第65話 私の正直度は99%です
二人で夕食を終えたあと、寝るまで何をしようかと話し合った結果、テレビぐらいしか美銀の実家には娯楽品が無いとの事で映画を見る事になった。
はたしてどんな映画をチョイスするのか、どんなジャンルを普段見ているのかが気になって「美銀さんの好きな物で何か一つ」と僕は提案をした。
そして選んできた映画が、なんとも意外に意表が重なったジャンルだった。
「え、これってSF?」
「そうです。SFと言っても、家族愛や人間ドラマが根底にありつつ、息を呑むような美しい宇宙空間が描かれていて好きなんですよね」
宇宙や星空が元々好きだから、絵を描く時の参考にもした――と彼女は言った。
人間ドラマが好きというのは何となく知っていたから、てっきり恋愛物や現代を舞台にした日常物を選んで来るかと思いきや、SFというジャンルを選んできたのは驚き。
二人で並んでリビングにあるソファに座り、美銀はテレビのリモコンを操作して定額制サイトの画面を開く。ずらりと本棚のように並んだタイトルたちは、ほとんど視聴済みらしく慣れた手つきボタンを押し、目的の映画にカーソルを合わせる。
「映画って結構見るの?」
「見ますよ。映像表現とか、カメラワークは絵の参考にもなりますし、純粋に好きですからね。映画館とかもよく行きますよ」
「お、じゃあ今度映画館デートしようよ」
「……まぁ、良いですけど」
二人きりになるとすぐ強気になる――と小さくため息交じりに聞こえてきたが、特に触れない。
初デートに映画館はかなり冒険だとよく言われるが、恋人になったのならむしろ大歓迎なデートプランだろう。
テレビが一度真っ黒の液晶画面へとなり替わる。映画開始の合図だ。
美銀はテレビとソファーの間にあるテーブルにリモコンを置いて、かと思ったら別の電子機器を操作するリモコンを持って、スイッチを押した。
画面だけでなく、部屋も真っ暗となる。
「本格的だね」
「宇宙空間の描写がすごいので、真っ暗で見てほしいです。いや、本当に」
「わ、分かった……」
隣から随分強めな圧をかけられ、真面目に見てほしい意図が伝わってくる。これは暗闇を利用した悪戯すら、許してくれなさそうな雰囲気だ。本当に好きな映画なんだなぁ。
「ベッドの中でしたら、構いませんので」
……は?
耳元で囁かれた美銀の戯言。
僕の心を見透かした一撃に、心肝が震撼する。
もうその程度の駄洒落でも考えなければ、一時の情欲を紛らわすこともできない。
「あ、映画始まりますよ」
「美銀さん、ベッドってなにさ」
「ほらしーっですよ。上映中はお静かに」
「むぐぐっ……!」
美銀は無理矢理僕の口を手で抑え、お口チャック。
チャックというか、ロック。
むーとかうーは言えるけど、引きはがそうとしても全く剥がれない。
僕の意志を感じ取り、どの方向に力を入れようとしているのかを瞬時に理解し、最小限のエネルギーで現状を維持する。
僕が意見や質問を投げかけることを完全に諦めるまで、彼女はこの鍵の如き拘束を外さなかった。
*
映画は良かった、柄も無く泣いた。
けどそんなことより重要な事があるでしょうが。
上映前のお知らせにようやくツッコむ。
「美銀さん」
「はい?」
「お布団って、ありますよね?」
「一応、来客用の布団はありますよ」
安心。
しかし、「一応」と言った彼女の胸中を察せないほど僕は鈍感ではない。
「まぁ貸すとは言ってませんが」
「このソファー貸してもらえますか?」
「いえいえ、ちゃんとした寝具で寝ないと今日の疲れは取れません。なのでだめです」
「……ネットカフェ行ってきます」
「そんなっ! 一人にされたら美銀泣いちゃいます!」
「おべっか使ってもだめなものはだめ!」
美銀は手をグーの形にして、それで口を隠しつつ、目潤ませながら声を上げた。
そんな典型的なぶりっ子デレ方ある?
可愛いけど、その愛らしさを真正面から素直に受け止められない状況でされるとか、タイミングよ。
「良いじゃないですか、一緒に寝ましょうよ」
「ねえ、何が目的? 身代金? 結婚詐欺? 養育費? 離婚裁判?」
「あらあら、和士節全開ですね。愛する人にそんなこと言われたら軽く泣きますよ?」
「ごめん」
素直に謝罪。
しかしそれはそれ、これはこれ、あれはどれ?
幼気な男子高校生を誘ってくる理由が全く分からない。
疑心暗鬼に陥る僕を見据え、美銀は静かに語り始める。
「三大欲求のメカニズムは結構個人差がありましてね? 例えばお腹が空いたら食欲が湧き出るかというとそうでもなくて、お腹空いてなくても食欲が湧く人もいます。別腹とかは正にそれですね」
「回りくどいです。僕の性欲を刺激して何がしたいの?」
「おお、ストレートになりましたね。この三か月でとてつもない成長です」
「誰かさんのおかげだよ」
皮肉たっぷりの言葉攻めに、寧ろふふんと満足気な笑顔を浮かべている美銀は、実はMなんじゃないのか?
「女は、性欲抜きで好きな人にただ単純に抱き付きたい衝動があるのです。てっきり、私の意志を尊重してくれるかと思っていたのですが」
「僕が我慢できなかった時どうするの? 襲ってしまったらどうするの? そんな状況生み出す方がやばいよ?」
「自衛の策はあるので大丈夫です。眠り姫直伝です」
「あっ……」
安堵。
いや、なんというか全て放念できた。
眠り姫。本名は神来社奈津姫。
寝ている時間の方が多いからインドアかと思いきや、合気道一級で体力お化け。
ただでさえ技術と力の使い方を本能的な勘で使いこなしている美銀が、武道を眠り姫本人から会得している。
99%の不安要素で埋まっていた胸中が、たった一言で絶対安心の100%に塗り替わる。
「何かあったら、すぐ気絶させて」
「……ああそう。そうですか、私はまた勉強しないといけない領域が増えました……」
「待ってまって、何か良からぬことを考えている事が分かるから目を合わせよ? ね? こっち見て?」
「まさか失神フェチなどとは思ってもみませんでした。和士は人類の最奥部に居ますね」
「めっちゃカッコイイ言い回しだけどめっちゃ不名誉!」
何だよ人類の最奥部って!?
呼ばれただけでうっとりする称号だけど、もっと別の意味で言われたかった!
性癖の最奥部に居てもやれること少ないよ!
多人数プレイ前提のオンラインゲームをサービス開始日からやって最前線に立った時の人口の少なさに寂しさを感じる時並みに悲しいよ!
「まぁ任せて下さい。失神する瞬間が気持ちいいとはよく言いますからね」
「任されないで。任しもしないです」
「負かされたい系ですか?」
「くっころ系が好きなのはあなたでしょう!?」
「てへ、ばれてました」
頭にこつんと拳をあててあざと可愛いけど、話してる内容がアブノーマル過ぎるんだよ。
盛り上がりたくない性癖談義で盛り上がった白刃家のリビング。
夜は更け、時刻は十一時を回っていた。




