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クールな白刃さんはデレで殺す  作者: アオカラ
第三章 死が二人を別つとも
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第54話 誘惑


 突然の訪問者が帰ったことで、部屋の中は静けさを取り戻した。

 今この家には僕以外にもう一人いるはずなのだが、彼女に「気配を殺して」とお願いした所為かおかげか、今度は油断すると居る事すら忘れてしまうぐらいの静寂が訪れる。


 この美銀が持つスキルを看破することは、さすがの父親もできなかったようだ。

 気配殺し。

 もっと具体的に言えば、自分で自分の存在を殺す行為。

 今まで僕は、何度もこの能力で背後を取られ、あられもない姿を見られた経験が多い。

 というか、真横に居てもたまに彼女の存在が意識の外に出てしまう時もあるぐらいに、普段の呼吸や動きが深閑なのだ。

 鎮静剤でも常用してるの?――と聞けば、

「周りの空気に溶け込むのです。浮かないようにするといった方が適切ですね」

 と一切のジョークすら交えない返しをされ、本当に裏で暗殺業をしているんじゃないかと疑った事もあるのは懐かしい。


 女の子を部屋に連れ込んでいることは勘付かれてしまったが、防衛自体は成功だ。

 作戦完了の報告をするため、寝室の扉を開けると視界に映った光景に心臓がどくんと跳ねあがる。

 ベッドで横になり、無防備な姿で寝ている美銀みしろが居たからだ。


 元々ベッドにお姫様抱っこまでして無理やり連れ込み、寝ていても良いと言ったのは自分だが、目を閉じて静かに寝入ってしまっている彼女を見て、思わず唾を飲みこみ喉が鳴る。


 家で恋人と二人きりで、彼女は男のベッドで寝ている。

 それは、僕にそこまで気を許しているという証でもある。自分の体が他人の匂いに包まれても平気というのは、少なからず相手を好意的に思っているからだ。


 しかし、それ以上に「彼女が自分のベッドで寝ている」という状況に本能がくすぐられる。


 自覚してしまうと顔面に血が群がるように集まる。

 どく、どくと心臓の鼓動が加速し、欲望を刺激する熱情が胸に溜まってくる。

 寝ている美銀を起こさないように足音を殺しつつ、静かに歩み寄る。


 彼女の下へ一歩近づく度、心拍が上がる感覚に襲われる。

 もしこのままずんずんと歩みを早めたら、脈拍は一気に上昇して自分を抑えられないような気がした。


 誘われるように彼女の寝顔を覗き込もうとし、寝息も聞こえそうな距離まで自分の顔を近づける。

 気品や美しさすら感じる寝顔が視界に入りつつ、不自然なことに気付く。

 美銀の寝息が、全く聞こえないことに。


「釣れました」


 ゆっくり目を開けながら呟いたと思ったら、彼女は両手をおよそ人の意識で追えない素早さで動かし、僕の顔を拘束するかのようにがっちり掴みあげてきた。


「うわっ、起きてたの!?」

「女子の寝顔を覗くなんて、武士道が泣きますよ。あなたらしくないですね」

「いや、寝てたから起こすのは良くないって思って!」

「私の寝姿に悪戯心が芽生えたんでしょう?」

「そ、そんなこと……!」


 否定しきれなかった。

 いや、否定すればバレるが正しい。

 今お互いに至近距離で目を覗き込んでいる状態では、何か言葉を発する度に「嘘か真か判定」が下されるのだ。目の奥で心の合わせ鏡が起こるのが、僕と美銀の特殊なスキル。


 目は口程に物を言う。

 目は心の鏡。

 The heart's letter is read in the eyes.(心の手紙は目の中に読み取れる)


 であるなら、否が応でも瞳が合う状態に持ち込めば真実を炙り出せるとも言える。

 自分の体を餌とし、誘い込む。

 とんでもない覚悟と利発さだ。


「さぁ答えなさい和士。今日の私は少し短めのスカートを履いています。覗こうと思えばいくらでも覗ける状態だったでしょう?」


 実は扉を開けて寝室に入った瞬間、意図せずスカートの先にある三千世界がチラッと見えてしまった。色はголубой(みずいろ)っぽかった。


「覗きはしませんでした」


 嘘は言ってない。

 見てはしまったが覗こうとは思ってないのだから。

 水晶玉のように澄んだ輝きを持つ美銀の瞳に見惚れつつ、次の質問が飛んでくる。


「では、なんでそんなに興奮しているのですか?」

「人から睨まれたら誰でもビクつくよ。ましてや美銀さんみたいなクールな人だったら余計にね」


 これも嘘では無い。

 今現在の興奮状態は本能がくすぐられたものだけでなく、恐怖心も混ざっているから。

 まぁその内訳は「覗き見がバレる事の恐怖」ではあるけど。


「ふむ。ならどうして抜き足差し足でこちらまで近づいて、キスしようとしてきたのですか?」

「キスじゃない! 頭を撫でたいなって思っただけだよ!」


 突然、美銀は目を閉じて「すーすー」と口で擬音を放ち始めた。息とか呼吸みたいな空気音を表現せず、声で言葉を放つ。

 説明が面倒というか難しいな。あれだ、「すやすや」って寝る時言わないよね?

 あんな感じ。


「いやいや、今更もう一度寝たふりしても無理でしょ!?」

「撫でなさい、私は今寝てます」

「『起きてる?』って聞いて『寝てる』って帰ってくるメッセージ並みにツッコミ待ちだねぇ!?」


 目を閉じたタイミングで美銀はがっしりと鷲掴みにしていた両手を離した。それは今の状況から抜け出すわずかなチャンスでもあり、僕は縄を振りほどくように一歩後退する。


「なんで逃げるのです? 撫でて下さいよ?」


 甘い要求をしているはずなのに声色が氷のように冷たく平坦であるため、ギャップが凄まじい。

 というより必死に踏みとどまって本能を抑えているというのに、その僅かな精神の機微も見計らって誘惑してくるとか、なんて蠱惑的な女性なのか。


「簡単には落ちませんね、あなたは」

「攻めの刺激が強すぎて慣れ始めていることに、僕は不安になってるよ」

「あら、ゆくゆくはもっと刺激的なプレイで攻める必要がありますかね?」

「泣くよ?」


 ただでさえ、さっき父親から「節度を守れ」と言われたばかりなのだ。我慢する練習もしたいというのに向こうから「我慢しなくて良い」と遠回しに誘われているのが、理性と欲望の板挟み状態で辛すぎる。


 横向きで寝ていた彼女は起き上がり、ぺらっとめくれば大宇宙が露わになるぐらい短めのスカートを押さえながら姿勢を正して座る。


「お父様はなんて言っておりました?」

「……ばれてた」

「まぁそうでしょうね」


 特に驚きもしない相槌をうった彼女に僕は驚いた。


「証拠が多すぎますから。明らかに男子高校生一人で回っている部屋ではありませんし。ああいえ、生活力が低いという話ではありませんよ? むしろ高すぎるという話です」

「というと?」

「小奇麗すぎるのです。人が頻繁に出入りしていなければ、ここまで綺麗な状態は保たれません」

「でも、父親はそれとは別に女性の髪の毛が云々って言ってたような……。長い髪が落ちてたって……」

「あなたの反応を伺うためのブラフじゃないでしょうか? 引っかかればそれは意中の人である。引っかからなかったらただの隣人か友人、といった感じで」

「うわぁ……」


 空恐ろしくなり、思わず呻く。

 見てもいない人間の心理を、情報と状況だけでそこまで読めてしまうのか。

 もし出入りしているのが美銀ではなく、眠り姫や葵先輩なら僕は「ただの知り合いだよ」と言っていただろう。

 そんな細かな分岐の可能性まで、美銀は見抜いている。


 恐ろしい人であることは理解しているのに、ロウソクに惹かれる蛾のように自分からわざわざ近寄ってしまうというのは、美銀がとんでもなく男を魅了するフェロモンでも出しているからなのだろうか?


「その紙袋はお土産ですか?」


 父親から受け取った紙袋へ目をやりながら彼女は聞いてくる。


「そんな感じ。スイートピーをもらったから母親にお供えだけするよ」

「……一緒に居ても良いですか?」

「え?」

「和士のお母様に、ご挨拶をしたいです」


 ベッドから降りて立ち上がり、静かに僕の返事を待つ美銀。

 彼女の良心がじわりと心に響き、目の奥が熱くなる。


「……うん、ありがとう。いくらでも挨拶していって」


 そう言って僕は小説や漫画が並ぶ本棚の上にある、母親の写真が入った小さな額を立ち上げる。

 お花を添える時など、限られた場面でしか立ち上げる事はない。

 伏せている時が多いのは、きっとトラウマとして残っている証なのだろうが一人暮らしを始める際、父親に渡された写真でもあるため大事にはしている。


 美銀は立ち上げた額でやんわりと微笑む母親の写真を見て、どこか不思議そうな表情を浮かべた。


「どうかした?」

「……いえ、別に」


 一瞬だけ考えるような素振りをしたが、疑問を上手く解決できなかったのか彼女は気にせず続けた。


「温かくて、優しそうで、良い表情をしてますね。撮ったのは和士のお父様ですか?」

「多分そう。奥さんが大好きな人で、たくさん写真が残ってるからそのうちの一つかな」

「きっと、お母様も旦那様のことが好きだったのですよ。でないと、こんな和やかな笑顔を浮かべる写真は撮れません」

「そうなのかなぁ。だとしたら僕はバカップルの息子なわけだ」

「あら、それは自分への遠回しな皮肉ですか?」

「……ばれたか」


 両親の関係を嘲笑するように見せかけて、その実自分自身も美銀に対してゾッコンであることを皮肉っていた。


「見せつけますか? お母様に」

「たとえば?」

「え? 例えばというのは……?」


 普段ならあたふたする僕だが、攻められるばっかりでは刺激が足りないと考え、攻勢に出た。美銀は思わぬ返しに戸惑い、表情に焦りが浮かんでいる。


「べろちゅーぐらいまでなら見せつける覚悟あるよ」

「どんな覚悟ですか!」

「誘ってきたのはそっちだからね」

「え、え!? 和士、ちょっと……!」


 天国か地獄か、はたまたそれ以外のところにお住まいの母さん。

 あなたの血筋はどうやらDNAレベルで受け継がれているようで、僕が今写真越しにバカップルっぽくあられもない姿を見せつけているのは、僕の所為だけじゃないと言い訳しておこうかな。


 なんてったって僕の彼女は普段クールな分、デレさせると可愛すぎるから。

 ちょっと攻めたら一瞬でよれよれになっちゃうから。

 だから。

 写真で切り取られたその微笑みが、今の僕らを嘲笑っているように見えるのも、卑屈な血筋が脈々とこの世界に残っている証だと、開き直っておくよ。

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