第51話 来客はいつも唐突に
夏と罰って似ている気がする。
母音が一緒だからというのもあるけれど、どちらかと言えば夏は罰を生み出すといった抽象的かつ哲学めいたお話で。
ひと夏の過ちとか、夏と罪を重ねて罰を生むとか。
これから何かの言い訳をしたい人間がうだうだ回りくどい論理を巡らせているだけにも見えるだろう。
しかし、いざ恋人と二人きりになり、雰囲気が危険で甘美な状況になった時、はたしてそれを理性だけで抑えきれるものだろうか?
例えばラブコメというのは、常に身内や幼馴染、クラスメイトや友人など何者かの邪魔が入る事で二人きりの空間を邪魔され、結局何も起こらず先延ばしといった展開が多い。
もちろん、そうでなくては物語は展開も無いし話も広がらないし、終わりもあっという間に訪れるだけで終了だ。
二人は運命的な出会いをしました。
その後、二人は幸せに暮らしました。
この二行で終了。
ネットニュースの見出しじゃないんだから。
小学生の読書感想文ですらもっとマシなこと書いてる。
なにが言いたいのかはっきり端的に言うと、僕は夏祭りで罪を犯した。
クールで聡明な美少女であると同時に、周りの人間が追い付くのも難しいぐらいの冗談を連発するお茶目さんでもある美銀の愛の告白を、僕は断るはずだった。
断るべきだった。
自分のような性格の悪い卑屈な人間に付き合わせるわけにはいかないと、彼女の深い愛を振るつもりだった。
なのに、最後の最後。彼女の家族との思い出の土地で。
聡明で冷静で知的な彼女が、感情論で訴えかけてきたのだ。
そんな荒業、ならぬ裏技を行使されるとは思わず。
冷静沈着な性格を使い、虎視眈々と外堀を埋めてじわじわ追い込んでくるかと予想していたから、面食らった。
しかし美銀にとって、あの情熱のこもった叫びは本音でもありながら、無意識の計算でもあったのだろう。
僕の固い意志をおおむね理解していたからこそ、わずか一瞬だけぶれさせる作戦で攻めた。
動かないなら、土台を揺らす。
コインの裏が見えないなら、叩いて弾いてひっくり返す。
元々の在り方や意識が変わらないのなら、一瞬だけ裏返ってもまたいつか元の状態に戻る。
だからこそ、その一刻の気の迷いを生み出すだけで良かった。
僕の意志が揺らいだその瞬間に、あっという間に恋人としての既成事実を作られた。
……いや、残念ながらあの天文台は完全に外だったし、彼女をおぶって帰る予定でもあったために体力が消耗するようなことはしていない。
比較的健全な、高校生の恋人らしいことだけした。
……氷のお姫様にしてはずいぶん熱のある求愛だったけど。
まぁそれはそれとして。
僕は白刃美銀というクールなのに茶目っ気があり、なのに少し攻めたらぼろぼろ崩れるようにデレてあたふたしてしまう彼女と晴れて恋人になったことを、噛み締めなくてはならない。
黒歴史を白歴史に塗り替えるほど、思い出すだけでにやついてしまいそうな幸せな日々を重ね、過ごしていく。
こんな僕に付き合ってくれる彼女を、どんな手を使ってでも何を犠牲にしてでも幸せにすると、ひと夏の星空と思い出の平原に誓った。
揺らいでしまい、罪を犯した自身を悔い、その罰を受け続ける覚悟を決めた。
いつか訪れる別れの時まで。
*
「えっ、それ確定でコンボ入るの!?」
「空中で弱攻撃を最速ではなく、少し遅めに出すことで硬直時間を作ることでそのままコンボに繋がります」
「プロゲーマーじゃん……」
「いえいえ、所詮アマチュアちゃんです」
夏休みも中盤の八月十日。
うだるような暑さで部屋を出る事も億劫になる盛暑。蝉の鳴き声がガラス越しに聞こえてくるほどの夏真っ盛り。
「ゲームがしたいねー」と僕の恋人に何気なく言ったら、冷房の効いた涼しいリビングで前の誕生パーティーでやった対戦ゲームをすることになった。
正直な話、実力が違いすぎるから敵う気はしないが、美銀は助言や指南も的確かつ褒め上手で、テクニックや小技を教えてもらいつつ二人きりで穏やかな午後を過ごしていた。
ちなみにゲーム機は美銀の私物。
眠り姫いわく「美銀はランカー並み実力を持っているくせに楽しむことを優先するエンジョイ勢」らしい。
ソファーに並んで座り、美銀の丁寧な指導で少しずつ自分の腕が上達していくのを実感し、高揚感に包まれる。
「な、なんか今ならカズをこてんぱんにできそう……」
「ふむ、実践しますか?」
「今からカズを呼んでその上で倒すってこと? 鬼畜じゃん」
結構Sっ気たっぷりな冗談にツッコミを入れると、待ってたと言わんばかりに目を細めて嬉しそうに笑う美銀を見て、胸のあたりが温かさで満たされる。
ただ相手の笑っている顔を見ただけなのに自分も笑みが浮かぶというのは、幸せなことだろう。
二人きりなこともあり、甘い空気が部屋全体を包む中、突然自分のスマホからベル音が鳴り響く。心地よい時間を邪魔してきた機械音を恨めしく思いつつ、画面を覗くと「父親」と名前が出ていた。
「あ、親から電話っぽい。ちょっと出てくるよ」
「はい、分かりました」
身内との電話を彼女に聞かれるのが気恥ずかしく、スマホを持って廊下まで出てリビングに繋がるドアを閉めて応答する。
「もしもし」
『おー和士、元気か? 今大丈夫か?』
「うん、平気」
電話相手は僕の父親である「御船蓮」だった。
華道が本業だが、それ以外にも花や造園関係の仕事も幅広くこなしている芸術家。
華道の在り方や心構えを日記づてに教えてくれたのが母親なら、蓮は華の知識を教えてくれた人。
そんな父親が、電話越しに淡々と告げる。
『実は今そっちまで来てるんだ』
「……ん? え? そっちっていうのは?」
理解が追い付かない、というより理解したくなかったから、確認を求めて聞き返す。
『和士のマンション』
これこそ、ラブコメの神髄でありながら定番。
ヒロインとならまだしも、立っても全く微塵も嬉しくないフラグ。
親フラグだった。
お待たせいたしました。
本日より第三章を毎日朝六時に更新いたします。
二人がそれぞれ持つ最終目標へ、一緒に追って頂けたら幸いです。




