第59話 白刃家のノリ
「あら、お帰りなさい二人とも。帰りが遅かったようですがお楽しみでしたか?」
一人で黙々と墓石を濡れタオルで奇麗に磨いていた美銀が、帰ってきた僕と刀夜を見てそんなことを言う。
お楽しみって。
男二人で、父親と娘の彼氏がお楽しみしてたらどうするのさ。
そういうのを求める層が知りたいぐらいだ。
「ちなみに私は不倫物とか昼ドラ、結構好きです」
「彼女の好きな物が理解できない!」
「考えてはいけません、飲まれなさい」
「沼に引きずり込もうとしてるっ!?」
なんか前に美銀から似たような話をされたことがあるぞ。
たしか、しかるべき時が来たら河童になる、みたいな話。
僕は彼女に新しい世界の沼から足を引っ張られている。
もし今後ろから誰かに押されたらずぶずぶと入ってしまいそうなほど力強い。だけど負けはしない。不倫物の背徳感を楽しめるタイプにはなっていけない気がしているのだ。
彼女の父親の前で、思わず本気のツッコミをしてしまったことで一瞬後悔に包まれるが、刀夜は隣でなぜか顔を赤らめながら目元を涙で潤ませて言う。
「和士君……君は遊び人だったのか? 情熱的で、利他的で、とにかく優しいあの献身的な行動で、私はつい勘違いしてしまったようだ……」
「ボケが多方向から来てややこしすぎます! けど僕は覚悟決めてますからね! 白刃家とお付き合いしていくのならこの程度のジョーク、こなしてみせますッ!」
感嘆したのか「おお……」と美銀と刀夜は小さく声を上げた。
「ね、お父さん。書き下ろし編で言ってた事は間違いなかったでしょう?」
「そうみたいだな。ふわふわオムライスを作ることのできる彼は、どうやら伊達巻きのようだ」
上手くはないしよく分からないけど伊達巻き美味しいよね!
やばい、刀夜さんが居る時間が長いと物語の終わりより崩壊の方が先に訪れるぞ!
助けてデウスエクスマキナ! 閑話休題!
「あ、それはそうとお花は買えましたか?」
今までの事は夢幻だったように話題を切り替える美銀に内心死ぬほど感謝しつつ、持っている紙袋を見せる。袋の中からチラリと出ている花先を見て、美銀は訝しむ。
「……それ、造花ですか?」
「あ、よく分かったね」
「和士が生花を選ばないとは、何か宇宙より広い意思を感じます」
ハードル上げるなぁ……。
「聞いて驚け美銀。これは、スノードロップだ」
何を買ったか知っている刀夜さんは、その喜びを娘と早く共有したかったのかうずうずしていた。美銀は、喜びと驚きで顔が明るくなる。
「スノードロップ……! でもあれは、お供えには……」
「ヒガンバナ科だけど、これは造花だからね。作り物の花なら毒も棘も無いから、周りに迷惑もかからない。だから大丈夫。専門家……の息子が言う屁理屈だけど信じてほしい」
実際、なぜ毒や棘を持つ花が避けられるかと言えば縁起が悪い以前に、処理が面倒で墓参りに来ている人たちに迷惑がかかるからだ。
造花はそういった問題点をクリアしている。
供える花選びにも幅が広がる事を考えれば、必ずしもちゃんと生きている生花にこだわる必要は無い。
「……ありがとう、あなたに任せてよかった」
美銀はへにゃりと笑い、慈しむような目で僕に言う。
心の底から感謝されたことに若干気恥ずかしくなるが、誇らしくも思う。
期待通り、もしくは期待以上の結果を出せた自分を。
こんな風に自分のことを大切に思えるようになったのは、きっと美銀のおかげだ。むしろ僕が感謝を言いたいぐらいだった。
改めて美銀の方へ向かい直ると、服がじとりと水を含んでいるのが遠目で分かるぐらい、汗で濡れていた。
ちゃんと薄手の上着を着ているので、透けてはいない。
さすが美銀。少し残念とか微塵も思っていない。
「うわ、汗だくだよ!? ちゃんと水分補給してる?」
「してますよ。夏ですから仕方ありません」
「でも、終わったあと服は着替えた方が良いよね? 着替える場所とかは……」
「ここには無いですよ。ですから今日は実家に泊まります」
「あ、そっか」
刀夜さんが居るから美銀の帰りは心配ないわけだ。
僕はどうせトイレかどこかで着替えたら良いし、特に問題は無さそうだな。マンションまで一緒に帰れないのは残念だけど、また会えるし良いか。
「あーそうだ、和士君」
「はい、なんでしょう?」
刀夜が何か思いついたのか唐突にポンと手を叩いた。
「君も今日は泊まっていきなさい」
「……?」
今、何を、言われたんだ?
あんぐりと口が開いたまま、絶句。
理解できても許容したくなかったから沈黙で返したのに、補足するように美銀がにまりと微笑みつつ、嬉々として言い放つ。
「お父さん、これが和士のラノベスキルならぬスルースキルです」
「つまり、イエスってことか。よしよし、帰りは気にしなくて良いからな和士君!」
二人の、白刃家白刃流の都合の良い解釈にツッコむべきかどうか。
その答えを知る者は、悲痛なことにこの場には居なかった。




