第68話 最強の盾を持つ少女
「依頼……?」
「そう、殺しの依頼」
「誰を?」
「あたしを」
椿を、殺す?
そんなこと、言われるなんて。
そんなこと、言えるなんて。
瀬音椿という女は、何者なの?
「ほら、椅子もう一台用意してあげたから座りな。御船君が起きるまであとちょっとだからね、依頼の内容と報酬を説明しないと」
立ち上がった時後ろに蹴った椅子は消えており、さっきまで座っていた場所にまた椅子が現れていた。
隣では、和士君が何もなかったかのように穏やかに眠っている。
彼を起こすな、怒りの矛を収めろとでも言わんばかりの促し方に、渋々姿勢を正して座る。
「良い子ちゃんだね。素直な人って普段から疲れ気味で反抗精神が弱っているとか言うらしいよ。あたしの強さに屈服しちゃった?」
「だまれ」
「おほぉこわ。それ絶対表ではしない方がいいよ? 御船君が浮気した時専用にしな」
「浮気したらもう一度惚れさせます」
ひゅうと口笛を吹いて、おどけた調子の椿。
さっさと本題に入ってほしい。
「ま、じゃあ意志の焚き付けはこれぐらいで、説明を始めるよ。殺しの依頼、相手は御船和士の中に残っている瀬音椿。報酬は御船君の心の特等席」
「なんですかそれ、どうやってこなせば良いのですか」
「殺し屋に求めるのはビジネス関係だよ? 手段や方法はそっちに丸投げに決まってるじゃん。報酬が良いんだからそっちでやり方を決めてよ。これだから甘ちゃんは」
嘆息と共に手をひらひらと振っている椿を見て、和士君と似たものを感じた。
「あ、それと前金として一つ情報を」
「なんです?」
「まぁほぼ答えみたいなもんなんだけど、御船君が抱えているトラウマって言ってしまえば、憎悪なんだよ」
「……あなただからこそ分かり得る情報は、信用に値します」
「さすが察しがいいね。詳しく説明した方が良い?」
「彼が起きるまでの時間は?」
「あと数分」
「では、概略だけ」
「オッケー、そうこなっくちゃ」
ぱちんと指を鳴らして、椿は居住まいを正す。
「御船君はお母さんとも別れているし、瀬音椿っていう告白までした女の子とも死に別れしたことで『これ以上身の回りの誰も悲しんでほしくない』っていう呪いみたいな夢があるのよ。なのに、彼って割と現実的でそんなことは絶対無理って自覚もしてる。だから、あほらしいロマンチストな自分の在り方を憎んで、呪っているのよ」
憎悪。
悪しき自分を、憎んでいる。
「だから白刃ちゃん。あんたのやってることはおおむね間違っていない」
「……えっ?」
卑屈なことばっかり言う彼女が、手のひらを返したように褒めてきたことに驚愕。
「御船君を大切に想って、その重苦しい愛で大事にしてあげたら、彼は自分に自信を持てるようになる。そしたら、あたしは自然と消える」
「消える……?」
「盾の話で例えようか。あたしの盾は白刃ちゃんの矛だって通さない最強の盾だけど、それをそのまま借りて使っている御船君は使い方を理解してないわけ」
使い方を、間違えているということ?
「ただの借り物を全盛期の使い方にするためには、自分の中に落とし込む作業が必要なの。新品は使っていったら馴染むでしょ? それが御船君はできていない。けど見込みはある」
「……本当ですか?」
「んえ? 何か疑いがある? まぁあたしの言葉を信じろって言うのも難しいかもしれないけど」
「いえ。その、なんといいますか……」
隣に居る和士君の寝息のリズムが変わった。
起きた時に私が居たらまずい、面会時間の終わりは近い。
迷いを振り払い、早めに切り出す。
「彼の本質は、鋭い矛だと思っていて……だからそもそも、盾を扱える人なのかと」
「…………それか」
「え?」
眉をひそめて腕を組んだ椿は、悲しそうに、それでいてどこか悔しそうに言う。
「その力が白刃ちゃんの魅力で、凶器。いや、もう全身が震えたよ。その本質を見抜く力は、必ず御船君の支えになる。いや、なれる要素だよ」
「あの、椿? 何を言ってるのです?」
「あー、端的に正解を言うと、御船和士の本質はドSで、矛だ。けどそれが尖り過ぎて、自分自身に向いているから危ない。だから生前のあたしは『他にも視点を持て』って遠回しに言ったんだけど、あーそれはいま重要じゃない! 白刃ちゃん!」
くいくいと手招きをして、近くに寄れと促してくる。
それに従って近づくと、彼女は私の腕を掴んで引っ張り、額と額がぶつかる。
キスできるような距離まで近づき、思わず視線を逸らす。
「わっ……あのっ、椿?」
「やっぱ、白刃ちゃんも好き」
「……へ?」
何を言ってるのか分からず、思わず彼女の瞳をしっかりと見る。
本気の目をしている。
天文台で、彼が私の告白に返事をしてくれた時と同じような、あの目だった。
あれは、らしくなかった。
あの目は、和士君らしくなかった。
そもそもあの日、全部の行動が彼らしくなかった。
あの日の彼は。
彼女が、混じっていた。
「ッ! ああっ!? まさか、あなた!?」
「全くさぁ、気付くのが遅いんだよ。たった三か月で御船君が昔の女を忘れて、さぁ次へなんて薄情な性格だと思ってたの? 自惚れも甚だしい、自己肯定の塊かぁ? そんな陳腐な男なわけないよ。他の要因が絡んでるとか、その勘で察することできなかったの?」
「わ、分かるわけないですっ!」
「ま、それもそっか。イレギュラーすぎるもんな。まさか『御船君の記憶にある理想の女が、そのまま別の人格として存在している』だなんて、予想できたなら苦労はせんよ」
幼少期のトラウマ。
精神的に大きな分岐点。
ストレスから身を守るための思い込み。
解離性同一性障害。
の、なりそこない。
「つ、椿が、私に惚れたのですか……!?」
「半分はそうって感じ。けど御船君には他の人格が居るっていう自覚がないから、感情が混同してるの。ビリーミリガンみたいな多重人格ほど深刻ではない、今はね?」
「今は……? いつかは、そうなると?」
「いや、ちゃんと支えてあげたら大丈夫。精神的な問題は、薬を飲んでハイ終わりとはならないから。だから白刃ちゃん。どうか御船君を、頼む」
そっと、触れたことすら分からないぐらいの優しさで、唇同士が触れる。
誓いのキスをされた。
あの夏祭りの天文台で彼からしてくれたのと同じような、たどたどしいキスを。
でも。
嫌じゃなかった。
「……えらくフェザーキスですね」
「うるせぇな。こっちがしたあと慣れたようにディープキスした白刃ちゃんがいやらしいんだよ」
「あら、椿は処女?」
「男の体でどうやって非処女になるんだよ……」
「ほら、あるじゃないですか」
「やめろ、それ以上言うな! 怖いって!」
私が惚れているのは、御船和士であるが。
和士君の性格や人格だけではなく、和士全てが好きなのだ。
何で一目惚れしたのかを、今になって理解できた。
彼が持っている様々な要素を見て、私は惚れたのだと。
白の私には眩しいぐらいの多色性、多面性を初めて出会った時に感じた。
隠れているところにある物を何となく感じ取る勘が、奥に眠っている椿を感じ取っていた。
後ろで和士君が目を覚まそうとし、「ううん……」と唸った。
「やばいね、この病室は御船君の話を聞く場所で、精神安定剤なんだよ。そこに白刃ちゃんが居たらまずいから、今日は追い出すよ」
宿主である御船和士のために、「住み憑いている自分を殺してくれ」と願うなんて。
彼のストレスを和らげるため、話を聞いてあげる役回りをしているなんて。
椿を殺して和士君を奪おうとするのを躊躇っている私の為に、わざと怒らせるようなことまで言って焚き付けようとしたり。
戦慄した。
強すぎる精神力を持つ少女。
圧倒的な、最強の盾。
誰かを守る事を最重要とする、鉄壁の防御。
御船和士の心を守り、御船和士を愛している、絶対防御の少女。
越えられない。
殺せる気がしない。
絶対に、突き崩せない。
だからこそ、ライバルである彼女に対し、敬慕の念が湧いてくる。
「わかりました。それと椿」
「ん?」
至近距離で合った目に、真心と想いを乗せる。
「殺しの依頼は受けません。またあなたと話す時が来ることを楽しみにしていますよ」
別れ際、薄れゆく意識の先で、椿が照れたようにほんのりと頬を染めていたのが見えた。




