第50話 クールな美銀さんはデレでぶっ殺す
「さて、混雑するのが見えてたわけだから『早めに出よう』って話してたわけだけど」
「誰かさんの所為で、時間を食ってしまいましたからね?」
「浴衣は似合ってるから良いと思う」
「褒めれば良いとか思ってません!? 美銀はそんな甘い手には乗りませんよっ!」
「……ん? 美銀?」
彼女が今、自分の事を名前で呼んでいるのを聞き逃さなかった。
「やっ、あの……」
「ほー。白刃さんって一人称、自分の名前だったんだ?」
「くぅ……悪いですか!」
まるで黒歴史を明かされたように恥じらっている表情と今日という日を、すぐ写真を撮る学生のように心のメモ帳に刻み込む。
「いやぁ? 可愛くていいと思うよ」
「目が笑ってます! 絶対そんなこと思ってない、見下すような目です!」
「違うさー、これは心の底から笑ってる時の目だよ~」
軽い冗談を交わし合い、会話を楽しみながら夏祭り会場を一緒に回る。
本当は早めに着いて屋台を堪能し、そのあと花火を見られるところをじっくり探そうと考えていたが、現在時刻はすでに七時を回っている。
花火開始は八時だから、ゆっくり屋台を巡る余裕が少ない。
「どこで花火見よう? あんまり混雑している所は疲れそうじゃん?」
「……少し、離れた場所にはなるのですが。穴場を知ってます」
「えっ、本当!?」
屋台エリアから外れたところにあるベンチで並んで座り、僕はたこ焼きを頬張り彼女はみぞれのかき氷を食べている時だった。
プラスチックの容器に盛られた氷の山を食べずに、しゃくしゃくとプラスチック製のスプーンを差している。穴場を言うべきかどうか迷っているような仕草だった。
「今から行っても間に合いそうな距離?」
「……間に合いはします。けど、それなりに階段を登るので、その……」
視線を落として無念といった表情をしている。見ていたのは、履いている下駄だった。どうやら、足の疲れを考えるとあまり現実的ではないと彼女自身で分かっているのだろう。
「ああ、おんぶしようか?」
「いや……あの、それはさすがに申し訳ないと言いますか……」
「白刃さんが知ってる穴場なんでしょ? どうせなら行こうよ。ちゃんと送り迎え全部、お付き合いするから」
僕の言葉を聞いた彼女は、歓喜で胸がつっかえたように言葉を失って。けどそのあと、困ったように苦笑した。
「……いつもそんな調子だったら、女の子にモテまくりますよ?」
「僕、ハーレム系は読む分には好きだけどなりたいとは思わないから」
「もう……そんなこと言ってたら勘違いしてしまう子が出てきますよ?」
「へぇ」
それは誰が? なんて野暮なことは聞かない。
「じゃ、案内してもらおうかな。ちょっと待っててね、スポドリ買ってくる。あ、良かったら僕のたこ焼き食べても良いからね」
「……はい」
これから彼女をおぶって階段を登るとなれば、それはかなり激しい運動だ。
山登りの教訓を思い出す。水分補給はお茶では無く、スポーツドリンクが最適解。姫とカズに教えてもらったそれを、今この時活かせる。
二人に心中で密かに感謝を思うのだった。
*
白刃さんの言う穴場は、祭りが行われている神社近くから十分ほど山の方へ歩いたところにある、天文台だった。ここからでも十分見晴らしが良いが、目的地というのはその反対側にある階段を登った先とのこと。
「おお……結構長そうな階段だ」
「あの、やっぱり歩きます」
「大丈夫? 今ですら足痛いんじゃないの?」
ゆったりと歩くさまは正に和服美人という言葉が相応しい佇まいであったが、それは純粋に早く歩けないというのが大きい。タクシーや電車を使ったとはいえ、慣れない履物で疲れが溜まっているはずだ。
「……なんで分かるのですか」
「目を見たから」
「……これ以上読み取られないように目隠しでもした方が良いのでしょうか……」
「うーん、見た目的にはかなりそそられる物があるけど危ないからやめようね」
「そ、そそられるんですかっ!?」
驚いて開いた口を行儀よく手で隠している。立ち振る舞いがそもそも和服と似合っているという感想を抱きながら、彼女の一歩先に進んで背中を見せてしゃがみ込む。
「はい」
「いえ、あの……いいです!」
「美銀ちゃん、わがまま言ってたらあとで後悔するよー?」
「大丈夫ですっ! 歩けますから!」
ぷんぷんと怒ったような擬音が的確な声色で、彼女は横を素通りして階段を登っていく。
(やれやれ、肌の密着が恥ずかしいのか子ども扱いが嫌なのか。難しい年頃だ)
男で身軽な服装の僕は、彼女の二歩三歩先をひょいひょいと歩いてしまえるけれど。
隣に並んで歩きたい気持ちの方が強いから、歩幅を合わせる。
それからおよそ五分後。
「……はぁ……」
疲労を感じるため息と共に、白刃さんは足を止めた。
「おっ、ギブアップかな?」
「うるさい」
「ははっ、怒られた」
「歩き方は覚えたのに……体の方が先にばててしまって……」
美銀は額に流れる汗を手の甲で拭う。そんな姿すら色気がある、水も滴る良い女だ。
「はい、水分補給して?」
買っておいたスポーツドリンクを差し出すと、美銀は目を瞑ってそっぽを向きながら受け取り、小さく呟く。
「……ありがとう……」
ペットボトルの蓋を開けて、ごくごくと喉を鳴らしながら飲む。かなり喉が渇いていたようだ。
「白刃さんが体調管理できていないって、珍しいね? もしかして気分が良くない?」
「気分が良くないというか、暴れてるんですよ。誰かさんの所為で」
「澄ました顔も良いけど、今日みたいに表情豊かで色気のある顔も悪くないよ」
「なんですかそれ、何目線ですか」
「一般の男子高校生目線かな」
懐中電灯は持ってきているが、夜の暗さも相まってお互いの顔ははっきりと見えない。それでも、声色から心情が読み取られるぐらいには、今日の彼女は感情表現が満ち溢れていた。
「……ふん、愛想悪い顔つきですみませんね」
そう言いながら一歩踏み出したが、彼女は段差に躓きかけてしまう。
「きゃっ!」
「危ないっ!」
前に倒れかけた彼女の身体へ飛びつくように近づき、白刃さんのお腹と肩を手で持って抱き支える。浴衣のさらさらとした感触の奥に、女の子特有の柔らかな身体つきを感じる。
「ひゃ……」
なんとも可愛らしい声を上げていることに疑問を覚えつつ、そのまま立ち上がらせようとするが下駄が片方脱げていた。
「あー、ちょっと待ってて。下駄拾うから」
「あの、あの、和士君……」
片手で彼女の身体を支えながら、その体重の軽さに少しだけ不安にもなる。しゃがんですぐそばに落ちている下駄を拾って彼女の足に履かせている最中に、小声で何かを言われた。
「て、手を……」
「ん? 手?」
暗くて分かりづらいが、顔を真っ赤にでもしていそうな羞恥を感じる声で言われて自分の手を見る。
お腹を支えているつもりだった手が触れていたのは、彼女の胸だった。
「……いや、本当にごめん」
「い、良いです……その、助けてもらったので……」
地がひっくり返っても土下座を続けたいほどの申し訳なさを覚え、すぐ手を離す。しかし、あの柔らかい感触がお腹ではなく女性の胸であったことを知ってしまうと、理性がうまく作用しなくなる。
「ちょっ、ちょっと! なんで手をにぎにぎしてるんですか!」
「いやぁ……本当にごめん……」
「言葉でも声色も謝ってるのに、動作がそれと乖離してますよっ!?」
「本能には逆らえないみたい……襲わないだけマシだと思ってください……」
「お、襲う……!?」
布越しに味わった感触を思い出すように、手のひらをぐっぱぐっぱと握っては開く。
二人きりで夜でしかも相手は魅力的な浴衣美人。こんな状況で何も思わない方がおかしい。だが結局、恋人でない相手に手を出す気はない。
階段の途中で微妙な距離感になっていた二人の間に、「どん」と夜の空気を震えさせる音が、火花の灯りと共に割って入る。
「あっ、花火が……!」
「まず、もう八時か……。白刃さん、乗って」
段差を一歩登り、しゃがんで背を見せ、彼女が乗りやすい体制を取る。
「お、重いかもしれませんよ……?」
「さっき支えた時に分かったんだけど、そんな体重で重いなんて言ってたら全世界の女子に失礼だよ」
「それは、和士君が力持ちだからなのでは……」
「じゃあその力持ちの男に任せてよ。ほら、ナビは頼むから」
それを聞いた彼女は覚悟を決めたように、諦めたように下駄を脱いで手に持ち、ゆっくりと身を預けてきた。
「……懐中電灯も貸してください。転ばないように照らします」
「はは、優秀なナビだ。しかも役得」
「……何がですか」
「男冥利に尽きるって話。美人である女の子をおぶるなんて、もうそんな機会ないかもしれないからね」
「ちょっと、品の無いこと言わないで下さいよ……」
「意外と着やせする人だよね、美銀ちゃん?」
「あーもう! ほら早く行きますよ!」
ぺちぺちと軽く肩を叩かれ、鞭を打たれた馬のように。
それでいて乗せている彼女を気遣う優しい足取りで、目的地へ向かうのだった。
*
時刻は八時七分。
美銀をおぶったまま階段を登りきると、そこは平原だった。この広場はもともと天体観測用の場所である。しかし祭りが行われるのは川の近くであるためこちらに来る人はほとんど居ない。
それゆえに、穴場であった。
花火大会の会場からは少しだけ遠いが、花火の音が大きくて苦手だった小さい頃の白刃さんにとって、ここは遠くから眺めることの出来るお気に入りの場所であったとのこと。
「ありがとう、和士君。降ります」
「うん」
持っていた下駄を地面に落とし、背中から降りる。
ゆっくりと、花火の見える方向にあるベンチへ一歩一歩進む。
風が吹き抜けて見晴らしの良いこの場所を、じっくり味わうような足取りで。
「こっちですよ」
ちょいちょいと手招きされて、僕は茫然と浴衣姿の背中を見て立ち尽くしていたことに気付く。見惚れていたのだろうか。
「座りましょう。ちゃんと水分補給してくださいね?」
「ああ、うん」
言われて自分用のスポーツドリンクを取り出し、蓋を開けてごくごくと飲む。人を担いで階段を登ったのなら、それなりに体力は消耗している。けれど肌を優しく撫でてくる風のおかげか、その疲労すら心地よかった。
「……良い場所だね。花火も良く見えるし」
「それは良かったです。ここに来れたのは、あなたのおかげです」
「いやいや、知ってたのは白刃さんでしょ? 僕はお手伝いしただけだよ」
そのお手伝いという言葉で、彼女は一度黙り込む。
「どん、どどん」と花火の音が会話の間に挟まる静寂を、上手く中和する。二人きりの邪魔はしてこない、主張が控えめな振動と華。
会話もほどほどに、静かに花火を楽しみながら数分ほど経った頃、僕は話を切り出す。
「ここって、昔来たことあるんだよね?」
「はい。小学二年生のが、最後です」
「それ以来、来てなかったんだ?」
「……来れなかったのです」
花火すら見えなくなるほど俯いて、続ける。
「ここは、家族との思い出の場所なんです。夏になれば花火を、冬になれば星を見に。家族みんなで来て遊ぶ、大切な土地でした」
けれどと言い、顔を上げてもう一度花火をその瞳に映す。
「私のお母さんが亡くなってから、もう来たくない場所になってしまいました。あんなに花火は綺麗で、少し顔を上げたら夏の星も美しいのに、二度と来れないって。来たら絶対、思い出して泣いてしまうから」
一番最初、入学式の日。体育館裏で出会った時と同じように、何も感じておらず何も思っていないような声色で、淡々と告げて、泣いていた。
ぽろぽろと溢れ出てくる涙は頬を伝って濡らし、そのまま彼女の手元に落ちていく。
「けど、あなたと来て良かった。というより、あなたが付いてくれなかったら来れない場所でした。私一人では、きっと怖くて帰ってしまってます」
今日だけでなく、アマリリスに行った時も。彼女は、自分自身の持つ記憶との決別ができたのだろう。辛い別れを、誰かと乗り越える。誰かが居てくれたから、自分一人では乗り越えられない過去と向き合えた。
僕は初めて出会ったあの日、無表情で泣いている彼女を放っておけなかった。
それは、誰よりも身に覚えがあったから。悲しさを受け止めきれずに、その負の感情は表情すらも殺してしまうのに涙だけは勝手に浮かんでくる、言い難い心情が。
自身にも、そういった経験があったから。
僕はハンカチを取り出し、そのまま美銀の目元にあてて、まだまだ零れてくる涙を拭う。
「……和士君。これは、どういう意味ですか?」
「意味はないよ。ただそうしたいって思ったからしているだけ」
「じゃあ、私が何かお返ししたいって言ったら、聞いてくれます?」
「内容によるかな」
ハンカチを持つ僕の手に白刃さんは自身の手を添えて、独り言のように語り始めた。
「和士君、好きです……。どこが好きとか言い切れないぐらい、わからないぐらい、あなたの全部が好きで好きでたまらなくて。でも私は、あなたの好きな人にはなれないことも分かってます。あなたの想い人にはどうやっても届かないかもしれない……。代わりにもならない私は、あなたを心の中でずっと思い続けて、それで満足すべきでした。なのに、こんなことされたら、もう……我慢できないじゃないですか……!」
独りよがりで、誰にも迷惑をかけないように静かに泣いていた彼女が、表情を悲哀に歪ませ、大粒の涙で訴えるように泣き崩れながら続ける。
「なんでっ、誰に対しても甘いのですかっ! 最初に泣いていた私と会った時も! 教室で私が話しかけた時も! デートだってご飯のおすそ分けだって、今日だって! なんであなたは受け入れてしまうのですか! もっとちゃんと払いのけてくれたら、私はそこで引き下がったのに! そんなことをされるから、私という女一人を勘違いさせていることにどうして気付かないのですか!?」
全力で相手の悪癖を追求し、怒りによって添えていた手に力がこもり、僕の手を握る。
「どうして、好きな人が居る事をもっと最初に教えてくれなかったのですか! 大事な人が心の中に残っているのに、なんで私をその気にさせたんですか!? 酷いです! 本当に、酷い人です! 今日こんな事されたら、貴方の事をこの先もずっと好きでいてしまうじゃないですか!」
彼女は涙に濡れていた声すらも枯れはじめ、声を落として俯く。言いたいことは言いきれていないのに、身体の方が先にばててしまったように。
「もう、本当に……ひどい。こんなことを言いたいわけじゃないのに……私、最低です……」
一通り聞き終えた僕は、ようやく黙っていた口を開ける。
「白刃さん。結局、あなたはどんなことで僕にお返しをしてくれるつもりだったの?」
「そんなの……あなたの恋人になって、支えたいって思ってただけです。けどそれは、無理なんでしょう? だって和士君は、そもそも私の告白を断るつもりで今日に臨んだのですから」
「ああ……さすが。姫より僕のことお見通しだ」
「好きな人のことなんですから、当然ですっ」
ぷいっと怒りながら視線を逸らした。今お互いの目を見てしまったら、確実に本心が伝わるから。
「やれるだけやって、できることをして。それでもあなたは『自分にはこれぐらいしかできない。これ以上はできない』って証明することで、断るつもりであったことも」
「はは、いつから分かってたの?」
「前々からです。けれど今日の振る舞いで確信しました。あなたは私の事なんて、眼中にない事を。でも……」
フィナーレが近づき、どんどんと連続で打ちあがる花火の方へ目をやり、彼女はどこか納得したように微笑む。
「素敵な思い出を、作れました。もう絶対、浴衣なんて着て行けないと思ってた場所に、好きな人と来れるだなんて。だから、私に付き合ってくれてありがとう。こんな女が居たことは、どうか忘れて下さい」
記憶の片隅に留めておいてだなんて、女々しい事は言わずはっきりと別れを告げる彼女は、最高にクールであった。
花火が終わりを迎え、音が無くなる。平原は静寂に包まれ、二人きりの呼吸と風の音しか聞こえない。
「……帰りましょう」
立ち上がろうとするまで、美銀は僕の手を握ったままだった。ここに居る間だけは仮の恋人でありたいというのが、仕草から感じられる。
だがその手を引っ張り、立たせまいとする。
「え、和士君?」
「美銀さん、言うだけ言って返答を聞かないなんて、あなたにしては礼儀がなってないよ」
「れ、礼儀?」
きょとんとしている彼女は、言葉の中にある真意に気付いていない。
そんな美銀へ、一気に自分の顔を近づける。それこそ、キスできるような距離まで。
「ひぇ!? 和士君!?」
あまりの突拍子な出来事に顔を逸らそうとする美銀の頭に手を寄せて、向きを無理やり変えて視線を合わせようとする。それでも美銀はぎゅっと目を閉じているから、今度はおでこ同士をぶつける。
お互いの前髪が汗で少しだけ水気を含んでいるのが分かる。息も感じられるほどの近距離で、美銀は叫ぶ。
「ま、まだ勘違いさせるようなことするんですか!? 私、愛人枠は嫌ですよ!」
「へぇ、それが本心なんだ。どうやっても一番になりたいんだね?」
「他の人とイチャついてるのが見たくないだけですっ!」
「なら、ちゃんと僕を見てよ」
その言葉を聞いて、美銀はようやく重い瞼の扉を開けた。至近距離で合った瞳の中から、お互いにお互いの感情が流れ込む。美銀は、僕の瞳にある想いに驚きを隠しきれなかった。
「えっ、あなた。なんで、そんな『本気の目』をしてるのですか……!」
「本気だから」
「それは、おかしいですっ! まだあなたの中には、彼女が残っているはず……!」
「残ってはいたけど。いや、今も残ってるよ。でもね」
一度だけ、まばたきをして続ける。
「その人への想いは、殺されたよ。美銀さんに」
僕の言葉に、信じられない物を見るような瞳で返される。
「こ、殺されたって……!」
「僕の中だと、あの人が一番だったんだよ。本当に、ついさっきまで」
「ついさっきって……」
「具体的に言った方が良い? 美銀さんが僕への想いを熱弁してくれた時だよ。あれだけ言われた時、僕はあなたに尽くしたいって思ったんだ。だからきっと、僕はやっぱり『甘い性格』だよ。人に尽くして、その人が喜んでくれる姿を見るだけで満たされて。けど『喜んでくれている姿』っていう見返りがないと、僕はそもそも崩れるんだと思う」
僕は過度に卑屈な人間である。それは誰かから蜜をもらわなければ動けず、しかしもらえるのなら自分を投げ打ってでも誰かに尽くすという性格。
そんな在り方で中学生時代を過ごしていたある時。
『それは良くないなぁ。御船君自身の精神衛生上、もう一つぐらい考え方を持っておいた方が良いよぉ?』
と言われたため、それを言った本人の性格を勝手に借りた。
対人関係においてその行動の結果は悪くなかったが、本人が亡くなったことで僕の中で面倒な鎖が出来上がってしまった。
だが、それはついさっき、白刃美銀という女の子のおかげで『解ける鍵』となった。
いつでも使えて、いつでも外せて、たまに重しとして自分を追い込むこともできる『道具』へと。
一度美銀の額から離れて、彼女の肩を掴む。そして真心を込めて言い放つ。
「僕はあなたと一緒に過ごして、あなたと笑い合って、でもたまには喧嘩もして。なんでもないような日々を、大事に過ごしたい。居なくなってしまった人に想いを馳せるなんてノスタルジックな真似は、もっと歳を取るまで置いておく」
「そんな……私なんか、彼女に見合いません……」
「はは、僕の卑屈さが移っちゃった? もっと正直になってよ。じゃないと僕も、あなたの気持ちに答えられないよ?」
その言葉が深く突き刺さったのか、美銀は肩をびくっと震わせた。
おずおずと、確かめるように尋ねてくる。
「……私の事、好きなんですか?」
「はい」
「一番好きですか?」
「堂々と、ランキング一位です」
「他に好きな人は?」
「いなくなったよ」
「……じゃあ、ちゃんと証明してください」
何を? とは聞き返さなくとも、彼女自身の正直すぎる性格の下、自然と言葉が発される。
「恋人でないとできないようなことで、ちゃんと私が好きである事を教えてください。でないと、美銀は信じませんっ……!」
「……わかった。目を閉じて?」
涙を溜めながら、美銀は自分の好きな人へ誓いを求める。
そんな健気な姿に応えないわけにはいかないと、僕は男の矜持を見せつけることにした。
花火が終わっても、星降る夜の平原で、好きな人と二人きりになった僕は思った。
デレは、恐ろしく強い武器だと。
*
「……あー、ずいぶん顔色が良いわね、美銀……」
「そうですか? 姫の錯覚ではなくて?」
「いや……そんな緩みまくった笑顔で言われてもなぁ……」
夏休みのとある日。昼寝スポットである河川敷で、あたしは友人の美銀と出会った。
普段クールで、精々微笑といえる程度しか笑わない美銀が、小動物でも見るようにふにゃけた顔をしているのがあまりにもギャップが大きすぎて、軽く引いてしまう。
美銀の座っているベンチに腰掛け、気になる事を聞きだす。
「なんか、もっと重々しい結果になると思ってたんだけど、その顔を見ると良い結果を引けたみたいね?」
「そうなんですよー、私もこんなことになるとは思っていませんでした」
「ま、作戦がうまくいったなら良かったわ」
「そうでした、その事をしっかり面と向かって感謝を言いたくて、待っていたのです」
美銀はあたしをまっすぐ見据えながら、姿勢を正す。
「奈津姫さん。色々と、裏で手を回していただいて本当にありがとうございました」
「うーわ、見抜かれてる……」
「あら、逆に分かっててやってくれていたのかと思っていましたよ? 私への情報提供や、月見里君との協力。それに、和士への発破も」
「呼び捨てしてる……マジでマジなのか……」
「……和士君」
「いや、別にわざわざ呼び直さなくても。あたしらは友達じゃん、つまらない見栄は張るだけ無駄よ」
「それも……そうですねぇ」
またふにゃりと表情を緩ませる姿を見て、何を見せつけられているのかと嫉妬のような苛付きを覚えるが、心の隅にしまう。
「結局夏休み入ったから、情報公開は夏休み明けかー」
「二学期に入ったら席替えもありますから、少し寂しいですけどね」
「ま、彼氏との距離感は近すぎない感じで良いと思うよ。夏休み中、ハメ外しすぎるなよ?」
「そもそも、あの人しか決めていないので大丈夫です」
「いやおっも……」
ふふと笑う美銀に、ドン引きしながら呆れる。
「では、報告も終えましたので私はこれで。今日は熱くなるそうですから、熱中症に気を付けてください」
「……あのさ、それもう一回ゆっくり言ってみて?」
「ん? 何をですか?」
「熱中症を。めちゃめちゃゆっくりな?」
はてなマークが見えるような疑問の顔を浮かべつつ、不思議そうに美銀は従う。
「ねーっ、ちゅう、しようー?」
大真面目に従った美銀に、あたしは笑いを堪えきれなかった。
「ふっ……くっ! あはは! おいおい美銀! 恋にお熱で腋が甘くなったなぁ! 前のお前なら、何を言わせたいか気付いてるぞ!」
「えっ? えっ?」
「それ、今度御船の前でやってやりな! あいつイチコロだぞ!」
姫の言葉を丁寧にかみ砕き、ようやく気付く。
「っ! か、帰ります!」
「おー、気を付けて帰れよー!」
すたすたと、恥ずかしさを置いていくように早歩きで帰っていく足音を聞きながら、ほんの少しだけ昼寝を始める。
ここに来たのは、元々美銀と会うためであり、昼寝をしに来たわけではない。こんなクソ暑い中、昼寝なんかできるか。
(これでチャラよ、美銀。ちゃんとあんたの弱みは握ったからな)
眠り姫がずっと抱えてきた小さな復讐が完了した事で、高校生男女が付き合うまでの恋物語は終わりを迎えたのだった。
ここまで読んで頂き、本当にありがとうございます。
二章はこれで最終話となります。
三章の開始は少し日を置いてから更新になりますので、お待ちいただけたら幸いです。
ここからは甘々になりますので覚悟しておいてください。




