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クールな白刃さんはデレで殺す  作者: アオカラ
第三章 死が二人を別つとも
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第60話 人よ一夜に一目惚れ


 まぁ正直な話、「お父さんと会って」と言われた時点で気が気じゃなかった精神状態が、まさかお泊りデート(父親含む)によって死にかけの魂になるとは思いもよらない。


 三人で掃除もお祈りもしていたはずなのだが、記憶が飛んでいるような気もするぐらいには朧げな状態。

 「熱中症になってるかも」と呟いたら美銀が「彼氏を熱中症で倒れさせるとか自分が情けなくてリスカします」とジョークにしてはブラックすぎることを言いつつ、気を遣ってくれていた。


 そのおかげか、体調面は万全の状態で二階建ての和風調な白刃家まで連れてこられた。

 時刻は午後六時を回ったところ。夕陽がまだ落ちきらず外は温かい橙色の空が見える。


 「先にシャワーを浴びてきます」と言って美銀はバスルーム方面へと消えたため、現在僕はリビングのテーブルで刀夜さんと二人きりだ。


「あ、和士君……喉乾かない?」

「そ、そうですねっ!」

「ジュース……は無いんだけど……お、お茶ならあるからどうかな!」

「良いですね! お茶大好きです!」


 テーブルで向かい合ってこれじゃお見合いだよ、今度こそ本当に。


 刀夜は紙パックの麦茶を冷蔵庫から取り出し、コップに注いでこちらに差し出す。


「ど、どうぞ……」

「ありがとうございます……」


 ガラスのコップに注がれた茶色の透明な液体をごくごくと飲んでいく。

 液体と表現できるぐらいには、味を感じられなかった。緊張で舌が馬鹿になっている。


 お互いの麦茶が底を尽きるまで、僕らは全く会話をせずに飲み物に集中していたが、さすがに居心地が悪くなり何か話そうと試みる。


「和士君」「刀夜さん」


 切り出すタイミングがかぶってしまう。

 しかしここで「あ、お先にどうぞ……」と言うのも言わせてしまうこともせず。

 なぜなら、それを言い出せば問答を繰り返すことになり収拾がつかなくなることを僕も刀夜も察していたから。


 だから、待った。

 相手がもう一度切り出すのを。


「……和士君」


 子供を尊重する大人らしく、彼は折れてくれた。


「美銀のこと、君は好きなのか?」

「それは、もちろんです」

「どういったところが好きなんだ?」

「……全部って言えます。でもそれじゃあ説得力が足りないと思ってますので、ちゃんと理屈で説明するとしたら……」

「したら?」


 麦茶のおかげで緊張による火照りが収まった脳みそをフル回転させて、心の奥深くから本音を引きずり出す。


「僕の悪いところを大切にしてくれる彼女が好きです」


 ざっくりと抽象的に放った言葉の説明を待つように、刀夜は無言で見つめてくる。


「その、多分今日一日見てて分かったかもしれないんですけど、僕はすっごくネガティブで卑屈な人間なんです。本当にどうしようもないぐらいマイナス思考で、生き方としてかなり染みついてて、改善する気も無かったんです」


 美銀に会うまでは。


「けど、僕が自分を大切にできないなら『代わりに私がします』とか、『マイナス思考だからこそ優しい性格をしてる』って遠回しに褒めてくれるところとか。もうなんていうか、あの人のカッコ良さにドン引きしてしまったんです。どこかの有名人を相手にしているようで、惨めになるぐらいには」


 自分が情けない、隣に並ぶのもおこがましい。


「なのに、彼女は諦めずに僕を支えようとしてくれたんです。その気持ちが、最初は冗談とか僕をからかっているだけかと思って、本気にしてなかったんですけど。でもある時、自分の秘密を打ち明けてから本心に気付いたんです。僕は、この人に惚れていたんだって」


 カズや、姫や、葵先輩や翔君にだって言う予定はない。

 なのに彼女には言ってしまえた。僕の母親が亡くなっていることだけでなく、中学校の同級生とも死別していることを。

 奥深くにしまっている秘密を打ち明けた日から、考え方や想いが心の中で少しずつ変わっていったのは、今思い返してみるとよく分かる。


『この人になら話したい』と思えたのは、彼女の懐の深さと広さのおかげか。

 宇宙より広い愛とも言い換えられそうだ。


「まぁ、多分一目惚れです。美銀さんのためなら死ねるって信じ込むぐらいには好きです。でも、元々付き合う予定とかは無かったんです」

「ほう、そうなのか?」

「はい。彼氏とかそういう身近な間柄になって支えたいではなく、ただ知っている範囲内で健やかに生きていてほしいなぐらいの友人感覚で。だから、本当にギリギリまで僕は彼女の告白を断るつもりだったんです」


 一瞬小さな怒りと疑心でむっとした表情になった刀夜は、すぐその顔色をしまって僕の言葉の続きを待った。


「美銀さんの事を蔑むようで、すみません。けど刀夜さんにも包み隠さず言います。僕は、母親を亡くしています」


 彼はぎょっと目を見開いた。

 驚愕と、哀憐と、同情を感じる目の色をしている。

 刀夜も、感情を目で語る人だ。


「彼女の告白を受け入れて恋人になって、じゃあ何ができるの? って。愛情か何かで返すどころか、僕は絶対彼女に甘えてしまう確信がありました。むしろ僕のトラウマも知った上で、彼女が甘やかそうとする姿勢でいたんです。だから断らないといけないって」


 心に穴がある人の側に、穴を埋めようとする人が居て。

 利害一致と言えばそうかもしれないが、僕の性格がそれを許さなかったのは、卑屈な人間で良かったと褒めてやれる。


「なのに、最後の最後でめっちゃデレてきたんですよ」

「……ん?」


 急な転調に、刀夜は不可解な違和感を感じたのか静かに動転している。

 頭の上にクエスチョンマークが見えてきそうなぐらいには。


「刀夜さん、はっきり言って娘さんは殺戮兵器です。核です、リーサルウェポンです、コロニーレーザーです」

「え、えっ?」

「あれは、抑止力として存在するならまだしも実際に使われたらいけないレベルの、最強の凶器です。僕は、それを他のところで使われないようにするため。というか彼女を独占するために、意志を曲げたんです」


 表の大義名分は、野放しにしてはいけない。

 裏の本心は、放っておけない。

『好き』と言ってしまえばたった二文字だが、表裏で考えたらなんとも頼りない言い分。

 美銀の事を重く見つつ、それを受け止める自分に酔い痴れているような言い回しだ。

 素直じゃないし、卑屈だよなぁ、僕は。

 ただ『愛してる』って言ってしまえばいいのに。


「えーっとつまり……惚気?」

「いいえ、事実です」

「それを惚気って言うんじゃないかなぁ!?」

「いやですね、本当によくできた人なんです美銀さんって。彼女を育ててくれた刀夜さんにはちゃんとした場を設けて心から感謝をしたかったので、突然こんな場を用意してきた彼女に『殺してくれ』って乞うぐらいだったんですけど」

「そ、そこまで……?」


 ドン引きしていた。無理もない。


「ですが、僕はさておき彼女の勘は信じて良いと思います。美銀さんが僕を選んでくれたなら、きっと心配はいらないと思います」

「あー……」


 僕の言葉がどこか腑に落ちなかったのか、刀夜は腕を組みながら目を瞑りつつ言う。


「まぁ美銀は良い勘を持ってはいるけど、心配しているのはまた違う事だよ」

「え、というと?」


 刀夜は椅子から立ち上がり、冷蔵庫から麦茶を取り出しテーブルにあるそれぞれのグラスに注ぎながら続ける。


「有体に『勘』っていうけど勘の良い悪いや、鋭い鈍いは実は大きな分かれ目ではなくてね? 大事なのは、自分の勘を信じられるかどうかなんだ」

「勘を、信じる……?」

「まぁたとえば、私が今注いでいる麦茶がこぼれないように、グラスに手を添えるのはこぼれた事がある経験則に基づいているよね。けどこれがこぼれた先の未来まで見据えてタオルや着替えを用意しているとなったら、もうそれは勘レベルだよね?」

「ええと……そうですね」


 難しい話だが、どこか刀夜の揺るぎない信念を感じ取る。


「美銀はね、自分の勘を信じている。というかそうしなさいって、さんざん教えてきたんだ。私もそうだし、雪乃もね」


 亡き人を思うその目は、寂しそうなのにどこか愛おしむ優しさに満ちている。


「自分の勘を信じられなくなったら、自己否定に陥る。もちろんたまに転ぶ経験があってこそ学ぶこともある。でも行き過ぎは良くない。調子に乗って進みすぎたり、立ち止まって座り込んでしまったりね」

「それは……」


 刀夜が遠回しに僕と美銀を名指ししていることが分かってしまった。


「二人の関係が心配というより、二人それぞれの生き方が心配って感じだね。でもまだ十五歳、いや十六か。周りの大人は君たちに学ぶ機会を必ず与える。だからそこでどうやって成長していくのかを見せてくれたら、私は満足だよ」


 麦茶に口を付けつつ、刀夜はぼそっと呟く。


「私も、和士君に一目惚れした美銀の気持ち、なんとなく分かるからね……」


 その言葉を聞こえないフリできたなら、僕はハーレム系主人公になっていたのに。


「ありがとうございます、お父さん」

「人生の予定に組み込んでおくよ」

「お義父さんとは言ってないですっ!」

「最短で二年後かぁ、長いなー」

「難聴系ラノベ主人公はお義父さんだった!?」

「不倫かハーレム物に見えてハートフルっぽいタイトルだね」


 親子ってジョークのセンスが似てるよなぁ……。

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