第32話 告白
〈もし一度だけ過去にタイムトラベルできるとしたら、何をしますか?〉
過去、と言ってるのがこの質問の本質だろう。
未来では無い。つまり「何かやり直したい事がありますか?」と問いかけてきているのだ。
御船和士の場合。
中学1年生に戻り、とある人物と仲良くなりたい。
できるだけ、早く。
だってその人は、中学3年生の頃にはもう亡くなってしまうのだから。
*
「……それが、眠りの浅い理由ですか?」
「本当は、そんな風に考えたくはないんだけどさ。その子の所為にしてるみたいだから」
「……自分に厳しいのですね」
「そんなことないよ。甘いだけだよ」
的外れな返しをしている自覚はあった。けれども、僕は彼女が言ってくれたその言葉に、酷く救われた。だって、厳しくしないと僕自身が腑抜けてしまいそうで、心が疲れるほど自分を追いつめていて。
そんな僕を、認めてくれたのだから。
「生まれつきの病気で、亡くなられたのですか?」
「うん、元々長生きできないって教えられたのは、本当にギリギリになってからだった。聞いた時は驚いたし、信じられなかった。けど学校にも来なくなって、病室で日に日に弱っていく姿を見ていたら、実感したよ」
「それは、寂しかったですか?」
「いいや」
否定する。同意しない。
「僕は、慣れてるから」
「……何に?」
「死が、身近にある事に」
今まで、白刃さんが優しく微笑んでいる顔も静かに泣いていた姿も、何なら今日は怒りに燃えている目も見た。けれど、今彼女が浮かべている表情は初めて見る。
《《悲痛に顔を歪めている》》。
そんな悲しそうな顔が、出来る人だったのか。
「華道に触れてた時期があるんだけど、僕は何というか、華に同情しちゃうんだ」
「同情?」
「甘いんだ。『人の都合で好き勝手に姿を弄って、弄ぶ』って思っちゃって、華を活けるのは苦手なんだ。まぁお母さんの受け売りなんだけども」
「……聞き間違い、では無いのですよね?」
「ん? 何が?」
「お母さんの受け売り」
ああ、そうか。
しまったな。けどここまで言ってしまったのなら、もう誤差か。
「……はは。うん、実は僕って小さい頃にお母さんを亡くしているんだ。人に話すと結構気を遣われるから言わないようにしてるんだけど、白刃さんになら良いかなって」
「……そうでしたか」
彼女は目を瞑っておでこの先に手を当てる。まるで涙をこらえているようで、僕は慌ててしまう。
「あ、あのっ! だ、大丈夫! 気にしないで! 2歳とかの頃に亡くなったから僕はあんまり憶えてないし!」
「2歳? では、受け売りというのは?」
「えっと、お母さんが遺した日記があってさ。それに色々書いてあって、その中にあった言葉なんだ。僕はそれを見た時、自分の気持ちを割り切れたんだよ。『お花を活ける人であっても、そんなことは思うんだ』って」
あれを読んだのは7歳の頃かな。
その言葉と、お父さんに振る舞った料理の失敗で、料理と本格的に向き合い始めたのも、今となっては良い思い出かな。黒歴史とは、言わない。
「じゃあ和士君は、お母さんを亡くし、死を見慣れているから、身近な人との別れに慣れているということでしょうか?」
「うーん、慣れてるって言っても悲しくはなるよ? けどなんていうか、だからこそかな? 日頃から時間を無駄にせず過ごそうと思えるし、悔いも残さないよう生きたい。眠りが浅いのは、『眠ると時間を無駄にしている気がする』っていう意識が強いからなんだ」
白刃さんは時間が経ち、中身がすっかり冷え切っている紅茶の入ったカップを手に取る。唇まで近づけるが、すぐ口を付けずに小さく呟く。
「私では、そう思えません……」
彼女は半分ほど残った紅く透明の液体を、くいっと飲み干した。
「……おかしいかな?」
「いいえ、強いなと思って」
「えっ? 僕が?」
「私、見誤っている事がまだありました。侮っていた、という方が正しいかもしれません。あなたは、和士君は甘くて強いのですね。いえ、きっと強いから甘いのでしょう」
「ん? んん? ぼ、僕に分かるよう説明してもらっても……?」
「ふふ、聡くは無いのですね。主人公みたいな人です」
「ぼ、僕が主人公? 何かの間違いでは……」
「いえいえ、鈍感ハーレムチート持ちラノベ原作コミカライズ主人公並みの器です」
「属性盛り過ぎぃ!?」
白刃さんの家にお邪魔してから数十分ほど、随分暗い話をしていたからいつものクール茶目っ気全開な空気感に戻って少しだけほっとする。
「あっ、ではついでにもう一つ聞いても良いですか?」
「うん? どうぞ?」
「その亡くなられた方、好きな人でした?」
あなた、なんで……。
なんで……ノーヒントでそんなことが分かるんだよ……!
「エート、ちがいますヨ?」
「こら、目を見て話しなさい」
「僕、白刃さんの綺麗な目を見るとイチコロなので」
「たらしで押し通そうなんて甘々の甘えん坊ですよ。私の目を見なさい」
「無理! 見られたら心の底まで見通される! 見抜かれちゃう!」
「間抜けは見つかりましたね」
「どおウェッ!? スタンド使いぃッ!?」
「ノー。勘です」
「勘だけでバトルできちゃうってどういう事なのさ!?」
「勘は観より強し」
「おお……名言っぽい迷言だなあ……」
結局それ以降は、冗談に溢れた話ばっかりしながらお弁当箱などの洗い物を一緒に終えて、自分の家に帰る事となる。
帰り際、玄関まで見送ってくれた白刃さんへ軽く言う。
「あ、今日ここで言った事はできるだけ内緒でお願いします……」
「はい、他言無用ですね。彼女は居なくても想い人は居たというお話も」
「ちょっと!」
「あらあら照れてますね。可愛らしい」
「僕よりその子や白刃さんの方が可愛いってば!」
「……褒め……られて……いるのでしょうか???」
途切れ途切れに言いながら、彼女は不思議そうに頭を傾げている。いやあなたは可愛いと言うよりカッコイイだけど可愛い時もありますって言いたかったのだけど、説明するのも恥ずかしい。
「あーもう! とにかく二人だけの秘密ね! それじゃ!」
そう言い捨てて、焦りの熱を振り払うよう早歩きでマンションの廊下を進み、自宅へ戻るのだった。




