第24話 眠り姫と氷姫の邂逅
「うげ……」
私、神来社奈津姫はゴールデンウイーク最終日に自身の昼寝スポットランキングトップに入る河川敷のベンチで思わぬ人間を見かけ、声をあげてしまう。
本当ならその後ろ姿を見てこの場から立ち去る事も選択肢としてあったのだろう。
しかし、お気に入りの場所で昼寝をすると昨日からの決心を諦めきれずにいたことが仇となり、希望的観測や僅かな油断が「後ろ姿は似ているけど多分別人でしょ」といった淡い期待で事実を上塗りした結果、ベンチに近づいてしまう。
そうなれば、彼女が白刃美銀であることは分かってしまうのだった。
しかし彼女はスケッチブックに何かを描いて集中しているようで、それを邪魔するのは無粋だと考えたあたしは特に挨拶もせず、いつもの定位置であるベンチに座り、すぐ目を瞑って眠りに入る。
それからおよそ一時間後。
何かを描いていた手を止めて、まるで今気付いたかのように白刃は声を掛けてくる。
「あら、こんにちは神来社さん、ご挨拶が遅れてすみません」
「んー……、それはあたしも悪いっていうかなんていうか。謝らないでよ」
「いえ、眠りの邪魔もしてしまって」
「んなことないよ、別にあたし邪魔されても気にしないし」
「それは、すごいですね。成績の優秀さは睡眠学習の賜物ということなのでしょうか」
「成績っていうけど、まだテストとか始まってないじゃん……」
「いえ、授業中答えられるのもすごいですし、月見里君もよく『姫はすっごく勉強できるんだよ!』と言っていましたから」
「あー、カズのやつか。あいつ褒めすぎな節あるから真に受けちゃだめだよ?」
良いやつではあるけど、純粋無垢すぎるんだよな。
「彼が褒めすぎるというのは、それだけ神来社さんが信頼されている証だと思うのですよね」
「白刃、あんたもわりとそういうところある感じだよね……。カズと少し似てる」
「そうですか? 好きな人の事を好きと思うのは至極当然のことだと思います」
「ふっ」
「あらあら、鼻で笑われてしまいました」
くすくすと女子二人が笑う河川敷は、今日も子供達が遊んでいて活気があり、それでいて穏やかな空気の流れる場所だった。
「あのさ、質問なんだけど」
「はい、なんでしょう?」
「白刃って御船に何か弱みでも握られているの?」
あたしの問いに、氷姫は有無を言わせない真顔になる。様々な感情が込められており、それは怒りや疑問、不信だろうか。マイナスな感情の波が何故か真顔の白刃から感じられるのは、目が恐ろしいほどに語っているから。
「いや、ごめん……そんなに怒るとは思わなかった」
「……怒ってるように見えましたか? ごめんなさい、大人気なかったですね」
頬に手を添えて、自身の行いにため息をついている白刃を見て「いや同い年だろう……」とツッコミたくなるがあえて我慢する。
「何故仲が良いのか、というのを眠り姫さんは聞きたいのですよね?」
「眠り姫さん……その呼び方一周回って面倒くない?」
「では、《《姫さん》》」
「さては打ち合わせしてるな?」
「打ち合わせ? ああ、あきと君がそう言ってましたか?」
「察し良すぎると会話が飛び飛びで困ったもんだわ……。よく御船は付いていけるわね」
「そうなんです、あきと君は本当によく分かっていると言いますか、気付いてくれて冗談にもちゃんと乗ってくれてツッコミも入れてくれて。すごい人です」
「あー……はいはい。そういう弱みね……」
あたしは察する。弱みを握ったのではなく、弱みができてしまった関係なのだと。
「実際さ、惚れた云々の話ならどこがそんなに気にいったのよ。一か月程度でそんなに好きになるもんなの?」
「まだ惚れたとか好きとか言ってませんよ?」
はー、そういう屁理屈がお好みなんですか。御船との会話を傍から聞いてて思ったけどやっぱり回りくどいわあんた。
「ジョークですよ」
「どっからどこまでがジョークなのか説明が必要な物はジョークと言えんわ。もっと分かりやすさと共有認識を重視しなよ」
「そうですか、ツッコミの先輩からのご指導に感謝感激雨上がりです」
「上がってんじゃねーよ」
「ストンと私の胸に言葉が入りました」
「マジで分かり辛いなそのボケ。あられの英語が『hailstone』でそっから『入るストン』とか多数の言語を含めていて高等なのか親父ギャグ並みに低俗なのか分からないギャグだわ」
「Спасибо」
「いや流暢過ぎるロシア語が急に飛び出てきてびっくりしたわ。なんだっけスパシーバって、ありがとうって意味だっけ?」
「イエスです」
「なーんでそこをロシア語で通さないんだよ!? 『ダー』とか『ハラショー』とかあるじゃん!」
「ほら、多数の言語を絡めたら高等テクニックなのですよね?」
「混ぜるなら韻を踏めって話だよ! 会話の順序とか流れとか!」
「優秀なツッコミ姫がしっかりと鞭打ってくれるので、そこは問題ありませんね」
「なんだその姫プしてるようで一番損な役まわりしてそうな名前は!」
「お姫さまはツッコミ役」
「ラノベみたいなタイトルのわりに話作り上げるの難しそうな題名だな!?」
「一話十万字ぐらいで」
「大長編過ぎるだろ! 現代ドラマを装った現代ファンタジーか異世界転生ものかぁ!?」
「そういえば今は転生令嬢のジャンルがありますよね。あの領域にひっそりと佇んでいるかもしれません」
「悪役令嬢が云々の並びでそのタイトルは異色過ぎるわ!」
「ゲーム版に移植でもされてしまえば案外落ち着きそうじゃないですか?」
「ラノベで出す前にゲーム会社に持ち込め!」
はぁ……はぁ……疲れた……。
御船、あんたこんな奴と一体全体どうやって付き合ってるのよ……。ツッコミが追い付かないというよりか、ボケのスピードがおかしいわ。
「ふふ、楽しいです」
今さっきまでのやり取りを純粋に楽しんで、嬉々とした声を聞いて驚く。そんな機嫌が良さそうに笑うこともできるのかと。
というか、こいつはさっきまで不機嫌だった気がして、だからあたしは取り繕うように会話を無理やり弾ませたのもあるわけで。
ああ、そうか。あたしは、不躾な質問をしたと思って内心焦っていたのか。その言い訳を、白刃は会話の流れで受け止めていたのだろうか。
「そういえば神来社さんの質問に答えていませんでした」
「んえ? どの質問?」
「どこに惚れたかというお話です」
「あー。まぁかなり気になる。確かに御船は身長もそこそこあるし顔も中の上ぐらいには整っているし、家事スキルも高いしで優良物件だけど、白刃みたいなのがそこらの要素に惚れたとかあんまり考えれないし」
「そうなんですよねぇ」
「え、おかしくない? ご本人ですよね、当事者ですよね。なんで他人事?」
「私もどこに惚れたのかはよく分からないです」
「はぁ?」
そんなことあるのか……?
真顔で冗談を言ってるのかとツッコミを構えていたけど白刃は至って真面目だ。真顔で真面目だ。当たり前のようでこいつの場合逆の事例もあるから要注意。
「あきと君の事を知っていく度にどんどん惚れていく程、彼は色々な魅力を持っているのですが」
甘ったるい言葉をクールに言いのけやがって。
「起点が分からないのです。一目惚れとはよく言いますが、その始まりが起こった始まり、つまるところビックバンが不明瞭なのです」
「へぇ。声が好きとか?」
「もちろん好きですよ」
「……見た目は?」
「好きですよ」
「面食いなんじゃないの?」
「全部好きと簡単に言える色眼鏡がかかる時が来るとは予想できませんでしたね。こんなこと人生であるのかと」
「あたし、今のろけを聞かされているのかな。怒っていいのかな?」
「聞いてきたのは神来社さんですからちゃんとお答えしますよ」
「全部聞けって遠回しに言ってるのか! あたしが悪かったからこれぐらいで勘弁して!」
途中から辟易してきたのにまだまだ話足りない雰囲気をにおわせている白刃を見て、さすがに中断を要求する。すんなりと聞き入れてはくれたが、満足はしていないようだった。
ピロンと、聞き慣れた軽快なメッセージ受信音が白刃の方から聞こえる。すぐ通知を開いて、内容を確認した白刃は荷物をまとめて立ち上がる。
「すみません、私はそろそろ帰りますので、また明日学校で会いましょう」
「あ、うん」
「良ければ連絡先交換しませんか?」
「あー、良いよ」
連絡先を交換する間、なんとなく手持ち無沙汰になり話題を持ち出す。
「なんか急ぎの連絡でも来た?」
「急ぎと言えば急ぎですね。あきと君からでしたので」
「へー、携帯でもよく話すの?」
「まだ連絡、といった物が多いですね。他愛のない話はそこまでしてないです」
「ん? じゃあさっきのはなんかの連絡?」
「はい、ご飯を作りに行くので『食べたい物はありますか』と聞いていて、その返信でした」
……え。
んんっ!?
「通い妻やってんの!?」
「通い妻、良い響きですね。なっちゃいましょう」
「ちょっと待って! てことは家族公認の仲なの!?」
「それはまだですね、お互いに一人暮らしですので」
「はぁあ!? それこそどういう関係なのよ! 一人暮らしの男の家に上がり込むとか!」
「大丈夫です、彼はそういうところもちゃんとしていますから。あれは現代に生きる武士です。惚れます」
「評価の仕方がよく分かんないんだけども!」
「ああそれと、できればこの事は秘密にしておいてもらえますか?」
いや、とんでもない事実を握らせておいてそんなこと……。話題的にすっごく盛り上がるこれを、秘密にしろだなんて……!
「もしバラしたら、『神来社さんが休日はいつも月見里君からもらったピアスをして出かけている』ということバラすという契約で」
「はっ? な……な、ななななな!?」
は、あ、あんた……!
な、なんでそれを。どこで、どうして、どうやって!
「ではでは、お互いの秘密は共有したということで。それとそのピアス、すごく似合ってますからね。彼のセンスは間違いありません」
「白刃ぁ! あたしはまだあんたを返さないよ! どこでそれを知ったのか教えろぉ!」
「えー、嫌です」
「嫌って言っても言うんだよ!」
「Хорошо」
「ロシア語で逃げるなぁ!」
追求から逃れようとして背中を向け、この場を離れていく白刃を追いかけようとしたのに、河川敷で野球をしていた子供達からボールが飛んでくる。それなりに距離があり、しかもあたしのすぐ近くに転がってきた物だから無視するのも心苦しく、すぐ拾って子供達の居る方向へ投げる。
「ありがとうございまーす!」と快活で無邪気な返事が耳に入り、良いことをした気分になってそれはそれで悪くなかったが、白刃にはその一瞬の間に逃げられ、どこに行ったのかも分からなくなった。
白刃。お前マジで。
弱みを握っていないし握られてもいないって感じだったけど、そんなわけないだろ。お前、絶対素養あるぞ。ドSの才能。
ピアスの秘密で脅してきた時のあんな楽しそうな目。ボケて会話を楽しんでいる時よりだらだらと惚気ている時よりも別の意味で楽しんでいた。あれは女王の気質だよ、マジで怖い……。
クールっていわゆるカッコいいという意味合いも含むのだろうけど、あいつの性格の本質は多分、肝を冷やす冷たさなんじゃないか……?




