第33話 独白
和士が帰っていったあと、美銀は玄関の鍵を閉め、寝室へと向かった。
机に置いてある絵を描く用の液晶タブレットに向かい、ペンをとる。
「どうやって勝ちましょうか」
それは独り言であった。
白刃美銀という人間は一人で絵と向かい合う時、自身の胸中がふつふつと湧き出て漏れる。それは昔からの癖であり、絵を描く時は自然と己を見つめ直すという習慣でもあった。
「私は、勝てるのでしょうか」
侮っていた。見くびっていた。
それは、御船和士という大好きな男の子に向けてさんざんアピールし、ストレートに好意をぶつけていたのに、なびく気配を見せない本当の理由が『彼の中にまだ想い人が残っている』だったから。
その女の子が、一体どんな人であったのかは分からない。これから知る機会はあるけれど、現時点では負けている。
美銀は筆を走らせる。
描く絵のテーマは「喜怒哀楽」
美術部提出用の課題であり、美銀は今の想いを代弁するよう液晶のガラスと向き合う。
彼と話せる喜び。無茶をした彼への怒り。辛い過去を持つ彼への哀れみ。彼と楽しく過ごす日々。
全ての感情を一つの絵にまとめ上げる。
ぐちゃぐちゃに混ざる絵具にならないよう、今の私みたいにならないよう。
目の奥に涙が滲み始める。失恋したとはこういう事を言うのかと。私は表情を殺し涙だけこぼす。
ぽつぽつと液晶に水の塊が落ちる。これがアナログの画材だったなら、書き直ししないといけないかもしれない。デジタルの、ペンタブの良さはこういうところだと再認識する。
「ごめんなさい。女々しく泣いても、私はあなたを諦める事が……できません」
美銀は、自分には何が足りないのかを考える。女としての魅力か、性格か、器量か、体格か。それとも、相性だろうか。
けれど、今まで本気でぶつかってきたのに、傾きを見せない和士を振り返れば結果は同じ。
彼は、とある出来事で一瞬揺れたとしても、そのまま私の方に傾いてはくれない。
見惚れはしても、好きにはなってくれない。憧れで見てくれているだけで、恋愛対象とは違う。
その原因は、明白だ。亡くなってしまった忘れられない女の子が、彼の心の中で生き続けているから。
「最終目的を、変更しないといけないのかもしれません。『あなたを惚れさせる』のではなく、『あなたの中に居る女の子を忘れさせる』に」
ペンはすらすらと進む。
独り言をつぶやき、目標が再確認できたことで、認めたくはないが心がスッと晴れやかになる。
「私は、どんな手を使ってでも、あなたの中に居る女の子を殺します」
物騒な言葉で決意する高校生の女の子の表情は、歪であった。
目は笑い、涙で頬を濡らし、眉間には皺が寄り、口元は微笑んでいる。
まるで「喜怒哀楽」をたった一人で同時に表現してしまったように。
白刃美銀という女の子は、感情が無いわけではない。
むしろ彼女は機敏過ぎる心の持ち主であるため、様々な情報を受け止め読み取ってしまう節がある。
彼女が「殺す」と不穏な言葉を使い名指しで人を攻撃する事など、異例であった。
それぐらい和士を想っているだけでなく、彼の心の中で生きている女の子に対しても、彼女は「申し訳ない」と思えるだけの、優しい人間である。
『あなたを殺してでも、彼を奪おうとする私を許して』
心の底から言いたい叫びは、結局口には出さず心の奥深くにしまうだけで終わる。
山登りした今日は、「和士に好きになってもらう」というゴールに近づくための道のりを知って、終わりを迎えたのだった。




