いと考えてしまおう。
他ならぬ、美銀が「自分を大切にしなさい」と口酸っぱく言ってくるのだ。
僕自身を愛することはできないけど、僕の在り方は尊敬してやる。
ずっと嫌いだった考え方を、それも一つの個性であると受け入れ、振り回されない丁度いいバランスで一緒に寄り添う。
……がんばろう。
心の中で決断しても、そのままスイッチを押すように思考回路が切り替わることはない。
けれど。
今すぐは無理でも、これまで美銀が悪癖を矯正してきてくれて、少しずつ改善したんだ。
きっとできるさ。
「起きて下さい和士、降りますよ?」
組まれたままの腕を揺すられ、僕は起こされた。
「んぁ、あれ? もう着いた?」
「はい。ぐっすりでしたね」
電車の車掌が落ち着いたトーンで、実家の最寄り駅をアナウンスしている。
窓の外を見ると、懐かしい景色が広がっている。たった四か月程度離れただけなのに、どこか安心する。
「良い夢でも見てました?」
「へ、なんで?」
「普段の寝苦しそうな時より、とても安らかな寝顔だったので」
僕の顔をずっと見てたのだろうか。
というか、いつごろ眠ったのかも覚えていない。お昼ごはんを食べた後だろうか?
「まさかさ、眠くなるような物を混ぜてたりしないよね?」
「いや、朝一緒に作ったじゃないですか……。私も食べたのですから、もしそうなら一緒にぐっすりですよ?」
「ほら、美銀って毒耐性高そうじゃん?」
「えーっと、うーん……あっ、毒持ちだから?」
「おお、今のボケよく気付いたね」
美銀はため息をついて、呆れたように笑う。
「憶えてますよ。ピンク色のアマリリスが似合うって言われた時は『この人無自覚にプロポーズまがいのことをして、ところ構わず女を勘違いさせるイケメン』って思いましたもの」
「そーっくりそのまま、性別を反転させて美銀にも言いたいね。これから夏休みも終わって学校始まるけど、僕の女だってこと忘れない立ち回りをしてくださいよ?」
電車のスピードがゆっくりとなり、駅に近づいている。
網棚に置いたキャリーケースを下ろしながら、ドアに向かうが何故か美銀が付いて来ないことを不思議に思い、振り返る。
まあ。
なんでかは予想付いてるんだけどさ。
「ふふ、うふふ」
座ったまま口元を覆い隠し、目じりを垂れ下げながら笑う彼女はもうホント、ただの美少女だ。
いやー、これがちょっと前まではかちこちの氷人形だったっていうのが、なんとも自尊心を埋めてくれるよね。
僕がやったんだぜ、みたいな。
「おーい、行きますよー」
「あ、はい!」
彼女を自分の世界から呼び戻し、手を繋ぐ。
握り返してきたと思ったら、美銀が思い出したように言う。
「けど、学校での立ち回りについては和士も十分注意してくださいよ?」
「え? なんでさ」
「まあ、自覚がないから主人公なんですよね。あなた、普通に女子のターゲットになってますからね?」
「……僕がぁ?」
またまたそんなご冗談を。
しかし彼女は至って真剣だった。
「私と眠り姫が近くに居るから、あまり接する機会がないだけで『良いな』と思っている女子は多いのです」
「うーん、信じられない」
「和士がそこまで人脈を広げてないですから、進展がないだけですよ。家庭科部なんか、きっとカズ君が居なかったら和士の天下でしたよ」
「あはは、それは当然だね。カズは誰にでもモテモテだもん」
「……いえ、違います」
ん?
「家庭科部は、闇鍋です。色んな属性と物質と概念が混ざり合う、混沌の世界です」
「やみ? こんとん?」
「カズ君と和士は、腐女子にウケてます」
「聞きたくなかったぁ!」
一生知りたくなかったかもしれないレベル!
やばい、次部室に顔を出すの怖い!
カズの居る登山部に逃げようかな!?
ってだめか! それこそ腐女子の方々の思うつぼじゃん!
「だからといって美術部もハードですからね。避難先は他が良いかもしれません」
「……マンガ部あたりに行こうかな……」
「あら、じゃあ私もそうしましょう。私達が最初に会うかもしれなかったもうひとつの部です」
「え、マンガ部に行こうと思ってたの?」
「候補の中にあったのです。美術、イラスト、マンガ、家庭科と」
「ほー、二つ被ってる」
僕の候補は家庭科部、マンガ部、読書部だ。
もしかすると一緒の部活になる可能性もあったのか。
「ま、和士の部活とは外れるように選んだのですけどね」
「……えっ、何それショック。やっぱり最初の頃は『ずけずけ踏み入ってくる男』って印象だった……?」
「いえいえ逆です。私が一緒の部活に居てしまったら『ストーカーか?』って気持ち悪がられるのが怖かっただけですから」
……なんだか、両者似たような理由だ。
「とにもかくにも、惚れている女が寂しがる真似はしないでくださいよ?」
「寂しそうにしている姿が可愛いからたまにやる」
僕のジョークを聞いた美銀は口角を上げ、目じりを下げて、頬の筋肉を動かし最上級の笑顔を作りながら、言った。
「殺す」
「冗談だって」
言葉の乱暴さを浮かべる表情で覆い隠し、カバーするというこれまでのポーカーフェイス美銀とは真逆の感情表現法。
殺人鬼かな?
まあそれは良いのさ。
僕は彼女の愛情と愛憎が、底もどん底のさらに先にある、その位置から世界の裏側をノックできるぐらい深いことを、よくよく理解しているのだから。
この人になら、地獄の底でも付いていってやるよ。
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次回「真心」です。




