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クールな白刃さんはデレで殺す  作者: アオカラ
第三章 死が二人を別つとも
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第64話 寝耳に棒


「ねえ和士」

「うん?」

「結婚って、したいと思います?」

「ごほっ!」


 お風呂で身体を洗ってもらうという王道を一周回って通り越え、読者は辟易し、一蹴されるようなラブコメ的展開があったにもかかわらず、そこから×××といった事には発展しない辺りが、僕らの清い関係性を多いに証明している。


 もちろん、風呂場にいた僕は刀夜が家を出ていたことを知らなかった。というか美銀が意図的に秘密にしていた。

 言ってしまえば、僕は二人から試されていたわけだ。

 刀夜からは「二人きりになっても理性を保てるか」を。

 美銀からは「二人きりの状況で本能の方が勝るか」を。

 刀夜の期待通りな結果になったと言えばそうだろう。本能丸出しで動く人間では無いと証明できた。


 なんというか、欲がないわけではないのにちゃんと理性が勝っているのは、情熱的な恋ではないからとか?

 間違いなく一番好きな人ではあるはずのに、美人過ぎて手を出しづらいとか?


 ノーだ。

 恋人になったからといって、がっつき過ぎたら幻滅される不安や恐怖心、負の本能が勝ってしまう事が多いのだ。

「そんな人だとは思ってませんでした……」とか言われたら号泣する前に心が死んで、無表情で涙を流すマシーンになってしまいそう。

 それこそ、入学式の美銀のように。


「真面目に、聞いてもらえますか。リビングのテーブルにそれとなく結婚情報誌を置いて遠回しに催促するとか、そういうのではなくて」

「えらく具体的な状況だね……!?」

「なんと言いますか、『結婚に賛成できるか』というお話です」


 お風呂から上がったら美銀は夕食を作っており、手伝おうとしたら「ゆっくりしていてください」と申し出をやんわり断られたことで、しょげながらテーブルで待っていたら先の話題を振られた。


「私達は同じだ、なんて漫画のキャラみたいでちょっとこそばゆいですが、母親を亡くしている者同士ですから。もしかすると、夫婦といった関係や、家族になることを忌避しているかもと考えて、聞いてみたくなって」

「…………」


 トラウマが残っているのでは? と美銀は僕を案じて聞き出してくれている。

 全く無いと言えばウソになるが、乗り越えられないと決めつけて諦めてはいない。

 だが、家族になるとしたら、思うところはある。


「正直なこと、言っても良い?」

「別れて下さいとか言ったらとりあえず泣きわめきますけど、それでもいいなら」

「それは無いから安心して」


 ピタッと美銀がフライパンを持ったまま一秒ほど固まるが、きっとそれは喜びによるものだろう。


「今のままじゃ、美銀さんを幸せにできないとは思ってる。何が変わったら大丈夫とか、はっきりとしたラインが見えてるわけじゃないんだけど。ただ、それが僕のトラウマと関係しているのは確かだとは思う」


 原因がある地点の予想は付いているが、原因を解く方法までは分かっていない。

 だからこそ、切っても切れないトラウマなんだろう。

 とんでもない力を持つ誰かに外してもらうぐらいでないと、克服できない記憶。


「完全に無くなるまで時間がかかるかもしれないし、もしかしたら克服できないかもしれない。そんなトラウマが残ったままだと僕はきっと迷惑ばかりかけると思う」

「そんなの……」

「気にしないって言うんでしょ? だから余計に僕は気にしてしまうんだ、絶対にね。一人で勝手に思い悩んで、自滅していく」

「だから私がいます」

「嬉しい言葉だけど、せっかく一緒に人生を歩むんだから、楽しくないとね。あなたに負担ばかりかけるわけにはいかないよ」


 キッチンの棚から食器を取り出して食事の準備をしている美銀の下へ近づいて、手伝う。

 今日疲れているのは僕だけではない。なのに疲労も顧みず率先して動く彼女は、やっぱり僕に尽くし過ぎなきらいがある。

 嬉しいや楽しい以前に心配が勝るなんて、恋人の関係性としては歪だ。

 たとえそれが盲目に誘う恋によるものであったとしても。


「僕さ、ぶっちゃけるとどうしてそこまで惚れられているのか分からないよ。そんなに人を惹きつけるような魅力ある?」

「んー、例えるなら宝石の原石みたいなものです。ちゃんと磨いて奇麗にしてアクセサリーにならないと大衆には見向きされませんが、揺るがない価値が眠っていると言いますか」

「へー」

「実際、私は一目惚れしてますからね」

「……えっ、そうなの?」


 衝撃の一言に驚きを隠せなかった。


「もうなんと言いますか、一目見た瞬間に『あっ、この人と結婚したい』って思ったぐらい」

「ひえっ……」

「引かないで。ちゃんと、理由、あります」

「一目惚れに理由があるんですか……?」

「それはもちろん。だって考えてみてください。外面や見た目、身長や体格が好みでも中身を知って残念美男美女だったら、一目惚れの熱も冷めますよ?」


 ふむ、まぁそれはそうか。

「美味しそう」と「美味しい」は似ているようで違うのだ。美味しそうなものを見てイメージに補正がかかり、さらに美味しく感じられる作用もあるにはあるが、中身が不味ければギャップに苦しめられる。

 まぁ、その代わりギャップは驚きをもたらしてくれるのが面白かったりするが。

 美銀の場合、クールな見た目と雰囲気を持つのにお茶目で直球で、そして挙句の果てにデレると普通の女の子らしく可愛い。

 驚きの連続で口の中が大嵐って感じ。


「和士と話していくなかで少しずつ人となりを知っていき、私の一目惚れは間違いなかったと確信を持てたのです。だから今も好きですし、これからも好きな自信があります」

「それは……恋に浮かされてるとかじゃなくて?」

「全くないと言えば嘘になりますよね。一時の気の迷いとか、女々しい思い込みをしているだけかもしれない。周りから『一度落ち着いたら?』とか言われたなら、きちんとそれに耳を傾けるつもりで、居たんですけどね……」


 美銀は「はぁ……」と眉をひそめながら困ったようにため息をつき、手元は料理を続けながら言う。


「なんだか、ビシッと言ってくれないのですよね……。友達もそうですけど、親も……」

「……たしかに。姫とかカズもそうだけど、自分の父親からも特に言われなかったなぁ……」


 むしろ祝福されたぐらいまである。

 別れ際に見せた蓮の笑顔は、そういった喜びの類だった。


「高校生になったばかりで、しかも一人暮らし。そんな男女が恋人になったとか、過ちの百個や二百個起きてもおかしくないでしょうに……」

「起き過ぎですね」

「エロゲじゃないのですから……」

「美銀疲れてる? 料理代わろうか? いや代わるよ」


 ジョークの切れ味が洗練されたものでなく、無造作で無遠慮なタイプの物を繰り出す時は、彼女の心労が重なっている状態であることを最近知った。

 それをどんな時に知ったかというのは、公の場では言えない。


 フライパンを握っていた美銀の白く柔らかい手に自分の手を重ねて、交代を促す。


「ほら、こういうボディタッチだけでそこから私の理性が途切れてしまうこともあるかもしれないのですよ?」

「脅し方ぁ! 僕の本能と理性を盾にした脅迫やめて!」


 二人きりになって気が気じゃないのは彼女も同様らしい。

 やめて、目を細めて頬を赤らめて、情熱混じりの視線を僕に向けないで。

 誘惑しないで美銀さん。


 とすん。

 彼女は僕の胸に頭を預けて、すりすりとこすりつけてくる。


 耐えろ、儂。

 全く知らないご先祖様を、武士道を呼べ、蘇れ。

 百人殺して英雄なら、百回耐えるのも造作もないはず!


「私のお父さんが帰り際、『おじいちゃんになるのを楽しみにしている』と言ってました」

「刀夜さんがっ!?」

「けどデキ婚はやめてとも。孫のために色々準備したいそうで」

「だったらこうやって誘ってくるのやめてよぉ!?」

「試練を乗り越えた先にこそ幸福は訪れますから。私という試練を頑張って乗り越えて下さいね?」


 タイムマシンで過去に戻り、母親や好きだった人ともう一度会いたいと思った事は多いが。

 未来に行っていっそ楽になりたいという考えが浮かんだのは、卑屈な精神性がほんのわずかに成長した証なのだと信じたかった。

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