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クールな白刃さんはデレで殺す  作者: アオカラ
第三章 死が二人を別つとも
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第66話 ベッドの中で


「さあ、おねんねの時間ですよ」

「怖いよ、もっと子供を寝かしつけるような優しい声で言われたら母性を感じるけど、普段のクール調で言ってるせいで殺し屋の謳い文句っぽくなってるって」


 二階にある美銀の私室まで無理やり連れられ、部屋に入った瞬間に僕は訳も無く床に正座してしまう。

 さほど広くない彼女の部屋には、小学生向けサイズの学習机とベッドしかなかった。

 机の上は文房具や本などが全く置かれていない。


 あるのはただ一つ。

 女の子とその母親が緑の原っぱを背景に、屈託のない明るい笑顔を浮かべた写真だけ。


 殺風景な空間にポツンと存在するその写真に興味がわき、視線を向けた。


「これが、私のお母さんです。隣に居るのは誰でしょうね?」

「一人っ子だよねってツッコむべきか、生き別れの姉妹でも居たのって聞くべきか悩んでる」

「私じゃないです」

「あれ、やっぱり笑ってるところ見られるのはまだ恥ずかしいの?」


 僕の放った軽い皮肉を受け流すように美銀はすたすたと机に近づき、写真の入った額を伏せる。

 やっぱり恥ずかしいみたいだ。

 写真に残っているから、尚更なんだろう。


「……あ、そういえば寝間着が必要ですよね。私のお父さんの服がたしかあったはずなので、それでもいいですか?」

「うん、全然大丈夫」

「では取ってきますね」


 そう言って美銀は一階へ降りて行った。

 正座したままというのも居心地が悪く、立ち上がって木製の学習机に歩み寄る。

 伏せられた額縁に手を伸ばし、楽しそうに笑っている母娘を見て思う。


 こんな顔も、できた人だったんだ。

 あどけなくて、可愛らしくて、心から楽しそうにしている満面の笑み。

 今の美銀はクールに微笑む人で、写真のなかの少女のような活発さは無い。

 美人であり、美女でありながら、少女の影が薄い。

 まだ十六歳の、同い年の娘が浮かべるような笑顔を見たことが無かったからこそ、僕は写真の美銀に見惚れてしまう。


 ガチャリと扉の開く音がして、振り返る。

 そこには純白のロングネグリジェに着替えていた美銀が諦観の眼差しでこちらを見ている。


「持って来ました、ってやっぱり見てる……」

「ああ、ごめん」

「どうせその頃に比べて、今は可愛げのない顔ばっかりしてるって思っているのでしょう?」


 彼女は手に持っていた刀夜さんの寝間着をこちらに渡しつつ、僕が覗き込んでいた額縁を伏せて自嘲した。

 が、彼女の言葉に反論。


「……いや」

「え?」

「なんというか、安心したよ。元々心の無い人に、こんな良い顔はできないから。美銀さんにはきちんと心があって、でもそれが上手く表情に出せていないだけだって」


 その理由は、きっと僕と似たようなもの。

 心理学の本いわく、幼少期に受けたトラウマはその人の人生をずっと狂わし続ける癌になるそう。

 人の事を言える立場ではないが、そういった人ほど誰かとの繋がりを強く求めたり、歪な関係を良しとする傾向があるそう。


 でも、だからといって克服しなければいけない物かと言われたら、そうではない。

 人生はその人だけの物で、心との良い付き合い方を会得する必要がある。

 美銀には笑う事のできる心がある。

 今は眠っているだけの、融けかけの氷。


 僕は伏せられた額を指さしながら、宣言。


「目標は、これだって決まったよ。美銀さんを、また心の底から笑う事ができるぐらい幸せにしてみせる。僕があなたにしてあげられることは、それぐらいしかないけど」

「………………抱きついて良いですか? いえ、抱き付きます」


 渡された寝間着に着替える時間も待たずに、美銀は正面から押し倒そうとする勢いで抱き付いてくる。

 ぎゅうと、体をつぶしてきそうな熱い抱擁。

 最初こそ驚いたが、僕も胸の中に居る美銀の背中に手を回す。

 彼女はぐりぐりと胸板に頭をこすりつけてきて、服に水気が染みる感覚があった。


 泣いている。


 服があるから、ハンカチを渡す必要はなさそうだ。


「えーと美銀さん、寝間着に着替えたいな」

「ムードを考えて下さい。今はその時じゃありません。着替えた後も抱き付いて良いということでしたら離れますけど、そうじゃないならあと一時間ぐらいこのままです」

「ははっ」


 僕が、床で寝るつもりだったことや何なら美銀が寝るまで起きているつもりであったことも、お見通しか。

 敵わないな。


「分かった降参だよ。抱き付いても良いからとりあえず着替えさせて?」

「……はい」


 名残惜しそうに僕から離れた美銀の目元は、赤みを帯びている。

 そんな彼女のためにも、早く着替えるためシャツのボタンに手をかけて、服を脱ぐ。


「あ、その、すみません……」


 美銀は恥じらうような声と共にくるりとその場で半回転し、僕から視線を逸らす。ネグリジェの裾がひらりと舞い、ドレスを着たお姫様のようだった。


「いや、さっき僕の裸見たのにどうして恥ずかしがるの?」

「えっと、その……状況が違いますから……」


 はて、バスルームで僕が裸だった状況の方がよっぽど危険だった気もするが。

 ……いや、決定的な違いがあった。

 あの時、僕は「刀夜がまだ家にいる」と思い違いをしていたが、今は。


 二人きり、だ。


「ストッパーが、居ませんので……」

「そ、そっか……」


 お互いに理性を保つことのできる要因が少なすぎるのだ。

 服を脱いで一時的に肌がさらされ、開放的になる瞬間すら今の僕たちには危うく甘い誘いにすらなってしまう。


 急いで着替え、自分の物では無い服の香りに包まれたことで、少しずつ熱情が落ち着く。

 ありがとう刀夜さん。

 それしか言える言葉が見つからない。


「もういいよ」


 そう言うと、美銀は背中を向けたまま部屋の扉近くまで歩き、電灯のスイッチをぱちっと押して、部屋の中を暗くした。

 しかしそのまま振り返らず、美銀は結んでいたヘアゴムを解き、学校でよく見るストレートヘアになりながら、言う。


「カーテンを、閉めてもらっても良いですか」


 目線を合わせないままお願いされ、僕は無言で窓に近づいてカーテンで月明かりを遮る。


「ベッドの奥側に、壁の方を向いて寝て下さい」


 言われるまま、彼女のベッドに近づき、壁を見つめて横向きになる。

 彼女の言い方は「指示」というよりは「哀願」だった。

 だから、僕は彼女の望みを聞き届けているだけ。


 後ろから足音も聞こえない静かな気配が近寄ってくる。

 夜のとばりとしじまに包まれた寝室は、二人きりの空間でありながら、奇妙な静寂の世界。

 先ほどまでの情欲や高鳴りは、嘘みたいに鳴りを潜めていた。


 美銀はベッドに入りこみ、衣擦れの音だけが響く中、尋ねてくる。


「壁、向いててくださいよ」

「うん」

「振り返らないで下さいね」

「分かった」

「寝相が悪かったらすみません」

「僕は良い方だから大丈夫」


 どこか、怯えているようなか細い声で聞いてくる美銀に、安心させるように優しく答える。

 一通り聞いたら踏ん切りがついたようで、氷のお姫様は背中に抱き付いてきた。


 熱い抱擁では無く、慈愛と私淑に満ちた柔らかく優しい抱き付き方。

 まるで親に泣きつく子供のように、美銀は僕のお腹に手を回して、静かに泣いていた。


「寂しい時は、こうしても良いですか」

「寂しかったんだ」

「あなたにしか見せたくない、あられもない姿です」


 あられもない。

 再三言ってきたそれが、何を意味していたのか。

 何故そんな言葉で自分の泣いている姿を表現していたのか。


 誰にも見せるつもりのない姿だったから。

 誰にも見せたくない面持ちだったから。

 背中の服越しに感じる、じとりとした涙の感触に同情を覚える。


 今まで、どれだけ我慢してきたのか。

 今まで、どこまで心を殺していたのか。


 でも、ようやくその凝りを解せる拠り所が見つかったのだから、僕はいくらでも引き受けたい。

 恋人であるからといった義務感ではなく、僕は彼女に少しでも幸せな気持ちで居てほしいのだから。


 お腹にある美銀の小さな手に、自分の手を重ねる。

 握る事はせず、ただ上からふわりと覆うだけ。

 それだけで、今は十分だ。


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