第29話 心配性な友達
「本当に! 本当のほんっとーに体調の異常は無いんだよな?」
「だ、大丈夫だって! ちょっと貧血になっただけだよ」
「御船、私は合気道をやってから気が参っても身体は動く精神修行法を身に付けたんだけど、2分でチュートリアルは終わるから教えようか?」
「いやいや別に大丈夫……って姫!? 君って人間の常識を無視した武闘派だったの!?」
「和士君」
「ひゅっ……はいっ……」
カズからも、姫からも心配されて。
けれど一番心配してくれ、怖かったのは白刃さん。
例えば僕と二人の時や、小人数で居る時は彼女は比較的表情が和らぐ。
だが今の彼女は、ハンカチを渡して知り合ったあの日以上に冷たく、凍えるような真顔で僕のことを見ていた。
「昨日、何時に寝ました?」
「ええっと……」
「何時に寝ました?」
同じ言葉を、同じトーンで繰り返される。
正直に答えなさいと暗に言われているようだった。
「い、一時です……」
「起きたのは?」
「朝の五時です……」
「あなた、何を考えているのですか?」
「すんません……」
カズと姫は白刃さんの剣幕にビビり、固まってこそこそ話し合う。
「ちょっと姫! 白刃マジで怒ってる!」
「あー、あれはもうあたしらには止められないわ。あそこまで怒らせたらもう御船が悪いわよ」
「け、けど俺らにできる事ないのかっ!?」
「んー、とりあえず様子見しよ。丁度いいタイミングで割り込めばいけるっしょ」
「ホントか!? 頼むぞ奈津姫!」
「あ、うん……」
最後辺りは姫がごもごもと縮こまり、聞き取れなかった。
「和士君。私怒ってるんです」
「は、はいっ!」
「前日にできる下ごしらえを一緒にして、『明日もあるから先に帰っていいよ』と私の事を気遣ってくれたのに、あなたが自身の事を気遣わなかったことに、です」
「ご、ごめんなさい。できることをしておきたいと思って色々やってたら、一時だったんです……」
「はい、だから怒ってるんです。私や、月見里君や神来社さんの為にあなたは無理をしたのも分かるのですから。だから言います、あなたは自分の事を少し大事にしなさすぎです、分かりますか?」
「はい……」
僕は親に怒られた子供みたく、しゅんとする。
それを見ていた彼女は首に巻いていたタオルを解く。そしてふわりと僕の濡れた髪に重ねて、首から上が彼女の香りで包まれる。
「全く……。もし、あなた自身がそれをできないのなら、私が代わりにしましょう」
「えっ……? な、何を?」
「私があなたを大切にします」
くしゃ、くしゃと。
女の子の細く優しい力でタオル越しに頭を撫でられる。
犬や猫に向ける愛情に満ちた手付き。いや、きっとこれはもっと正確なたとえがある。
これは、まるで。
母親が子供にする叱り方と慰め方。
きっとそっちの方が、適切だろう。
「……ありがとう、白刃さん」
「今度無理したところを見つけたら、もっと怒りますよ?」
「あはは、怒ってるより笑っててほしいから、そうならないよう努めるよ」
「何ですかそれ、口説いてるつもりですか?」
「……!? ち、ちがっ、ごめん! そんなつもりじゃなくて!」
「あら、何かに気付かれたようですが一体どうされました?」
「僕はっ! プレイボーイじゃないです!」
「モテる男はみんなそう言うのです」
「モテてないよぉ! 僕なんて彼女居たこと今まで一度も無いよぉ!?」
「……まぁまぁそれは」
心底驚いているような、喜びで少し上ずっているような、複雑に混ざった声が聞こえるが、タオルで視界が遮られているため彼女の目を見ることはできない。
故に何を思っているのかは分からなかった。
「はいはーいストーップ。お二人さん今日の目的は山頂に行くことですよー?」
姫が近づいてくる。何かを中断するようなツッコミで入ってきたけど、何を止めたかったんだろう……?
「御船、あんた下も濡れたの?」
「いや、両手でぎりぎり支えたから、濡れたのは上半身だけだね。下の方は濡れていないよ」
「あっそう、じゃあ濡れたやつは脱いでカズに上着でも借りたら? 今日は天気良いし帰り頃には乾いてるでしょ」
「おおー、替えの上着もってるぞー」
カズはリュックの中から上着を取り出し、見せてくれた。
「そうだね、そうするよ」
丁度白刃さんが髪を拭き終えてくれたから、僕は服を脱ぐ。
「っ!?」
「……」
姫は目を見開いて裸になった僕の上半身を見る。
白刃さんはゆっくり目を閉じ、顔を逸らした。
「……あっ! ごめんなさい! お見苦しいものを!」
慌ててカズの元へ走り、上着を着る。
「はっはー、あきと女子かよー!」
「いや、恥ずかしいって感覚が無くなってた……」
「けどやっぱりあきとって良い体というか、バランスの取れた体つきしてるよな。芸術系の良さがある」
「そ、ソウナンデスカ?」
「ボディビルダーとか向いてそうだよな」
「そこまで鍛えるつもりはないけども……」
一瞬で見抜いてきたカズの観察眼に身の危険を感じる。まぁ体育の時間に更衣室で見ていたからなのもあるかもしれない。
「……シックスパックだった……」
「そうですね」
「胸筋も背筋もできあがってた……」
「元々の体が良いのでしょうね」
「……白刃はなんで驚かないのよ?」
「私は知っていたので」
「はぁ!? ま、まさかあんたら『お風呂で背中流し合いっこ』とかをすでにっ!?」
「いえ、知り合いの筋肉が好きな女の先輩が言っていたので、知っていただけです。けど見たのは初めてで、ドキドキしました」
「……えっ、待って。逆になんでその先輩は御船の身体を知ってるんだよ!?」
「よく触っているかららしいです」
「どういう関係!?」
「部活の先輩後輩ですね」
そう言われて、姫は御船の入っている部活が家庭科部であることを思い出す。
「……葵姉?」
「はい、葵お姉ちゃんです」
「そうか……。御船はあの人に目を付けられたんだな……」
「実際気にいっているらしいですよ。臆病だけどそれが優しさに繋がっていると言ってました」
「あー、まぁそうかもねぇ……。実質触り放題だもんな……うらや……」
そこまで言って、ハッとする。
「何でもない」
「カズ君も良い体してると思うのですが」
「あいつ4パックなんだよな、それはそれで良いんだけどね……って何言わせるんだよ!」
「姫さん」
「えっ、なんすか……?」
急に真面目なトーンの声になった白刃へ、姫は自然と構える。
「私、今日話していた絵師さんの『女性向け』イラスト本も持っているんです」
「はあぁぁぁ!? あの数年前に出されたっきりの男ばっかり描かれた限定本を!?」
「そちらも、実家から持ってきておきますね」
「み、美銀……!」
歓喜に満ちた声で名前を呼び、眠り姫は氷姫に向かって首を垂れる。
「あんたになら殺されても良い」
「川が綺麗ですね」
それは、彼女ら流の友情の誓いだった。




