第57話 策略はすでに始まっていた
車での移動時間はおよそ二十分ほどで、その間車内では他愛ない話で場を繋いだ。
正直今日会ったばかりの人にどこまで話して良いものかと悩みつつ、緊張してじっくり言葉を選んで話していたら、
「和士君は気の優しい子だねぇ」
と、刀夜さんから見抜かれたように言われてしまった。
それに対して美銀が「でしょう? 和士は初めて会った時も本当に優しくて、気遣いもたくさんできる人で」など、めためたに褒め惚気てくるから冷房が効いてるはずなのに恥ずかしさで顔が熱くなった。
けど、美銀の語りに呆れているようで「そうか、和士君はすごい男なんだな」と上手に返しているのは、娘の事をよく理解しているからなのだろうか。
夏の暑さとは違った理由で汗をかきつつ、なんやかんやで霊園に到着。
時刻は三時を回ったことで日の暑さが和らいでいるが、それでもかなり暑い。
美銀が持ってきたキャリーケースの中から掃除用の道具を取り出し、白刃家のお墓まで持って行こうとしたところで、麦わら帽子を被った美銀が「あっ」とつぶやいた。
「どうかした?」
「お花を、忘れていました」
それを聞いた刀夜が、思い出したように続ける。
「あー、そういえば会話が楽しくて途中の花屋さんに寄るの忘れていたね。いつもそこで買ってたから」
「分担しましょうか。私は先に掃除しておきますので、二人で行ってきてもらえませんか?」
「 「え」」
美銀の提案に思わず声を上げると、偶然どころかコンマ一秒の差も感じられないほど刀夜さんとハモってしまった。
あまりのハモリ方にもしかすると僕らは二人で一人だったのかと疑うほど。
「お父さん、和士って華道の家の子なのでお花に詳しいのです。専門家の意見も交えながらじっくりお花選びしてきてもらえませんか?」
彼女はやんわりと微笑んでいるが、目の奥に策士の思惑を感じる。間違いなく、これは父と義理の息子を対話させようと考えて、ハメようとしている……!
いや、まだ義理の息子じゃないけど!
「美銀、なんならお父さん一人だけで行ってくるから大丈夫だよ?」
「いえ刀夜さん、僕が一人で行きます」
「いやいや、わざわざ掃除に来てくれただけで十分だからね和士君。これぐらい、大人が行くからさ」
「いえいえそんな、行かせてください」
譲り合い精神。
これは日本人の良い癖とも悪い癖とも言えるが、今回はどうにかして頭の回る女性の戦術を回避するための紳士協定となっていた。
「ちなみに、私と和士をお墓の方に残したら二人で愛を囁き合います」
「「ふぁっ!?」」
「お花屋に行かせたら今度は帰りが遅くなります」
「「ええっ!?」」
美銀の言葉に全く同じ反応を返す男二人。
以心伝心というか、きっと美銀の側に居る人間はこんな感じで振り回されるからリアクションが似てくるんだろうなと、僕は思った。
慄いている僕らに追い打ちをかけるように、彼女は説明を続ける。
「つまりですねお父さん、私と和士を二人きりにしないほうが良いと言うお話です」
「とんでもない脅し方をするなぁ! どちらに転んでもべたべたしてるところを見せつけられるなんて……お父さん泣いちゃうよ!?」
「結婚式まで取っておいてください」
「はぐぁっ……!」
「刀夜さんっ! お気を確かに!」
娘が旅立つ時を想像してしまったのか、吐血でもしたんじゃないかと思うほど悲痛な叫び声と共に膝をついた刀夜さんに寄り添い、倒れかけた体を支えた。
「あ、和士君……君は、美銀を……」
「あの、僕本当に美銀さんのこと好きなのでちゃんと責任とります! いや、今は学生の戯言のように聞こえるかもしれませんけど! あっいや責任とらないといけないような関係まではいってないんですけど! ってそんなこと言ったら不健全ですよね! 言い直します! 結婚を考えてお付き合いしたいほど美銀さんは素敵な女性です!」
僕は今の想いを包み隠さず真摯に伝えた。途中から頭の中が錯綜し、視線が泳いでしまったが。
「あの、和士……それぐらいにしてあげてくれませんか?」
自分への愛を直球に聞かされたのが気恥ずかしそうで、なのに酷く申し訳なさそうに美銀が僕へ言ってくる。
「お父さんが、お母さんと同じ所へ逝ってしまいます」
「えっ!?」
視線を刀夜の元へ戻すと、そこには力が抜けて半ば放心状態で真っ白になりつつ、安らかな眠りの表情を浮かべている刀夜がいた。
「ふ、ふふ……雪乃……君の姿が見える……」
「死にかけてるぅ!?」
「どうやら、和士の熱い宣言は一人娘を持つ父親には刺激が強かったようです。ですが、私は……嬉しかったですよ……?」
支えるお父さんの体はぽっきりと折れてしまった刀のようで。
麦わら帽子を深く被り、浮かべた笑みをさりげなく隠す美銀の振る舞いは可愛くて。
けどこれ、どうやって収拾付けたらいいんだ?
「お父さん! お墓参りされる側にならないで下さい!」
「まだ、お義父さんではない……」
「ボケる余裕あるんだったら帰ってきてくださいよぉぉ!」
美銀はクールジョークの使い手で、その子あればこの親ありだ。
あれ、この二人と居たらツッコミ足らないのでは!?
僕は眠り姫がどれだけ苦労していたのかを改めて痛感し、さらに彼女のツッコミスキルの高さを今一度思い知るのだった。




