第56話 彼女の父にご挨拶します、緊張で死にそうです
ご褒美と、彼女は言った。
脳天に響く、冷たく甘い誘いの約言に心臓が大きく揺さぶられる。
その言葉が定義するものはあまりにも幅広い。
しかし、物品では無い。
もし物であるなら「ご褒美をあげます」と彼女は言うはずだから。
些細な違いだが、些末な言葉選びにも意味と真心をこめる人である。
つまりこの誘いは、「私があなたの喜ぶことをします」と受け取る事ができる。
「それでどうですか?」
「……内容は?」
「そうですね。ご褒美の候補が色々ありますが仮に今教えた場合、その内容をCランクとします」
「うん」
「しかし、お父さんと会ってくれましたらBランクのことを。和士の事をお父さんに紹介し、さらに話してくれたらAランクのことをします。ちなみに途中で内容を聞いた場合、その時点でランクが固定されます」
「……つまり、最後まで聞かなければ、より豪華なご褒美をしてくれると?」
「はい」
なんて。
なんて甘い誘いなのか。
気になるなんてレベルじゃない。
我慢した先に美味しい餌が待ち構えていることを最初に知らされただけで、どうしてこうも現状に対する踏ん切りがつくのだろう。
「行きます……」
「はい、熱中症に気を付けましょうね」
結局僕は怯えて怖気づき、心を盾で守ろうとした時点で弱かったのだ。
戦術が脆弱で、一辺倒。
僕の盾は最強では無いのだ。借り物でちょっと強い程度の盾が、最強の矛に貫かれるのは当然の摂理であり、矛盾状態すら成立しない。
全くもって情けなく悔しいが、それでもどこかすっきりとした心持でいるのは「負けるべくして負けた」と腑に落ちているからだろう。
負けを認めた武士らしく、切腹でもしたい気分だが残念ながら彼女がそれを許さないことが、僕が今も生きていられる精神の生命線でもあった。
質量のある、重い愛に支えられているよなぁ、僕は。
*
「み、美銀……、その隣に居る男の子は……?」
「彼氏です」
「こ、こんにちは……初めまして……」
美銀は墓参りに行くことを電話で父親に報告したら、どうやら丁度海外から帰ってきたばかりらしく、それなら一緒に行こうとなった。
ただし、彼氏を連れてくるとは一言も告げなかったことが、目を丸くして唖然とした表情でこちらを見てくる佇まいでなんとなく察してしまう。
「美銀に……かれし。枯れ死……カレ死……?」
「私の愛する人を勝手に殺さないで下さい」
文面で発生するツッコミをなんで彼女は会話からできるのだろう。空気を読むどころか空気中の文字を読んでるよ。
さらりと惚気をかましてきたことにさらにショックを受けたのか、彼女の父親は胸部を両手で抑えたポーズを取って咳込む。
「うごほっ! ヒュー……ヒュー……」
「お、お父さん! 大丈夫ですか!?」
「お義父さんになった覚えは、まだない……」
「そうですよね! まだお義父さんではないですからね!」
僕も文字にツッコめてしまった。
どうやらこの能力は意外と簡単に扱えるようだ。
「信じて送り出した娘が、たった三か月で彼氏を作るなどっ……!」
「ちなみに、彼に惚れたのは入学式の日です」
「初日から落ちてたのか!?」
「一目惚れは無いようであるんですよ」
「ぐっ……お父さんも似た経験があるから言い返せないっ! 我が娘だからこそ説得力があるっ……!」
普通にノリツッコミしている……。
喜怒哀楽豊かに冗談をぽんぽんと繰り出しながら、美銀の父親は娘と楽しそうにやりとりをしている。クールジョークの系譜はここにあり、ということか。クールさは薄いけど。
しかし今日の目的は墓参りであり、駅前まで車で迎えに来てくれた美銀の父親とここでずっと話し込むわけにもいかない。
その考えは目の前にいる親子も持っていたようで、意志を汲み取ったのかすっと雰囲気を切り替えた。
「まぁ、とりあえず乗りなさい。車の中でも話はできるしな。それとええと……彼氏君のお名前は?」
「あっ、御船和士です!」
「和士君か。美銀の父親の『白刃刀夜』です。娘がお世話になっております」
「そ、そんな! こちらこそ美銀さんにはよくしてもらってます!」
深々と丁寧に頭を下げてくる刀夜につられて僕もへりくだるようにお辞儀する。
年下に対して向ける礼節から人間性の良さが垣間見え、礼儀正しい美銀の父親であることを仕草から感じ取れた。
そんな僕らを見て美銀は珍しくにこにこ微笑みながらぽそっと呟いた。
「ファーストコンタクトは順調ですね。和士、Bランクですよ」
「ん? Bランク?」
不思議そうに首を傾げたお父さんの疑問を振り払うため、無理やり話題を切り替える。
「あー! もう三時になりますよお父さん! 早くお墓参り行きましょう!」
「え、ああ……そうだね? なんだかよく分からないが、まぁ行こうか」
そう言って車の方へ向かう刀夜の背中を見て、一安心する。
美銀は父の視線が無くなったのをいい事に、僕の手を優しく握ってきた。
「Bですよ、和士」
「分かったから……」
「あ、喜んでますね。脈が速くなってます」
「誰だって、ボーナスが増えたって言われたら嬉しくなるものだよ。けどさすがにお父さんの前では心臓に悪いから、控えめにしてもらえますか……?」
「イチャイチャを親に見せつけないのですか?」
あっこれ、つい最近僕の母親の前でイチャついたことを根に持ってるな。
「み、見せつけるのはちょっと……」
「羞恥プレイは好きではないと、心のノートにメモっておきます」
「飛躍し過ぎだって。二人の間で細々と愛を育む方が好きというか……」
「ほーん、だから内弁慶なのですね。家ではあんなに堂々と攻め立ててくるのに」
「ちょ、声のボリューム下げて……! お父さんに聞かれる!」
「ぐむむ」
美銀の口を抑えてこれ以上の発言をやめさせようとした時、ちくっと冷ややかで嫉妬の混じった視線が刺さっている事に気づいてしまう。
「お二人さーん、初老の男を置いていかないでくれー」
高級そうで掃除も行き届き、綺麗な光沢を放っている黒色のワゴン車にもたれている刀夜さんが、眉をへの字に曲げつつ軽く笑いながら嘆いた。




