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クールな白刃さんはデレで殺す  作者: アオカラ
第三章 死が二人を別つとも
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第53話 色褪せない母と校


 父親を迎えるため玄関に向かうと、蓮は下駄を脱いでいる最中だった。


「よっ、元気にしてたか?」

「はい、元気であります」

「なんだ? なんか堅苦しいな。久々の父と息子の再会だってのに、緊張してるのか?」


 声音や台詞が強ばるほど気が立っているのは、実の親に隠したい物や訳があるからだとは言えるわけも無く。

 見られたら恥ずかしい物というより、順を追って紹介したいと考えている彼女と父親のファーストコンタクトが自分のベッドなど「それなんてゲーム?」展開だ。


 絶対防衛線は僕の寝室。ここに御船みふねれんを入れてはならない。


「ま、今日は顔をちらっと見に来ただけだから。そんな焦らずともすぐ帰るぞ」

「焦ってる様に見える?」

「まるでそっち系のビデオか本をついさっきまで見ていたぐらいには」

「父さん、ビデオって死語だよ」

「む、言われてみれば確かに……。今の子って『テープがぐしゃぐしゃになって見れなくなった』とか『レンタル店に返す時ちゃんと最初まで巻き戻すかしないか』とか通じないんだってな?」

「僕が生まれた頃にはほとんどDVDだったしなぁ。父さんからそういう実例的な話を聞いてなんとなく知ってるぐらいだし」

「よよよ……時代の変化というのは嬉しいようで寂しい物だ……」


 着物の袖で自分の顔を隠しつつ、泣くような素振りを見せる。

 洋服が当たり前な今の時代に、蓮は和服だ。

 日本系の仕事をやってますと言わんばかりの服装は、本人の厳かで落ち着いた雰囲気にも似合っており、珍しい服であるはずなのに浮いてない。

 入学式や卒業式といった晴れ舞台に着るだけの薄っぺらい付き合いではない、長年の貫録が滲み出ている。

 リビングの方へ招き入れつつ、僕はふとした疑問を投げかける。


「けどよく来れたね、たしか外国に行ってたんじゃなかったっけ?」

「お盆だし一度実家には帰ろうと思ってたからな。母さんにも挨拶をしておかないと」


 父親の独り言に、後ろめたさを覚えてしまう。

 蓮の言った母さんというのは、御船家の母の事だ。

 彼の奥さんで、僕の母親で、今は亡き人。


「……僕も帰った方が良いかな」

「あー、無理はするな。このマンションから実家まで大体四時間ぐらいかかるしな。夏休みと言えど、往復で半日近く拘束されるのは結構しんどいだろ?」

「うっ……けどやっぱり……」


 蓮は父親として、キッチンやリビングを視察するように悠々と歩き回る。


「気にするな。母さんも家も和士が帰ってきたら喜ぶだろうが、へとへとになっている姿で帰ってきたら心配の方が上回るぞ」

「そ、そうなのかな」

「無理しない範囲で良いのさ。形式も大事だが、縛られすぎて身を滅ぼすなんて本末転倒だろう?」


 それに――と蓮はテレビやソファーが置いてある方向に視線を移しながら続ける。


「一人暮らしは上手くいっているようだが、まだ一年目だ。帰省するのは、もっと慣れていって気持ちや時間の余裕ができてからでも良いだろう」


 蓮の視線を追いかけると、そこにあったのは美銀が持ってきたゲーム機だった。

 まずい、あれは僕が元々持っていないものだ。不審がられているのかもしれない。


 胸のあたりに小さな針がチクチクと刺さるような感覚。

 その痛みを無理やり払うように、話題を切り替える。


「そういえばさ! 今回は実家に帰ったあとは、またすぐ旅立つの?」

「いや、日本での仕事が溜まってるから少しの間留まるよ。と言っても、あちこち行くことになるから実家に居る時間は少ないけどな」

「また車中泊生活?」

「そうなるなぁ。身軽だから嫌いではないけど、もう最近は腰がな……」

「エコノミークラス症候群にも気を付けてね」

「はは、気を付ける」


 車移動でずっと同じ姿勢でいることも多い一方で、華を活けるために動いている時間も多いはずだ。それでも今年四十歳を迎える父親は、自分の体との付き合い方も難しくなってきていることが少しだけ辛そうに笑っている表情からも読み取られる。


「あ、それとスイートピーも持ってきたんだが、いるか?」


 持ってきたがリビングまでは持ち込まず、玄関に置いたままの紙袋を指さしながら、こちらの反応を伺う。


「……もらおうかな」


 蓮は無言のまま目を見開いて驚愕の表情を浮かべる。


「ん? どうかした?」

「いや……その、和士」


 言い淀み、それでも懸念が勝ったのか、視線を泳がせながら恐る恐る尋ねてきた。


()()()()()()?」


 蓮の配慮を理解した僕は、少しだけ笑いつつ頭の後ろをかきながら答える。


「あー、うん。実はこの前の母の日は、自分でお花屋さんに行ってスイートピーを買えたぐらいだよ」

「そ、そうなのか……!」


 僕の言葉を聞いて蓮は穏やかに笑顔を浮かべ、嬉しそうに声を上げた。


「花嫌いも、花へのトラウマも、結構マシになったよ」

「それは、良かった……! いやまぁ、だからと言って父さんができることは少ないが……」

「いや、生活費や学費は本当に助かってるし、十分良くしてもらってるよ」

「……そういってくれるなら、嬉しい。父さんは、和士が嫌いな物で食ってる事が、どうしようもないほど悩みの種だったからな……」


 元々、中学二年生の終わり頃まで、蓮は花に関する知識を真面目に教えてくれていた。

 しかし、三年生の暮春。

 好きな女の子と死別し、そのショックから中学卒業まで引きこもりになってしまった僕を、蓮は腫れ物のように、活ける華を扱うようにデリケートに接した。


 今まで学んできた物、全ての過去が苦い記憶を引っ張ってくるような気がして、僕は外界から入ってくる情報をシャットアウトした。

 それは、今まで当たり前のように触れてきた花に関することも。


 家に帰ってきても、蓮は仕事の話題は持ち出さずに当たり障りのない会話しかしなかった。父親の悲し気な温情は、その時の僕にとって冷たい優しさで、そんな優しさを向けさせている自分自身が不甲斐なくてしょうがなかった。


 けれど、ある日。

「父さんの母校に興味は無いか?」と尋ねられる。

 僕にとってそれは願ってもない提案だった。地元の高校に進んでしまえば、引きこもりだったことを周りの生徒に知られてしまう可能性が高い。

 それに比べたら、地元からかなり離れてしまったがこの学校に来た意味は大いにあった。


「……父さん。この高校は、良い学校だよ。親友って言いたくなるような友達とも出会えたし、みんな伸び伸びとしてて過ごしやすい雰囲気だし。教えてくれてありがとう」

「良い出会いがあって、トラウマを乗り越えられたのか?」

「まぁ、そんな感じ」

「なら……良かった。苦渋だったあの決断が、和士のためになったのなら父親としてこんなに嬉しい事は無い。母さんにも喜んでもらえる」

「……ん? 母さん?」


 普通なら「天国で喜んでいる」といったニュアンスに聞こえる言葉が、どこか引っかかる物があり、つい聞き返してしまった。


「ああ、そういえばこれはあまり話したことないな。実はな、母さんは僕の先輩だったんだ」

「……えっ、ということは……二人の母校なの!?」

「懐かしいなぁ。校内の可愛い女子ランキング一位の母さんをどう落とすかで考えまくってな? 結局『好きなお花はなんですか?』って聞きこみに行って『スイートピー』って言われたのが始まりでな?」

「あ、それ長くなりそう?」

「長いよ」

「じゃあまた今度で」

「和士ぉ! 聞いてくれよぉ!」

「父さんの惚気話は長いんだよ……」


 悲痛な叫びをあげる父親を見て呆れる。愛が長くて重い。

 傍から見る分には愛妻家で良い夫とも言えるのだろうが、それが身内となれば話は別。

 親の惚気話を聞くのはどうにも恥ずかしい。

 しかも今日は早めにご撤退願いたいので尚更。寝室で待たせている人が居るから。


「……不服だが、母さんの好きな花を受け取ってくれるだけでも良しとしようか。普段の生活も見れたし今日は帰るよ」

「あ、そう?」


 今ほんのちょびっとだけ、内心喜んでしまったことは少し反省。

 すすすと静穏な歩みで玄関へ向かう蓮を見送り、持ってきた紙袋に入っている白いスイートピーを受け取る。


「あ、それとな和士」

「うん?」


 靴、というか下駄を履き終えた蓮はそのまま出ていくかと思いきや、振り返って真っ直ぐこちらを見る。


「節度を守れば先行きは安泰、だぞ?」

「…………」


 まさか。

 いや、そんな。


「掃除ができていないということは無いが、人の目をごまかすにはそれ相応の準備がいるものだ。長い黒髪一本で、バレるものだよ」

「あの、父さん?」

「じゃあなー。紹介してくれる日が来るのを楽しみに待ってるよ」

「待って! 勘違いしないでぇ!」

「ははは! 若さに負けるなよぉ?」


 僕の言葉など気にも留めず、蓮は袖に腕を通してからから笑いながら下駄を鳴らし、家を出ていった。


「違うんですよぉ……」


 蓮が立ち去った玄関でスイートピーを持ったまましゃがみ込んで頭を抱える。

 独り言は、持っていた花へ静かに吸われてしまった。

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