第71話 星は自分の輝きを知らない
今から向かう家は、寄り道というほど大袈裟な道ではない位置にある。
アマリリスなどがあるいつもの河川敷から徒歩五分ほどの場所だ。
しかし、それは人生的な話で言えば寄り道どころか、分岐点になり得る話をつけにいく。
櫻野翔。
盲目の少年。
弱視でロービジョン。白杖をかんかんと鳴らして喜びを奏で、思いを表現する。
筋肉フェチの姉を持つ、小学生にしては落ち着きのある彼と話をするため、僕らは櫻野家まで歩いた。
翔君と美銀は電話番号を交換していたようで、彼に直接「今から大事なお話をしに行っても良いですか」と伝えた。
そして現在、広い武家屋敷の入り口をがっちり守る櫻野家の門前で、僕と美銀は立っている。
「門の前で待ってて」と電話で言われて待機中。
待っている間、隣にいる美銀の服装を改めて見直すと、今までと少しテイストが違うことが疑問であった。
彼女は割りとクールな格好いい系の服装のチョイスが多いのだが、今日は珍しくスカートを着ている。本人曰く「空気が入って落ち着かない」から着ないらしいが、たまにスカートを履く時は、気合が入ってる時であることも僕は知っていた。
麦わら帽子と白のTシャツに、青と白のグラデーションがかかった色合いで、星の柄がいくつもあるロングスカートを着ている。
裾の方は足が見える程度に透けており、夏にぴったりの涼し気な服装だ。
海のように美しくて、宇宙のように神秘的で。
けれどそのスカートはもっと的確に言うなら、クラゲのようなスカート。
かん、かん、かん。
杖を地面に叩きつける音が聞こえてくる。
門は開かれておらず、僕たちはその音が近づいてこちらに出てくるのを待った。
「美銀さん、それに……お兄さんも居るね」
そこには居るが、門は閉じられたままで姿の見えない翔君。イルカやサメが使うような、音の反響であたりの状況を察知しているのか僕が居る事まで見抜いている。
美銀は、意を決するように話し出した。
「翔君、おはようございます。大事なお話があって伺いました。よければ、顔を合わせてお話させてもらえませんか?」
「いや」
ぴしゃりと。
およそ翔君のような心優しい少年から聞いたことがないような、冷淡で忌避するような声色で、告げた。
しかし、めげずに美銀は続ける。
「お願いします。大事なお話です。面と向かってさせてほしいのです」
「必要ないよ。元々弱視のぼくにそんな必要は」
生まれ持った個性を、卑下するような口ぶり。
らしくなかった。
翔君は、話した回数こそ多くは無いけれど、こんな事をさらりと言う子ではない。
もっと言葉を選ぶ。言い方も。
「ただ聞くだけなんだから、ここで言ってよ。お兄さんを連れている時点で聞かせる気なんでしょ?」
「……違います、見える見えないの話では無いのです。私がしないといけないけじめなのです」
「けじめ? お断りをするのが? ならぼくは聞かないよ。美銀さんのけじめが付かないままにする方が、ぼくにとってもメリットがあるから」
「それではだめなんです!」
叫換。
甲高い声が開かずの門を叩いても、先に居る彼は応答しない。
翔君が次の言葉を発さないの見かねて、美銀は鞄を置いて門に近づいた。
「翔君、私があなたを惚れさせてしまったことは分かっていたのに、すぐ返事を返さなかったことを『理解して』とか、『許して』なんて言うつもりはないです。私には言える権利もないです!」
「じゃあ、それでいいじゃん。今まで通り、普通の少年とお姉さんの関係のままで」
「それは、できません……! 私は、思わせぶりな事をしてずっと翔君を引っ張る事はしたらいけないのです! あなたの恋を踏みにじる事を分かっているのなら、ここで清算しないと……」
「言ったでしょ? 『お兄さんには負けない』って。ぼくは負けを認めるつもりはないよ」
頑固で、強固。
見えない世界に挑戦する闘志を燃やし続ける、不撓不屈の精神。
櫻野翔は、自分の恋路を諦めていない。
「私はここであなたの恋心とはっきり別れを告げないといけないのです!」
「ぼくは門の外から聞こえてきた雑音まで聞く趣味はないよ。じゃあね、美銀さん」
かん、かん。
杖を叩く音が、彼が歩いて来た道を鳴らしている。
「翔君……!」
美銀は立ち去っていく少年の音を聞き、泣きそうな顔で唇を噛んでいた。
はぁ。
まったく。
僕の恋人にこんな表情をさせるなんてなぁ。
翔君さ。
君はどうやら、彼氏を怒らせたらどうなるかをよく分かっていないらしい。
「えっ、和士!?」
美銀は僕の取った行動に信じられないような物を見たかのごとく声を上げた。
そりゃまあ、当然と言えば当然かな。
なんたって、人様の家の門によじ登って、敷地に入ろうとしているのだから。
「翔君!」
登りきったところで、彼に向かって叫びかけた。
やってることは普通に不法侵入系の犯罪だけど、そんなの今の僕には関係ない。
罪の償いも、罰を受ける事も、いくらでもやってやる。
後悔でずっと苦しむなんかより、今すべきことをやらなければ。
「クラゲ! 見たくない!?」
「……へ?」
翔君は僕の方を向くが、目が合っている感覚はない。
それは彼が弱視だからしっかりと目を合わせられないのもあるだろうけど。
僕の力が無くなったからだ。
敏感過ぎるあの神経、感覚が鈍ったから。
だから簡単に、憂いなく彼を直視することができた。
「クラゲを連れてきた! めっちゃ綺麗なクラゲ! ほんと、一回見ておかないと損なレベルのクラゲ!」
「……こんな暑いのに?」
「そう! 暑いところでも枯れないクラゲなんだよ! 視てみたくない!?」
そんなクラゲいるわけない。
損な生き方をしてるクラゲなんているわけない。
だから。
だからこそ、在り得ない存在を聞かされたら、「なにそれ気になる」と期待値の方が上回るのが、人間ってもの。
「……お兄さん。嘘ついてたら許さないよ」
「もちろん! だからちょっとだけ、こっちに出てきてくれないかな! 今日来たのはこれを見せるためでもあるんだよ!」
小学生をだますようで心が全く痛まないわけではないが、騙し甲斐がある子をだますのって楽しいよね?
そんな悪戯心。
損な生き方。
罪も罰も肩代わりする生き方。
誰かのために。
美銀のために。
かん、かん。
翔君は屋敷の奥に向けていた足をくるりと回し、改めて門へと向かってくる。
それを見届けたら、僕は登っていた門からぱっと離れて着地。
ぱたぱたと美銀が近づいてくる。
「和士、そこまでしてくれなくても……!」
「うるさいよ」
「……え?」
「ああ、ごめん口が悪くなった。ちょっと今怒り心頭だからさ」
「な、なにをそんなに怒ってるのです……?」
おずおずと、聞いてはいけないものを聞くようにこちらを伺う。
恐怖で顔が歪んでいる。そんな彼女を見て、さらに怒りのボルテージが一段階上がる。
「ふーんだ、翔君の方が美銀の表情を豊かにしてるなーとか、全然思ってないし嫉妬してないもんだ」
「……………は」
一瞬だけ、失笑された。
かと思ったら、じわじわと青ざめた顔色を明るく変えて、美銀は声を上げて笑い始めた。
「あ、あはは、あははは! そ、そんなことで住居侵入まがいの事をしてしまったのですか! あー、おかし! いとおかしですよ和士!」
「はいはい、思う存分笑え笑え」
やけくそな事をしている自覚も大いにあるが、大笑いしている美銀を目の前で見てしまうとすべてがどうでもよくなる。
やっぱり、あなたにはそうやって笑っていてほしい。
いつものクールな表情も素敵だけど。
年相応な笑顔を浮かべる方が、ずっと可愛いよ。
「じー」
「「あっ」」
門のくぐり戸を少しだけ開けて、こちらを見てくる視線とあった。
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次回「失恋」です。




