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クールな白刃さんはデレで殺す  作者: アオカラ
第二章 二人の想い
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第41話 思い出を引きずらないで


 病室に繋がる引き戸を開けると、そこにはベッドで物静かに小説を読んでいる彼女が居た。


「失礼します」

「あ、いらっしゃい御船君。毎日飽きないよね、君は」

「体調は、どう?」

「んー、まぁまぁかな。今日はそれなりに元気」

「そっか。これ、お見舞いのお花」


 彼女は僕を見ると本にしおりを挟んで、視線を合わせてくる。やせ細った体で、とても元気そうには見えないのに声には力が宿っている。これから自分に訪れる死すらも受け入れているような、そんな強い精神力が垣間見える彼女は、僕と同い年で同じクラスの女の子。けれども今では病院にずっといて、学校には来れていない。


 彼女と知り合ったのは本当にただの偶然。

 隣の席で、持ってきて読んでいた本が同じタイトルだったからそこから意気投合して、話すようになった関係。

 ただの友達だ。そう思っていた。

 彼女が「実は、中学生の間にもう死んじゃうんだ」と言わなければ。


「今日も同じお花だねー。なんていうんだっけそれ?」

「ライラック」

「へー、華道をやってる御船君なら色々意味を込めてそうだよね」

「元だよ、今はほとんどやってない」

「そうなの? どうして?」

「どうしてって……やりたくないから」


 何気なく聞いてきた彼女の問いに、僕は不機嫌に答えてしまう。それがバレて、彼女は舌を出しながら笑う。


「ははっ、ごめんねー。地雷ふんじゃった?」

「別に……そういうわけじゃないけど」

「トラウマがあったりとか?」

「違うよ」

「じゃあなんでそんなに不機嫌なのさー?」


 なんで。

 なんで?


 なんでだろう。僕はどうして花を忌み嫌っているのだろう。

 分からないけど、何故か気持ちがくすぶる。お見舞いに花を持ってきてるというのに、その花自体に八つ当たりしたくなるぐらい、気分が悪くなる。


「ま、とりあえず座りなよ。話聞くよ?」

「そういうのは、どちらかと言えばお見舞いに来た人が言うものじゃないの?」

「いやいやぁ? 外に出られない病人からすれば、御船君のお話はとっても面白いものよ。本も良いけど、実体験もそれはそれでって感じ」

「……まぁそう言うなら、話すけど」

「やった!」


 手を合わせて喜び、彼女は日記帳を開いてペンを持つ。


「さて、じゃあ今日はどんな刺激的な出来事があった?」


 彼女の病室を訪れ、毎回言われる決まり文句。

 これが、僕と彼女のいつもの光景。その日の始まり。

 僕が体験した出来事を聞いて、彼女が紙に書いてまとめて。

 そんな時間を一時間ほど過ごして、お見舞いは終了。


 本当ならいつもここで終わり。

 だけど今日は、続きがあった。


「あ、そういえば御船君。誕生日おめでとう」

「えっ? ん、そういえば……そうだったかな。ありがとう」

「年を取りましたねぇ坊や、私の知らない御船君になっていって泣いちゃいそうよ?」

「なんだよそれ、同い年でしょ僕ら」


 彼女はベッドで日記を書きながら、視線をこちらに向けず沈黙で答える。その佇まいはどこか見覚えがあった。部活動を決める時、僕にアドバイスをくれた「白刃さん」のようで。


 ……白刃さんって、誰だ?

 いや、知ってる。けどそれは、知っているのはおかしい。

 白刃美銀は、高校の知り合いで。

 この病室は、中学生の時の話で。

 ならなぜ、ベッドの上の『彼女』は生きている?


「ねえ御船君。最近はよく眠れてる?」

「……あんまり」

「私の所為かな、ごめんね」

「……いや、違う! 君の所為じゃない!」

「どうして、そう言い切れるの?」

「僕は、誰かが死ぬ事には慣れてる! 物が壊れる事も、命が尽きる事も、慣れきってる! だから君が死んだからって、僕の人生に何も影響はない!」

「あはは、死人を慰めるんだね。つくづく君は、花の蜜みたいに甘い男の子だよ」

「なっ……!」


 甘い人。

 つい最近、知り合いに言われた言葉だった。その時は僕を褒める言葉として使われた。けれど今目の前にいる彼女のそれは、間違いなく『皮肉』だった。


「ずっと同じ夢を見るのが怖くなって、眠る時間がどんどん減っていってるんでしょ? 少しでも、ほんのわずかな時間でも『夢の中で私に会ってはいけない』って思って。だから、本当にごめんね? 御船君の心に留まり続けてしまって」

「違う……そんなことはない! なんで君が謝るんだ!? 僕は、君と話せるだけでも嬉しいんだから……!」


 ただの思い込みで、僕の夢で勝手に出来あがった作り物。

 僕は、昔の想い人を忘れられずにいる。

 執着に近いこの感情で、僕自身の精神を歪な鎖で縛り付けている。

 吐き出せるだけ話せる相手を作ることで、どうにかして心を強く保っている。


 当たり前だ。

 別れが辛くない訳がない。

 何が慣れだ。慣れるものか。慣れてたまるか。

 大事な人との別れを経験して、それでもう自分に怖い物は無いだなんて、思えるわけがない。


「だめだよ、お見舞いにライラックなんて持って来たら。『良い思い出』ならまだしも、こんな『悲しい思い出』を、ずっと持ってちゃだめ」


 彼女は花瓶を見つめながら哀しそうに笑う。

 ライラックの花言葉は、思い出。


 けれど、彼女は僕にとって悪い思い出でも、良い思い出でもなく。

「悪くて良い思い出」であった。忘れたくはないが、思い出したくはない。とても大切な日々だったけど、思い返す度に悲痛な気持ちに襲われる。

 悲しい思い出。心の隅に取り憑いている幽霊のような夢。


 ああ、そうだった。

 この世界を夢だと自覚した時、いつも目が覚める。

 けど、起きて数分経てば忘れている。


 病室が黒く染まり、世界が粉々に崩れていく。

 四角いブロックがごろごろと雪崩のようにあたりを取り囲み、僕と彼女は分断される。


「ま、まってっ!」

「ねえ、もう何回も言ってるけど、今度は()()()でも持ってきてよ。あたしを忘れるか、いっそ殺してくれれば、御船君は楽になるんだから」

「僕には、そんなことできない!」


 誰かのために自分を殺せと言ってしまうなんて。夢の中でさえ口出ししてくる性格。そこも含めて、君はとても強い人だった。


「はっ、女々しくて一途な男の子だね。じゃあさ」


 崩落していく世界で僕の言葉を一蹴し、振り返って背中を見せた彼女は、ぼそりと寂しそうに呟く。


「その白刃さんとやらに、殺しの依頼でもしたら?」


 *


 急に、目が覚めた。

 時刻は朝の四時。日付は六月二十一日の日曜日。

 いつもよりかなり早めの時間。二度寝をする気分でも無かったから、僕はお風呂に入る事にする。


 風呂桶を掃除し、湯をはって、柑橘系の入浴剤を入れる。風呂場に甘酸っぱく良い香りが広がり、気分が落ち着く。

 けど、どうして落ち着くのだろう。なにか悪い夢でも見ていたのかな。

 そんなことを考えた時にはもうシャワーを浴びていて、泣いていたかどうかも分からなくなっていた。

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