第55話 ご褒美
「和士、付き合ってほしいのですが」
一緒に昼食を食べて洗い物も終え、ソファーに埋まりながら満腹感を気持ちよく味わっていたら、美銀が急にそんなことを言い出した。
「もう付き合ってるでしょ?」
「あなたのジョークはやっぱり少し皮肉ですよね……」
「その悪癖も最近は美銀さんの嬌声で落ち着いてきた方だよ」
「……聞こえてきた言葉の意味違いません? 矯正ですよね? 女の艶めかしい声の方を言っている気がするのは私の勘違いですよね?」
「美銀さんのは可愛いからありだよ」
「や……さらっとそんなこと言わないでっ!」
美銀は顔の前でぱたぱたと手を振って頬を赤色に染めている、可愛い。
クールなジョークばっかり言っていた人が、最近はデレたりツッコミ役になるだなんて三か月前の僕に言っても信じないだろうな。
それ以前に、こんな美人が自分の彼女になっているなんてことも僕は信じないだろうし、そんな未来があるならいっそ死んでしまおうみたいな愚行に走りそうだから、タイムマシンはいらないな。
「はぁ……分かりましたよ、ちゃんと主語を言います。お墓参りに付き合ってほしいのです」
「ああ」
そういえば今はお盆の時期だ。
一人暮らしで家族と離れているのなら普通、実家に帰るのは恒例行事でもある。
僕は実家までの距離や拘束時間、諸々の理由で帰らない。だが彼女はまた別だろう。
しかし、実家に帰るのに僕を連れて行っていいのだろうか?
「実は父親が海外にいるのでお墓がほったらかしになってしまうのです。その代わりに、掃除だけしたいと思っていまして」
「あー、オッケーオッケー。喜んで手伝うよ」
「では、今からは?」
「……えっ?」
恋人になってからは距離感がさらに縮まって、美銀はほぼ毎日僕の家に来ては昼食を作って一緒に夏休みの課題をして、夕食も一緒に作って食べたあとに自分の家に帰る。
ただ今日は玄関を開けて美銀を迎えた時、キャリーケースを持っていることが不思議だったが、どうやら今から行くつもりらしい。
「ま、まぁ暇ではあるから良いけど……えらく急だね?」
「天気が明日以降は崩れそうなんですよね。雨でびしょびしょになってからするのは、さすがに骨が折れますので」
「それもそうだね。じゃあ着替えてくるから待ってて」
「着替えも一セットは用意しておいてくださいね。タオルとかは私が持ってきてますので」
「了解ー」
寝室へ戻って汚れても良い服装に着替え、掃除したあと着替える服も用意して美銀の下へ戻ると、彼女は電話をしていた。
「……そうですか、それは、すごく嬉しいです。……ええ、はい、また連絡します」
通話を終了し、微笑を浮かべながら視線をこちらに向けてくる。
「和士、付き合うって言いましたよね?」
「え、うん」
「武士に二言は?」
……嫌な予感。
というか、美銀という恐ろしく凄まじい勘を持つ人の隣に居たことで、相対的に鍛えられた僕の勘が戦慄している。
「……武士では無いけど男だから、一応……」
「では、今から私のお父さんと会ってくれますか?」
もし、これが聞き間違いであるならどれだけ良かったか。
僕が武士道精神なんて持ってなかったらどれだけ良かったか。
いや、そもそも男ですら無かったらもっと言い訳できたのに!
女武士とかそれはそれでカッコいいけどさ!
「……お父さん、海外に居るんじゃ……?」
「帰ってこれたんですって、仕事が少しだけ落ち着いたみたいで。せっかくなので紹介したいのです。『この人が私の愛する人です』って」
全く、心臓に悪い言葉をつらつらと。
ナイフでえぐられているような気もして、なのに嬉しくなる彼女の想い。
僕、ドMになっちゃったのかな。
「……ちょっと髪セットしてきても良い?」
「これから汗だくになるのですから、無駄なことですよ」
「わー、なんだかいやらしい」
「はいはい、頭がショートしたならちゃんと私が冷ましますよー」
美銀にぐいぐいと手を引っ張られ、玄関の扉へ近づいてしまう。
ここを出たら僕はどうやっても彼女のお父さんにご挨拶をしないといけない。武士にならなければならない。
ならなくては。
なすがまま。
いや、やっぱり無理難題、僕には無理なんだい!
「美銀さん! 掃除だけしたら帰っても良いですか!」
「あらあらそんな間抜けな姿を見たらあなたのご先祖様が悲しみに嘆いて切腹しますよ? というかそれは彼女である私も情けなくなるので、私が直々に介錯しても良いですか?」
「僕を殺してっ! そしてあなたは生きて!」
「あなたを殺したら私も死にます」
「想い重い! 前々から思っていたけどあなたクーデレじゃなくてヤンデレでしょ!?」
「ああ、なぜ私の愛を理解してくれないのでしょう……」
握る手にだんだん力がこもってきて、というか爪が食い込み始めた。まさかの脅しに寒空に放り出されたように肝が凍りつく。
美銀のクールジョーク氷冷と、冷や汗で今度は心が寒さで震える。
「く、クーヤンデレ……!?」
「新境地、というか源流が同じものが混ざり合った形ですね。愛とはそういうものです」
「あ、愛ってもっと熱い物じゃ……!?」
「いいえ、愛は温度ではなく質量です。氷とお湯だと思ってください。どっちも少量なら問題ないし役立ちますが、大きかったら人は潰されますよね?」
「潰す気なんですか!?」
「だからバランスともいえる飴と鞭が大事なのです。私は今日、どうやってでもあなたを父親の下へ連れていきますよ」
「拒否する選択肢はありますか!」
美銀はこちらを絶対零度の鋭い眼光で睨み付けてくる。完全に呆れ果て、見下されている。だがそれに僕は卑屈な盾を持ち出し、自分の心を守り切り、何とか耐えて怯えながらも視線を返した。
徒に抵抗する僕を見てやれやれとため息をついた美銀は、やり方を変えたのかそっと僕の耳元に近づき、囁いてくる。
「……会ってくれたら、私が和士にご褒美をします」




